7節 異種族外交 〜獣人編 ②
そんなこんなで、長と面会する事に成功する。ここまでくれば、あとは簡単だろう。どう事を荒立てずに村に入るかが問題だった。
「こんなところに、ニンゲンが何の用かな」
村長はどうやら犬系、ブルドックに似ていて、獣寄りの型だ。そして、かなり老いている。しかし、その皺だらけの顔の目は未だ鋭く、不審者を睨め付けている。
「失礼、まずはお名前を。私はエイジと申します」
「儂は族長のバウムだ。して、なんだね。儂らを奴隷にでもしに来たか」
「ああ違います。二つ、違います。まず、私はあなた方に危害を加える気は全くありません。そして私は、人間ではなく魔王国の者ですよ」
周囲に動揺が広がる。どうやら魔族は、人間よりも余程恐怖の対象のようだ。族長もまた例外ではない。
「そ、そんなアンタが、なんでこんな所に……」
「それはですね族長さん、和平を結びにきたのですよ」
「わ、和平だと……」
「ええ、和平を結んでいただければ、我々はあなた方に一切危害を加えません。もし危害を加えるようなことがあれば、その者を厳重に罰しますよ。ただ、条件もありますがね」
「き、聞こうじゃないか」
和平は彼らにとっても望ましいようだ。しかし、どんな条件が出されるかビクビクして待っている。そんな彼らが条件を聞いたらどんな反応をするかワクワクしながら、エイジは書類を見せながら案を提示する。
「では。まずあなた方の村から、数十人程労働力をお借りします。当然重労働は強いませんし、魔族基準に合わせることなく、適切な仕事を与えた上でしっかりと休ませます。後は有志で兵役ですかね。勿論、衣食住満足できるように提供しますとも。そして、この村から魔族の町に移住していただければ、我々魔王国の一員として庇護下に入れます。先に述べた通り、危害を加えた者はこちらで厳重に裁きます。そして、獣人達の間で問題になっている奴隷について。我々はこれから人間達と関わりを持つ予定でございまして、奴隷にされている獣人達を発見次第解放、及び庇護対象として保護し、あなた達に受け渡します。以上です。どうでしょう?」
__どうよ、これ以上無いほどの好条件だろう? どうだ! どんな酷い条件が出されるか待ち受けていたところに超好条件の、メリットしかないような条約を持ちかけられた気分は。悩んでる悩んでる、フフフフフ……__
魔王国が守り、獣人たちはその分労働力を提供する。魔王国にとってのデメリットさえない、双方が満足できる条約だ。
「し、しかし……」
「何を悩むところがあるというのです。さては信用がないんですね?」
「い、いや……」
族長は言い淀んでしまう。エイジは嘘は吐いていない。それは、彼らとて本能的に分かっているはず。それを予期していたエイジは、すんなりと呑むはずだろうと考えていた。それ故に、即答されなかったことに苛立ちを見せる。とはいえその予想には、たかが獣人風情が複雑なことを考えるはずがない、という偏見もあったことは否定できないが。
「言わなくてもわかってますよ。では聞きますけど、これからも魔物や魔族、そして人からの脅威に震えながら過ごすおつもりですか? これからも敵だらけで先の見えない生活をするよりは、いっそ騙されようくらいの気持ちで受けてみてはいかがでしょう」
「だ、だが……」
殆ど認めかけているのに、あと一歩というところから進まない。結論はとうに定まっている筈なのに、もどかしい。YESもNOも、反論や質問すらもなく、時間をくれとの言葉もない。指で机を叩き、語気が強くなっていくエイジの所為で、詰問するかのような重苦しい雰囲気で満ちている。それに比例し、警護の獣人たちの間にも緊張が走る。そして遂に__
「あ〜も〜、歯切れが悪いなぁ! 正直言ってあなた方にこのまま居られると邪魔なんですよ! 従わないなら森ごと燃やしますよ! さあ、どうします⁉︎」
「それなら、そうされる前に貴様を殺すまでだ!」
ちょっと強請ろう。そう思ったが、本能の強い獣人は我慢弱く、手が出るのが早い。考える時間を与えなかったエイジも悪いが、なにせ他のことを早く進めたくて、かなり急いていた。何より、営業の経験など殆どないので、どうすりゃいいのかわからないのだ。
エイジが強い言葉を発すると、遂に本性を表したかと言わんばかりに、その場にいたハティが吠え、剣を抜く。
「ほ〜う、そうですかぁ……」
エイジはゆらりと立ち上がる。そして一瞬で彼女の背後に回り込み、武器を取り上げ捻じ伏せる。
「ぐう……!」
「一応、こういう大事なこと任されるくらいには、オレ、魔王軍の中でも強いんだよねえ。君らが敵うとは思えないけど。どうする?」
周囲一帯に緊張と敵意が満ちる。そして、今にも仲間を助けようと獣人達が飛び出そうとした時__
「止めるのだ‼︎」
族長が一喝し、彼等を諫めた。
「すまぬ、エイジ殿。儂が決断を渋ったばかりに」
「いえいえ、こちらこそすみません。つい怒鳴ってしまって。交渉に臨む者の態度ではなかったですね」
エイジも一旦頭を冷やし、威圧感を少しでも和らげようと努める。そして、族長の質問に答え、要求を吟味し、議論を進めた末に。
「うむ、それならば信用できる。私達は貴方の条件を呑み、和平を結ぼうと思う」
「では、こちらが同意書になります。こちらにサインを」
孔から格式張った羊皮紙を取り出す。そこには勿論、魔族語だけでなく獣人語も記されていて、エイジの言ったことと相違ないことが確認できる。
「儂らの村の紋様の印でもよいか?」
「ええ、貴方の同意が示せる物ならなんでも」
「ではこれで__ぬおっ!」
「ッ⁉︎ 何事だ!」
族長が印を捺そうとした瞬間、地響きが起こったのだ。恐らくこれは地震ではなく、魔力的な要因によって引き起こされているものだろう。原因を探る為、エイジは族長の家から出る。すると__
「あれは、何だ……?」
400mほど離れた山の中腹に、祠のような横穴がある。千里眼を使うと、そこに人影が見えた。あれが震源だろうか。と、ソレを捕捉した次の瞬間、突然その姿が変化した。15m程の、巨大な九つの尾を持つ、黄金色の狐の姿に変わったのだ。
「なんだあれは⁉︎」
「あ、あれは村の言い伝えによると、ダッキという者らしい……数十年に一度目覚めては、辺り一帯を焼き払うという……儂も、初めて見た……」
あの狐は日本や中国の伝説に登場する妖怪、白面金毛九尾の狐と特徴が一致する。まさかここに来て和の化生に出くわすとは。そんでもって、あれはただの魔物ではない。幻獣と称される存在だ。
幻獣は、魔物魔獣の上位版のようなものだ。魔物より圧倒的に強大な魔力を持ち、その魔力そのものによる攻撃は、魔術を使わずとも非常に高い破壊力がある。幻獣は大抵知性に優れ、人語を解するものもいるらしい。その実力は上位の魔族に匹敵、或いは上回る。兎も角そんな存在に、彼は初めて遭遇した。
「あれ、これって結構ピンチかも……?」
敵は強大な存在である幻獣であり、頼れる魔王軍の仲間もいない。そしてソイツが目覚めて封印を破ったのは、エイジの魔力に反応したからなのかもしれない。つまり、彼を狙ってくるかもしれないということだ。その証拠に、現在もバッチリ目が合っている。
兎にも角にも、このままでは和平どころではない。攻撃されていないのは、今は距離が離れているからだろう。
しかし不幸中の幸いか、幻獣は封印を破った直後なので本調子ではないようにも見える。倒すなら今しかない。




