1節 作戦会議 ①
「先ず、我々が帝国に侵攻する目的を伝えよう。この戦争の目標は、帝国を陥落させて支配すること__ではない。幾らかの豊かな土地を得る為に戦線を進めるのと、今後ウチらが富国強兵、力を蓄えようと活動した際に妨害されないよう力を削いでおくことだ。その手段とは、建築物や重要施設を破壊し、食糧や金目の物を略奪し、戦闘で以って兵力を弱体化させることである。ただし、先述の通り虐殺や支配が目的ではないから、抵抗しない民間人には出来る限り手を出さず、兵士も極力殺さない。また、避難場所やシェルター、例えば教会など、までは襲撃しない。食糧も倉庫から幾らか拝借する程度に留めるようにする。帝国人の多くが冬を越せるくらいにな。以上だ、質問はあるか?」
侵攻することについては一部の者は知っていた。しかし、この目的であったり、戦略などについては、未だ誰も何も聞かされていない。そのこともあってか、神妙な面持ちだ。
「質問だ」
「なんだ、レイヴン?」
「何故、その程度に留めるんだ? 折角なんだ、もっと徹底的に攻撃し、帝国を陥してしまえばいいだろう」
攻めるのだからそれは尤もだ、という空気が此処には確かにあった。しかし__
「おいおいレイヴンさんよ、少しは考えてごらんなさい。まず、帝国を完全に陥落させるには、国土や人口の観点から、相当の時間が必要だ。当然、こちらの消耗も大きくなる。次に、支配するとなると帝国を掌握する必要が出てくる。こちらは冬も越せるか危うい状態。そんなことを悠長にしている時間はない!」
強く否定され、たじろぐレイヴン。
「加えて。もし民間人を虐殺する、などということをしてみろ? そんなことしたら大陸の全人類から恐れられ、怨まれる。すると人々は魔族、魔王国に対抗するために団結してしまう。呉越同舟とでも言うべきかな。人間は、一人ひとりは大した強さではないが、人々が団結した時は驚くべき力を発揮する。それに、オレの世界での伝説、元い作り話ではあるが、世界を闇に包み支配しようとした悪は、団結した人々の抵抗に遭い、勇者や英雄と呼ばれる者に、絆やら希望やらその他諸々なんやら訳わからない力で討ち果たされてしまう。物事に絶対は無く、圧倒的な強さを持っていても討たれる可能性はある。特に、この世界にはオレと同じ特殊能力の異世界人が数名おり、こちらが過激な行動に転ずれば、魔王への反抗を企てる可能性が高い。実際、魔王に対抗するための勇者と呼ばれる存在が既にいるようだ、接触したことがある。警戒するに越した事はない」
なんか変なことを言っているな、と思う面々であるが、一部は理屈が理解できるし、後半も一応ありうる話ではあるとも感じたようだ。しっかりその意見を受け止めた。
「それにな、魔王国の本懐はなんだ? 魔王ベリアルの建国の理念は、魔族を保護することだ。彼等の拠り所、希望になることだ。そう在るには、恐怖や憎悪の対象となってはならない。もしそうなっては、魔王国外の魔族に危害が及ぶかもしれないだろう……攻撃しても、力を削ぐ程度に留めておけば、帝国人に幾らかは恨まれ、周辺国家にも緊張を与えることにはなるが、全人類を敵に回すことはない筈だ。陥落させず途中で手を引けば、攻め落とし切れなかったと解釈されるだろうし、帝国とてその節を栄誉のために否定できない。それに、今は各大国が睨み合っている状況と聞く。オレらが帝国に攻撃するのを見て、寧ろ感謝するのではないか?」
徹底的に論破され、レイヴンは唸った。
「な、成程……。浅慮な発言だった。すまない」
「いや、分かったならいいさ。安らかな場所を得る為、という我らにとっての大義名分、正義があり、節度を守っていれば、淘汰される可能性は減るかもしれない。では、他にはあるか?」
次に、エリゴスが挙げた。矢張り、戦争を身近に感じる者からしてみれば、エイジの思想というものは奇想天外に映るだろう。
「吾からも一つ。民間人は兎も角、何故兵士まで犠牲を出さぬようにするのだ?」
「それは、現代のスナイパーが敵を即死させない理由と同じさ」
首を傾げ、自身も少し考えるが、直ぐには出なかったからかエイジに続きを促す。
「負傷者が負担となるからだよ。即死なら放置していいが、怪我したんなら救護しなければならない。戦線から離脱した後も、労働力にならないのに物資や食料を消費する。まあ、これが成立するのは、帝国に道徳や倫理というものがあればの話だが」
「うむ、納得のできる理由だ。しかし、それでは帝国に力が残ってしまう。逆襲、復讐の危険があるのではないか?」
「それならば、こちらの世界の話ではあるが、ナポレオンのロシア遠征の話が根拠だ。将軍にして皇帝のナポレオンは、大陸の全支配の目前にまで迫った。しかし、ある北国との戦争で大損失を出し、没落してしまったのさ。というのも、その北国は広大な上に土地が痩せていて、消耗が大きいくせに補給ができなかったんだ。そこをゲリラ戦と過酷な環境で削られてジリ貧。結果、大失敗で終わった。それと同じことが、この土地でできる」
「兵力があっても、物資や利益の観点から、簡単には攻め入れない。というわけか」
「その通り。そうして手を拱いているうちに、講和条約やらで蓋しちまえばいい。この戦争での損害に対するお詫び、賠償金でも携えてね」
エリゴスは満足したのか、大きく頷いて椅子に深く凭れかかった。もう質問はなさそうだ。
「さて、次の人」
「はいはーい! 疑問に思ったのですけれど、何故魔王国は今まで帝国に侵攻しなかったんですの? 魔族達の兵力を以ってすれば、人間の国を陥すことくらい容易いでしょうに。それこそ、幹部格だけでも成しえるくらいには」
ダッキだ。エイジの秘書二名、最近はこの手の会議に同席することが多い。
「そこには複雑な理由がある。まずは、国内の問題だ。戦争すれば否応無しに国は消耗する。衣食住の充実していない魔王国が戦争を起こし、もしそれが長期化してしまえば、魔族達の生存に必要な最低限の生活の維持が困難となり、国が崩壊してしまう恐れがあったから。次点に、国防の観点。軍の規模や高度さは間違いなく帝国の方が上であり、戦争しているうちにこの本拠地に攻め入られて痛手を被る、最悪落とされる可能性がある。幹部のいない魔王国は統率が取れなくなるからな、ほぼ間違いなく潰走するだろう。更に言えば、兵士達の装備や練度も充実しているとは言い難く、苦しい戦いになることは想像に難くない。ならば幹部だけで戦えばいいと思ったんだろうが、孤軍である以上万が一罠にかかってしまえば、弱体化させられた挙句数で圧殺される。幹部ほど強く、頭脳カリスマ経験など才能ある者はほんの僅かだ。代替が利かない。それに、敵は帝国だけと決まってはいない。後方のエルフ達妖精の国、そしてその他種族が何しでかすか分からないし、帝国以外の大国の干渉もありうる。魔族は人類の敵と見做されている節があるからな、敵が多いんだ。特に聖王国の敵愾心は著しい」
ほぼ一息に理由を羅列する。エイジは今まで策略を練ってきたから、この程度であれば熟考することなくいくらでも話せた。
そしてその情報量に、聞き手達は圧倒された。しかし、分かり易い説明のためすんなり飲み込んで、納得した素振りを見せる。
「ゔゔん、話が脱線しすぎたな。我ながら悪い癖だ。さて、時間が押しているからな、質問はここで打ち止めだ。……大概オレの所為だけど。では気を取り直して、戦略について話そう!」
「その前に、聞かねばならぬことがある」
「何でしょうか、魔王様?」
「戦争の想定期間は、どのくらいだ?」
「んー……三時間」
「「「三時間!!?」」」
エイジの言葉に、その場にいる者達は目を見開き、口が塞がらず、思わず立ち上がったりしている。後ろでバサバサッ! と書類が落ちる音がする。彼の秘書も、流石にこれには驚きを隠せないらしい。
「あ、飽くまで想定です! 私はまだ、戦争については疎い身ですから……」
慌てて保険を掛けるエイジであるが、時既に遅し。
「み、短過ぎる‼︎」
「いや、帝国軍との戦闘を数十分で終わらせた奴だ。もしかしたら……」
彼の爆弾発言に、議会は俄に騒がしくなる。それを何とか落ち着けて、その作戦時間に至った説明を始める
「最短で三時間。遅くても六時間で終わらせる超超超電撃作戦! その時間内に終わらなければ潔く撤退します。つまり、準備の方が時間は掛かることになりますね。そして、実は侵攻する時の戦略はもう決めてあります。その戦略の根幹を成すのは、私の元いた世界にいた三国志の大英雄曹操、そして戦国時代の稀代の天才軍師竹中半兵衛の用いた策。その名も__『十面埋伏の計』‼︎」
どどん!
「………お、おお〜」
どうにも反応が悪い。それもまあ当然である。知らないのだから。
「……こほん。どのような作戦かというと、まず正面から陽動の大部隊を突っ込ませる。そしてその隊に敵が気を取られている隙に、別方向から伏兵が現れる。しかも、それを十回だ。その伏兵による多方面からの波状攻撃によって敵は壊滅する、といった感じとなります。十の面から伏兵が現れる戦略、即ち十面埋伏」
「………そういうことか、理解できたぞ。確かに、単純ではあるが有効な戦略だろうぞ」
「その作戦を、帝都に向けてやります。魔王国から帝国に向けて、拠点を制圧しながら隠密侵攻。そして帝都を包囲し、強襲をかけ、殲滅する」
「成程、奇襲で一気に敵の本丸を叩くというわけだな。それなら、戦闘時間はかなり短くなるというのも納得だ」
「いや、待て。その作戦には懸念点がある」
だが、待ったをかける者がいる。こういったものに精通している人物といえば……将軍だ。
「幾つもの部隊に兵士を分けるということは、一つ一つの隊が小規模になる。各個撃破されることで、正面からの玉砕より被害が大きくなるのではないだろうか」
「そうだね、尤もだけど。ウチら魔王国と、人間との間には一つ大きな違いがある。それはなんだろうか」
「魔力の有無だろう」
「つまり、一人頭の戦闘力かの?」
「惜しいな。正解は、非戦闘員の存在だ。一般市民、即ち戦う力を持たない存在がある」
幹部は興味深そうに前傾姿勢をとる。
「魔族は、ほぼ全ての者が一定以上の戦闘能力を有する。例えば、この魔王城に於ける非力な者、非戦闘員の代表格といえば、使用人達だ。しかし、彼女等とて魔力を扱えるし、人間の一般兵士や魔物程度なら凌駕する身体能力を持つ。その気になれば、魔族は全ての者が戦うことができる。しかし、人間は、そうはいかない」
この点に関しては、宰相になる前の時点で気づいていたことだ。
「一般市民にできることは、ただ逃げ惑うことだけ。そこを突くのだよ」
その着眼点は、彼等にとっては目から鱗のようだった。
「初手は、真正面から数を揃えただけのハリボテの本隊を突撃させる。これは陽動だが……突然に魔王国の襲撃を受けた市民達は恐怖し、揃って反対方向へ逃げ出す。だが、逃げ込んだ先にも敵が待ち構えていたら?」
「逃げ場を失い、恐慌状態に陥るか」
「その通り。そして、パニックになった民は、兵士等の行動を阻害、足手纏いとなり、次々現れる伏兵に対応できなくなっていくというわけだ。指揮系統は崩壊し、逆に敵の方こそバラバラに対応するから各個撃破も容易というわけ」
「ほほう、よく考えられているもんだ」
「だが、聞いた限りかなり高難易度の戦略だ。今の魔王国でできるものか?」
中々複雑な戦略である。意外性も相まって、把握に少々時間を要するだろう。しかし、その弱点にいち早く気付くとは、流石は魔王。
「ええ、その通りです魔王様。これは複数の部隊が息を合わせた連携が必須となる、かなり高度な戦略となります。それに伏兵の出現は効果的なタイミングでないと混乱を招けず、各個撃破される可能性も孕み、事前に察知し対策されれば、まず失敗は間違いない、弱点も多いものです。私の元いた世界でも、二千年もの間にも成功した事例は僅か数回らしいですから。だからゴブリンやコボルト、ゾンビにスケルトンなど知能が低く個体の戦闘力や機動力の劣る下級の魔族や魔物は、陽動や殿はまだしも伏兵には使えません。高度な命令を解し、戦闘力の高い中級から上級の魔族達だけで行うことになります。各部隊の指揮を執る為に、幹部格も軒並み出陣することになりますね」
遂に作戦が現実味を帯びてきたからか、空気が引き締まった。
「詳しい部隊編成については、追々議論を重ねて決定することになりますが、現時点で言えることは、この作戦は確実に今あるほぼ全ての戦力を投入することになるであろう、非常に大規模なものになるということです。……ちょっと休憩します。話し過ぎて喉が渇いた」
一旦話を区切ると、エイジは今まであまり使われて来なかった椅子に座り、グラスを取り出し魔術で水を注いだ。そしてエイジが喉を潤している間に、今まで話せなかった分、ここぞとばかりに幹部達は騒がしくなった。といってもまだ未定の情報が多く、その中身は割と薄いものだったが。




