3節 戦争準備 其の二 ②
翌日、決行まで残り六日。レイヴンは宰相から、魔導院を総動員させ光学迷彩装置を作らせる旨を聞くと、その技術力に感嘆しつつも研究員達に同情するという、名状し難い表情をしていた。
そんな報告を終わらせ、宰相は自分の仕事部屋へ。その持ち前の魔力と変形能力で他部署を徹夜で手伝ったために鈍った頭を何とか回しながら、事務作業を片付けていく。時折瞼が重くなり、何とか抗い続けたが、一段落つくとそのまま落ちてしまった。
「……何で起こさなかったんだ」
気付けば昼過ぎ。秘書に詰め寄るが、彼女らは顔を背けるばかり。それもその筈、怒られると分かっていながら、気遣って何もしなかったのだ。
何も言わない部下達に、エイジは暫く不機嫌だったが。その心にうっすらと気付き、追及をやめて次の仕事を始めた。
その直後だった。
「あークソ、またやったよこの無能」
書類をヒラヒラさせる。どうやら、ミスに気づいたようだった。
「それはどなたですか。私が仕置きを__」
その作成者を代わりに罰そうと、シルヴァは問うのだが。彼は自分を指差す。
「え……」
「ほら、このバカを折檻してやれ」
思わぬ展開になってしまった。敬愛する、仕えるべきヒト相手にそんなことできようわけもない彼女は、動揺しながらふるふると首を横に振る。
「なんだ、自分で言い出したことだろ。それとも、オレの言うことが聞けないのか?」
「……えいっ!」
ぺちんという音がした。ビンタというより、頬に軽く触れるようなものでしかない。
「全然足りん。まだまだ‼︎」
ばっちこいと手を振る。その様子から、彼なら強化して耐えるだろう、そう一瞬で思考を巡らせ__
「ッ……ハァッ‼︎」
「ぐぼぁッ⁉︎」
ここでまさかのグー! エイジは吹き飛ばされ、机を一つ割り、もう一つを半壊させて漸く止まった。
「どうやら、随分と……不満が溜まっていたようだね__ガクッ」
「エイジ様ぁ⁉︎」
完全に混乱したシルヴァを尻目に、その側にダッキが駆け寄って、容態を調べる。
「あ、これ完全に伸びちゃってますわね……うわぁ、シルヴァさんたら酷いですわね」
「ち、違います!」
今の彼女は、普段からは想像もできない様子__涙目になりながらワナワナ震え、あわあわするだけのカワイイ生き物に成り果てていた。
「そんな……私は、なんということを……あ、あぁ……どうすれば__」
そんな、どうしようもない雰囲気になってしまった執務室。その扉がふと開け放たれる。
「エイジ殿、エレン様が相談したいことがあると」
「ああ、ではすぐに向かおう」
声をかけながら侵入した魔族は、一瞬呆気に取られたが。エイジがすっくと立ち上がると、その者と共に何事もなかったかのように退室するのだった。
「宜しいのですか?」
「ああ、いい気分転換になるんでな」
彼が立ち去った後、暫くシルヴァは茫然としたままだったが……ギギギとダッキの方を向き__
「謀り、ましたね?」
「さあ、なんのことでしょう。わたくしもびっくりしましたわ。おほほ」
恨めしそうな顔で詰め寄るも、妖狐はどこ吹く風だった。
「それにしても……エイジ様は時折幼なげな時がありますが、貴女も大概ですわね」
一変、自分のことを探るような鋭い目に。責めるつもりが、逆に追い詰められる。
「頭は良いのですが、情緒が未発達で、精神年齢が低く思えました。もしや、人生経験はかなり少ないのではありませんこと?」
ぴくりと反応してしまう。それを目敏く看破され。
「同類のよしみで、教えてくださりませんか? 貴女の正体には気付いておりますので、およそ想像はつくのですが」
彼を殴ってしまった手は、未だ震えていてペンなど持てようもなかった。普段私語は好まないのだが、今回は逃れようもないので仕方なく、主人が戻ってくるまで身の上話を少しだけする。それを聴き終えた彼女は特に驚いた様子もなく、納得したように頷くだけだった。
「はい終わり!」
エイジは処理の終わった書類を机に叩きつけ、勢いよく立ち上がる。立ち上がった瞬間、少し立ちくらみを感じたが、自分がこんな所では止まってられないと気力を振り絞り、室外に出た。
物資運搬のルートと順番をどうするか……それは作業中に考えるか。と思考を巡らせながら作業場に向けて歩を進めていると__
「あれは……」
廊下の先で、誰か数人が話しているのが目に留まった。話し相手の一方は魔族だ。しかしもう片方、二人の女性は見慣れない。片方は暗い肌色に暗色の衣装で、辺りにある程度溶け込んでいたが、もう一人は白磁の肌に純白の衣装で浮きまくっていた。そんな二人の共通点は、尖った耳と特殊な編み方の衣服、そして高い魔力だ。
「あれはエルフの__」
本来この城にはいない筈の存在である。放っておくわけにもいくまい。
「こんにちは。その、えっと……お二方」
「ごきげんよう、宰相さん。わたくしはニンテスです」
「こんにちは、エイジさん。私はティタスでーす」
二人の名前はうろ覚えで、エイジは申し訳なさげだった。しかし二人は、そのことなどさして気にも留めていないようだ。落胆の色を見せず再度自己紹介してくれた。
「女王自らとは、ご足労をおかけしましたね。ところでお二人は、何故こちらに?」
「条約には、わたくしたち妖精を庇護下においていただき、その対価として労働力を提供すること、とありました。そのため、わたくしたちの民が滞在することとなる魔王城を見にきたのですけれど__」
「ええ。ベリアル様がいらっしゃらないようでしたので……」
二人と話していた魔族に目を向ける。彼等の様子から察するに、正式な手続きが踏まれておらず、トラブルになっていたようだ。
「君達、ご苦労だった。あとは私の方で処理するから、職務に戻っていいぞ」
魔族達を下がらせると、二人のエルフについてくるよう声をかける。
二人を連れると、彼は速足で執務室に戻った。そして引き出しから特別な紙を取り出し、何ごとかを記入。判を捺すと、穴を開けて紐を通し、二人に渡す。
「はい。これで入城証の代わりとなります。提示していただければ問題は起きないでしょう」
二人が受け取ったのを確認すると、エイジは再び目的地に向かうべく、部屋を出る。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませんか!」
ニンテスに呼び止められる。足を止め振り返ると、彼女は小走りで寄ってくる。
「要件は何でしょう?」
「その、差し支えなければ、城内を案内していただけないでしょうか?」
その申し出に、つい嫌そうな顔をしてしまう。すぐに気づき取り繕うものの、察するには十分過ぎただろう。彼女は申し訳なさそうな顔をすると一礼し、去ろうとする。
「ああ、待ってください!」
今度はエイジが呼び止める。相手が次の言葉を待つ内に考える。今の状況で、彼女達をどう利用できるかと。
「我々の魔導に、興味はありませんか?」
その言葉に、ニンテスは目を輝かせる。ダークエルフは魔術によって発展し、それが生活の一部。ならば魔王国の技術にも興味があるだろうと踏んだのだ。
「ありますありますぅ!」
ただ、食いつきは想定以上だったが。
「貴女もどうですか?」
呼び止め合っているうちに来ていたティタスにも声をかけてみる。
「例えば、ウチの書庫とか」
特徴的な耳がピクリと動く。エルフは別名森の賢者、知識には貪欲だ。
「では、案内いたします。来てください」
これから案内する二つの部署、それぞれの監督者は留守番組。案内役を押し付けられるだけでなく、それぞれの部屋の手伝いにもさせられる。彼女達が満足すれば、配下や国民の妖精もこの城に来て、いい労働力となるであろう。などと打算的に考えながら、まずは図書室に向かうのだった。




