118.お客さんが大挙していらっしゃいました
カンカンカンカンッ!!
早朝からけたたましく鐘の音が響き渡る。あれは北の監視塔に設置された警鐘の音だ。僕らは急ぎ外壁に登り基地の外を確認した。そしてすぐに違和感に気が付き、ある者は空を指差し、またある者は地平線に目を凝らした。
「なんだあれは」
「黒い雲? いや、まさか魔物の群れか」
まだ距離があるから1つ1つはただの点にしか見えないけど、それが集まって空の一角を黒く染めている。確かに雲に見えなくもないけど、だとしたら凄い強風に煽られてこっちに向かってることになるな。
「あの感じは多分ワイバーンかな」
翼を広げたら3メートルを超える空の捕食者ワイバーン。大きいものだと10メートル近くにもなる。通常は北の山岳地帯に住んでたはずだ。縄張り意識が強くて巣から遠くに行くことは稀な魔物で、人の町にやってくるのは縄張り争いに負けたり食べ物が足りなくなった時くらいだ。あいつらは空を飛んでるから地上から迎撃するのは中々大変なんだ。
「おい、空だけじゃなく地上もヤバい。
赤い岩みたいなのが幾つも森の中を走り抜けてる!」
僕らの基地の北側には少し行くと深い森が広がっているんだけど、普段は濃い緑色の森がまるで大輪の花が咲き乱れたかのように赤い色に浸食されている。
「あれは恐らくレッドドレイクだね」
「なんですかそれは」
「名前から分かる通り赤い大蜥蜴だよ」
全長2~3メートルの赤い鱗に覆われた巨大な蜥蜴だ。肉食で獰猛な性格だけど、個体数はそれほど多くは無いから通常は群れることは無い。なのに僕らの視線の先には100や200じゃきかない数が森の中を走ってきている。
「あ、あの。アルファス様」
「ん、なに?」
顔を真っ赤に興奮させて僕に問いかける騎士。もしかしてあの様子を見て怖気づいてしまっただろうか。今ならこの基地が盾になるから急げばまだ逃げられるだろう。
「蜥蜴という事はですよ?」
「うん」
「……お、美味しいんですか?」
違った。どうやら気にしてたのは肉の味の方だった。見れば他の皆も興味津々に僕の答えを待っている。
「そうだね。ささみみたいに意外と淡泊な味わいだったはずだ。
タレに漬けて焼くと美味しいよ」
「「おおおっ!!」」
「あとワイバーンも牛肉と鶏肉の合いの子みたいな感じでこっちはハーブと塩でステーキにすると美味しい」
「「よっしゃああああ!!」」
皆のテンション爆上がりである。
いや怯えてるより全然良いんだけどね。ただ、魔物を見たらお肉と思えっていうのは教育間違えただろうか。もうちょっとだけ警戒してくれると嬉しいんだけど。
「しかしどうしてあんな大軍が攻めてきたんでしょうか」
そうそう、そういう普通の問いかけが欲しかったんだ。って、ティーラか。他の騎士団の皆はすでに料理の仕方で頭がいっぱいか?少し離れて女性騎士が白い目で見てるし。
「自分たちの国のすぐ近くに堂々と基地を造られたら面倒になる前に潰してしまおうと思うのは良くある話だよ」
「そうですが、まさかあれが偵察部隊だったりするんでしょうか」
大型で強力な魔物が約1000体。これがもしただの偵察部隊だとしたら本体はこれの10倍は居ると考えられる。もし仮にそんな大軍が人間の街を襲ったら、ほぼ例外なく1日と持たずに廃墟となるだろう。耐えられるのは恐らく僕と教皇と、もしかしたら魔法の王国くらいか?東の連合国は多分連携が取り切れなくて各個撃破されるだろうし。
でもきっとその心配は無いと思う。
「あれはきっと魔王軍の総力だよ。もちろん守備隊くらいは残してるだろうけど」
「どうしてそのような事が分かるのですか?」
「簡単な推理だよ。
いくら魔物とは言え、肉食で大型の魔物を長期間大量に維持するのは難しいよね。
食料の面でも、住処の面でも広大な北の土地を使ったとしても維持できる限界は今見えてる魔物の倍でギリギリ。
もちろん他の魔物達も居るから倍どころか、北の地にはあれの1割も残ってたら良い方じゃないかな」
「こちらの戦力が分からないのに総力戦は無謀じゃないですか?」
「いや、そうでもない」
仮に僕が魔王、フィディの立場だったとして、今のこの時期にこんな場所に堂々と基地を造るのは誰かと考えたら僕以外には考えられない。そして僕が指揮を執っているならここに居るのは盾の王国の第一騎士団だろうというのは簡単に想像が付く。盾の王国だって魔物から国を護らなければならないんだから、それ以上の騎士団が動く事は無いだろう。
またフィディなら僕が癒しの王国に行ってたという情報を手に入れててもおかしくない。更に加えてここが剣の王国の領地だったことから周辺地域を制圧したと考えられる。それらから支援なり物資の補充なりがあったとすれば幾らか戦力を上方修正して考えた方が良いだろう。
そして何より僕が居るって事はサラやエンジュ、そして進化したキャロが居るってことだ。彼女らを相手に戦力を小出しにしても威力偵察にすらならないだろう。
ならいっそのこと最大戦力を持って制圧するのが一番被害を少なくする方法だと考えられる。
「それに仮に今見えてる魔物が全滅したとしても、魔王としては何も困らないんじゃないかな」
「あ、確かに魔物は瘴気さえあれば簡単に量産できますからね」
「むしろ今こっちに来てる魔物って試しに創ってみたけど邪魔だから処分したいって意図があったりして」
「いやまさかそんな……」
無いとは言い切れないのが難しいところだ。魔王はつまりフィディだし。
『創りすぎちゃったごめんね~♪』
とか言ってても違和感がない。
それに最大戦力であることの証拠も僕らの視線の先に居る。
「ギャオオオオッ」
「「あれは邪神龍!!」」
「モドキね」
流石の騎士達もワイバーンはともかく邪神龍モドキまでは獲物とは見なかったか。実際彼らと邪神龍モドキが戦ったら今の彼らに勝ち目はほぼない。ギリギリ防衛に徹して邪神龍モドキが飽きて帰るのを期待するくらいが取れる戦法だろう。
なので今回はあれの相手は僕がしよう。
「みんな。邪神龍モドキは僕が引き受ける」
「「おおっ!」」
「お願いします。アルファス王子。いや陛下!」
「いやそれはどうでもいいから。
それよりここの護りは皆に任せたよ」
「「はっ。お任せください」」
力強い返事を聞きながら空を見上げる。
モドキとはいえ200年ぶりの邪神龍だ。それに僕だって200年前と比べたらまだまだ弱い。
これで負けたら笑われるな。なんて思いながら僕は空に向けて一歩を踏み出した。




