35.地下室の女王様
突然部屋の中から声を掛けられた僕達、いや司祭はすぐさま扉を開けて中へ入るとソファにゆったりと座っていたエルフの幼女の前で跪き……その顔を足蹴にされていた。
「この豚が。あんまり近づかないでくれる? 息が臭いのよ」
「はい、ありがとうございます!」
心から嫌そうな顔で司祭を足蹴にしている幼女と、それを受けて足形をつけながら満面の笑みを浮かべる司祭。これはもう、全力で見なかったことにして帰るべきだろうか。部屋の中から漂ってくる甘い香りと相まってあまり近づきたくない。
「アル様、お下がりください」
「いや、大丈夫だから。むしろティーラは前に出ないで」
僕を護るために前へ出ようとしたティーラを制していたらエルフの幼女と目が合った。その瞬間、幼女の目がキラリと光る。あ、これダメなやつだ。
「あら、子供のお客様なんて珍しいわね。ふふふっ、さあこっちにいらっしゃい」
妖しく笑いながら手招きしてくる。
さて、どうしたものか。ここで敢えて誘いに乗る必要も無い気がするんだよなぁ。
「ティーラ、帰ろうか」
「はい」
「ってちょっと。待ちなさいよ!」
幼女を無視して帰ろうとしたら、急に血相を変えて呼び止めて来た。このままだと飛び掛かってくるんじゃないかと思うくらい怒っている。
「ちょっと何でよ!?」
「何で『魅了が効かないのか』かな」
「って、気付いてたのね」
そりゃあね。目が合った瞬間に彼女が僕に魅了の魔法を使ってきたのは分かっていた。もちろんこの程度の状態異常から身を護るくらい朝飯前だ。僕としては一緒に居るティーラが魅了されない様に前に出るのを抑える方が大変だった。
それにこの部屋に籠もってるお香。これエルフにはただの花の蜜の香りだけど、人間は吸い過ぎると酩酊状態になる。魅了の魔法と併用すれば今の司祭のように従順な下僕にすることも可能だろう。もっとも、この司祭のこの顔を見ると元々その気質があったのかも知れないけど。
「えっと、僕たちに何か用?」
「それはこっちのセリフよ。あなた達こそ私に会いに来たんじゃないの?」
「いや、捕らわれの身なら助けようかなって思ってたけどその必要はなさそうだし」
どう見ても彼女は自分から捕らわれているようにしか思えない。出ようと思えばいつでも出れるだろう。それでもここに居続けるということは何か目的があるんだと思う。ならそれを邪魔するのも良くないよね。
「じゃあさようなら」
「だから待ちなさいって!」
「……なに?」
再び立ち去ろうとした僕たちを呼び止める。
「あなた何者なの?」
「え、ただの普通の人間の男の子?」
「……」
「ってどうしてティーラが僕をそんな目で見るの?」
「いえその、アル様ほど普通からかけ離れた存在を私は知りません」
ティーラの素敵なところは、こう真っすぐ思った事を伝えてくれる事だと思う。時々こう驚く発言とかもあるけどね。でも本心なんだと分かるからこそ信頼できるというか。
でもそうか。僕ってそんなに普通じゃなかったのか。いやまぁ前世持ちって時点で普通じゃないかもだけどさ。
「えっと、ちょっとだけ普通じゃないみたいなんだけど、どうかした?」
「実は私、人を探してるの」
「あ、そう。じゃ」
「だから待ちなさいよ!」
「えぇ~」
残念ながら僕はそんなに人脈広くないし、そもそも彼女を手伝う理由がない。せめて彼女がこの国の民であれば王族として手を貸すのは吝かでは無いのだけど。ただこれ、どう考えても話を聞いてあげないと帰してもらえないパターンかな。
はぁ、仕方ない。
「それで、誰を探してるの? 名前とか特徴を教えてくれたら知り合いに聞いてみるけど」
「それが実は顔も名前も分からないのよ」
「それじゃあ探しようがないじゃないか」
「だから困ってるのよ!」
いや偉そうに言われても。顔も名前も分からないをどうやって探せと言うのか。
「そもそもなんで人を探してるの?」
「いやぁ話すと長くなるんだけどね」
「じゃあいいや。さよなら」
「く、この『ファイヤーアロー』!」
三度話を切り上げて帰ろうとしたら炎の魔法を撃ってきた。しかもこれ、結構殺傷力の高い魔法。普通の人なら当たったら死んじゃう奴!
「ティーラ」
「はい」
バシッ。
一歩下がる僕の代わりに流れるように前に出たティーラが持っていた盾で魔法を弾いた。
よしよし。日頃の訓練の成果が出てるな。ティーラのメインは槍だけど盾の国の騎士として武器と同じくらい盾を扱えるように日々訓練を重ねているからね。これでちゃんと防げなかったら帰って特訓ものだった。
でもなぁ。あの威力の魔法だから受け止めるより弾く方が良いっちゃ良いんだけど。
「ティーラ、ダメじゃないか」
「え、あっ」
ちらりと横を見れば備え付けられていたベッドが燃えていた。炎系の魔法はこれがあるから屋内では注意しないといけない。まあそもそも撃ってくるなよって話なんだけど。
「あ~あ、私のベッド燃えちゃった」
エルフの子もこれ見よがしにため息をついてるけど、元はと言えば君が魔法を撃ったからだから。そして呑気に言ってるけど今も火は燃え続けて地下室の壁や天井にも燃え移りそうだ。
「困ったわ~。私これからどこで寝れば良いのかしら~」
「いや水の魔法で消せば」
「困ったわね~。私、水の魔法は得意じゃないのに~」
「えぇ~」
全然困ってる風じゃないんだけど。燃え盛るベッドを見ながらチラチラとこっちを見てくる。ただ僕としても今ここが燃え落ちてしまうのはあまり良くない。
「はぁ、仕方ない。僕の住んでる所に来る? 話の続きもそっちで聞くから」
「え、いいの?」
いや絶対狙ってたでしょ。
でもこのままただ彼女の思惑だけを通すのも癪なのでこっちの要望も聞いてもらおう。
「ただし条件が3つ」
「何かしら」
「1つはこの火をすぐに消す事。いい?」
「はーい。『ウォーターシャワー』えいっ」
僕が条件を提示したらあっという間に水の魔法で火を消してしまった。やっぱ出来るんじゃないか。
「消したわよ。次は?」
「この建物に居るものたちを解放するのを手伝ってほしい。
具体的には、その足蹴にしている司祭に指示して金貨20枚で僕に纏めて売り払ったことにして欲しい」
「あら、金貨20枚なんて随分大金を出すのね。
別に銅貨20枚でも良いんじゃない? なんならタダでも」
「売り払うものの中に君も含まれてるんだけど、銅貨20枚で買えちゃっていいの?」
「あらあらなるほどね。言われてみれば。よく分かってるじゃない」
実際に彼女を買おうと思ったら金貨100枚以上は余裕だろう。でも流石に今すぐそれを出せって言われても困るから。
「おい豚。聞こえたわね?金貨2000枚で私達彼に買われたから」
「はっ?いやでも」
「私に口答えするのかしら? 返事はイエスかハイよ!」
「は、はいぃ~~」
「よろしい。じゃあ眠ってなさい『ショック』」
「ガッ」
司祭が返事をしたところで電撃魔法で気絶させてしまった。なかなかえげつない。しかも代金が100倍にされてるし。いや良いんだけどね。別に証文も作って無いし後で問われたら「え、もう払いましたよ」って突き返すだけだから。




