103.世界一過保護な人
教皇と話をしてみた結果、彼女から見て盾の国は成長し過ぎた草と同じようなもので、適度に管理するためにその原因の僕を排除しようとしてたと言うところまでは分かった。だけど僕に会ってその考えを取り下げた理由までは分かっていない。
「僕が盾の国に戻れば盾の国はより発展、正確には国防能力が上がって魔物の被害から逃れられる公算が大きいのですが良いのですか?」
「ええ。あなたが居るなら盾の国は私が管理する必要はないと判断しました。
先ほどの人類が存続する条件ですが、他にもあるのです。
それは統一国家を創らない事です」
統一国家。言い換えると世界征服?英雄とか覇王とかはついつい求めてしまいがちなものだけど、それも良くないってことか。あ、ここでいう良くないは正義か悪かって話ではなく、人類の存続に効果的かどうかって意味だね。
「つまり僕と教皇で別々の統治を行っていこうって話?」
「そうです。盾の勇者。
あなたなら長年世界を見てきてどうすれば人類は栄え、また滅ぶのかを知っている筈です。
そして幸いな事にあなたは博愛主義ではない」
「まあ護りたい者とそれ以外とはくっきり区別していますから」
残念ながら僕は世界平和なんて求めてはいない。僕の望みなんてせいぜい身近な友人家族とついでに住んでいる国周辺が幸せになることだ。目の前で失われそうな命があれば助けるけど、遠く離れたところで知らない誰かが死んでいても済まない僕の手には負えないと切り捨てるだけだ。
だから他国が魔物に蹂躙されても心は痛まない。自分の大切なものを投げ捨ててでも他人を護ろうとはならない。
そんなことを言ったら冷たい奴だって言われるんだけど、長く生きてればそういう言葉も聞き飽きている。
「あ、そうそう。あなたには言うまでもないことかもしれませんが、魔物の脅威が増え各国で被害が拡大すると、人類がどういう行動を取るかご存じですよね?」
「国同士で力を合わせて魔物に対抗する。と言いたいところですが違うでしょうね」
「ええ。そうなる為には邪神龍のような明確で強大な敵の存在が不可欠ですから」
僕の予想が正しければこの先忙しくなりそうだ。
と考えていた所でなにやら遠くが騒がしくなってきた。僕らが今居るのは教皇専用の敷地なので市街からはちょっと距離があるんだけど、それでも喧騒がここまで聞こえてきた。
「サラ、こっちにこれる?」
「…………お待たせしました」
「!!」
僕が声を掛けたら少し遅れてやってきたサラ。それを見て教皇が驚いている。
「ここは許可なく出入りが出来ない様に結界が張られているのですがどうやって入ってきたのですか?」
「申し訳ございません。
アル様がお呼びでしたので、途中にあった防護膜のようなものはすり抜けさせて頂きました。
幸い護りに対する知識は豊富ですので」
サラも盾の国の住人だし、護りのスペシャリストは他人の護りを掻い潜る方法を熟知しているものだ。僕も今朝その結界の様子は見たけど、サラじゃなくても少し知識があれば何とでもなると思う。
「それより外で何が起きてるの?」
「はい。どうやら癒しの国の各地で魔物が暴れているようです」
「何ですって!?」
サラの報告を聞いて更に驚く教皇。ここまでの様子からして国内の魔物もきちんと管理出来ていたはずだから、そんなことは想定外だったんだろう。
「ありえません。魔素の流れや魔物の行動パターンは全て把握しているのですから」
「実際に起きているのだからありえない事は無かったって事なんでしょうね。
世界は僕らが把握していることが全てではないって事です」
そして国の中心に位置するこの街までその騒ぎが届いているということは魔物が発生してからそれなりの時間が経っていると見て間違いない。だけど城に行って状況を聞いても混乱中の報告はあまり当てになるとも思えない。こういう時は自分の目で確かめるのが確実だ。
「サラ、上に行くよ」
「はい。お供します」
「待ってください。私も行きます」
僕とサラは僕が作った空気の盾を足場に上空へと駆け上がり、教皇も当然のように飛んでついてきた。
雲に手が届くくらいまで登ってきた僕らは地平線へと視線を飛ばした。すると4カ所で土煙が上がっているのが見えた。あれなら遠視の魔法を使える物見台の兵士でも確認できそうだ。
「この距離でここまで大きく見えるって相当だね」
「はい。50メートルは優に超えているかと思われます。
それを起こした魔物も相当大きいようですが」
「あれは、間違いなく結社の仕業ですね」
遠くに見える魔物の姿は蛇と鳥と虎と亀。それぞれが30メートル超えの巨大サイズだ。通常の魔物は龍種などを除けば3、4メートルが良いところだ。なにせそれ以上大きくなったら平地以外では動きにくくなるからね。逆を言えばあれら4体はそういう普段の活動を度外視した、いやされた存在だと言える。
結社の仕業なのは消去法で考えて他にありえないのだけど、何のつもりだろう。
「馬鹿げたサイズに比例して戦闘力も跳ね上がっているようだね」
「ええ。村の建物がおもちゃのように崩されています」
「神兵の自爆特攻も大したダメージにはなってないみたいだ」
今もちらほらと爆発してるのが見て取れるけど、魔物たちの動きに変化は無い。というか大きすぎて顔とか急所まで全く攻撃が届いて無いんだから当然か。
「それで教皇。ご自慢の神兵が役に立ってないみたいだけどどうするんですか?」
「大丈夫です。まだ神騎士が居ますから」
「それって今上空に打ち上げられた白い鎧来てる騎士の事?」
「……」
僕らの視線の先で打ち上げられた騎士がぱっくんと鳥に丸呑みされていた。鎧ごと食べちゃったけど消化できるのかな。あ、ぺって鎧を吐き出してる。やっぱり美味しくなかったのか。
遠目で見た限り、鎧を着た騎士は数百人は居るっぽいけど今のところ有効な攻撃は出来ていない。亀の魔物なんかはちょうど今、近くの街に辿り着いたけど、街の警備兵も碌な抵抗も出来ずに住民と一緒になって街を放棄して逃げてしまっている。
これってあれだ。
「どうやら平和過ぎたのは癒しの国も同じだったみたいですね」
白騎士と神兵に主な戦いを任せて魔物も盗賊も乞食も犯罪者も居ない平和な国造りを進めた結果、一般市民は平和に慣れ過ぎてしまった。実は教皇が身内に対して一番過保護なのかもしれない。
僕の見立てではこの国にいる騎士や魔物ハンターを総動員すれば2体くらいは何とかなるんじゃないかなって思う。まあかなりの犠牲は出るだろうけど。残りの2体は教皇が本気を出すか奥の手を出せばってところか。
仮に僕らが戦うとしたら多少時間が掛かるものの問題なく4体とも倒せる。ただ僕らは部外者だ。ここで率先して魔物を倒す義理は無い。癒しの国の王だってまさか招待したただの商人が魔物を倒せるなどと思ってはいないだろうし、仮に僕らが「後は頑張ってね」と言ってこの国を去っても文句は言われないだろう。
だけど。
「盾の勇者よ。お力をお貸しいただけませんか?」
だけどそう。旧き友からの頼みということであれば聞かない事も無い。
「帰り道に邪魔な北と東の2体は倒していきましょう」
「感謝致します」
ちなみに北は鳥の魔物で東は蛇の魔物だ。どっちもお肉が美味しそうだしツビーにお土産に持って帰ろうかな。




