7節 異種族外交 〜獣人編 ①
休暇後の執務作業も再び幾らか落ち着き、部下達に任せられるようになった頃。宰相はキリがいいからと、先日話題に上がった獣人とエルフについての問題を片付けることにした。前に進むには、後方の問題をなんとかしなくては。
「というわけで、オレはこれから二日間くらい出張で留守にする。あとは任せたよ」
と、告げた次の日の朝に、必要な量の水と食料を持ち、一人で城を発った。次の日にした理由は、最近城の動きは彼を中心にしているために、エイジがいきなりいなくなると混乱が起こり、大変な事になるからだ。単独行動が好きとはいえど、そこは宰相としてちゃんと弁えている。
城を出たあとは、数十キロ只管北東に向かって移動した。まあ歩いてても仕方ない、と魔術で空を飛んだが。一応、出来が怪しいけど地図を貰ったので、凡その場所を頼りに進んでいるが、彼にとってはそんなものより千里眼の方がよっぽど信用できる。
昼過ぎまで掛かって、地図に記された大体の場所まで飛んで行き、千里眼で森の中を見渡すと、見つけた。人口数百人の村。これが恐らく、獣人達の集落とみて間違いないだろう。
しかし、突然行っても怯えさせるだけだ。温和なコンタクトをとるには、どうすればいいだろう。そう考えながら、村から充分離れた森の中に降下する。良いアイデアが浮かばず、倒木に腰掛け考え込んでいると、
「キャー!」
悲鳴が聞こえた。こんな森の中での悲鳴なら、それは間違いなく獣人によるものだ。彼は取り敢えず、悲鳴の上がった方に向かう。すると視界が開け、岩に囲われ追い詰められた十歳ほどの少女が、棍棒を持った亜人族系魔物に襲われかかっていた。その魔物は、生息場所的に魔王国所属ではないだろう。
「い、いや……来ないで……イヤーーッ‼︎」
魔物が少女に飛びかかろうとした瞬間、弓を取り出し魔物の脳天を撃ち抜く。
「え、あれ?」
突然倒れた魔物に戸惑っているようだ。
「大丈夫? 怪我はないかい?」
エイジはゆっくり近づき、話しかける。その少女に近づきよく見ると、その少女にはキツネのような耳と尻尾が付いていた。
「あ、あなたは……?」
「ボクかい? ボクは通りすがりの旅人だよ」
黒コートを着ている軽装の男が旅人な訳ないけど。
「あ、ありがとうございます。あっ……」
グウゥ〜という音がする。少女のお腹が鳴ったようだ。気が抜けて腹が減ったのだろう。
「これ、いるかい?」
後ろに手を回して、穴が見えないようにビーフジャーキーを取り出し、渡す。
「ねえ、ちょっとお話ししようか」
どうやらこの少女は、予想通り獣人族の村の住民らしい。名はイズナ。見た目通りキツネの獣人で、数時間前に好奇心から村の外に出たら迷ってしまったらしい。
「おにいさんは、どうしてこんなところに?」
「言ったろ、ボクは通りすがりの旅人だ。理由なんてないさ」
「え、でもこの辺りには魔王がいるって聞いたような」
「……__う、痛いところをついてくるな__」
返答に窮し、エイジの顔が僅かに歪む。
「でも、おにいさんってわたしを見ても驚かないし、助けてくれるし、優しいんだね」
「あ、アハハ……そうかい?」
__違いまーす。優しくないでーす。村との交渉材料になりそうだから助けただけでーす。オレは優しいお兄さんではなく腹黒い大人でーす。だからそんな純粋な眼でオレを見ないでくださーい。良心が痛いでーす__
少女の視線が辛いエイジ。耐えられなくなってきたので、慌てて本題へ。
「じゃあ、君の村に行こうか。迷子なんだろ? 送っていくよ。実はボクもこの森の奥に用があるんだ」
イズナと手を繋ぎ、たまに現れる魔物を瞬殺しつつ、千里眼を頼りに村に向かう。途中から、やや遠くから監視されながら。
__気付いてますよーっと__
そして__
「あ、ここ見覚えある!」
安心したらしく、目に見えてテンションが上がるイズナ。そして彼等が村の正門から入り、数歩進むと__
「止まれ、侵入者!」
前後左右360度を獣人に囲まれた。見たところ、皆弓などで武装している。
「その子を放せ!」
リーダー格の、恐らくオオカミの女獣人が吠える。
「はいはい、放しますよっと。さあ、行きなさい」
「おにいさん?」
「いいからいいから」
不思議に思いつつも、素直に側を離れるイズナ。彼があっさり解放した事に戸惑いながらも、周りの獣人は警戒を緩めない。
「私はこの村の自警団隊長のハティだ。何の用だ、ニンゲン!」
それを聞くとエイジは両手を軽く挙げ__
「私に敵対の意思はない。現に、彼女にも君らにも危害を加えていないだろう。納得していただけたかな? では、この村の村長に会わせてくれ。話がしたい。勿論、監視してもらって結構だ」
訝しみつつも、村の中へと通される。当然、まだ弓などを向けられたままだが。
この村の彼らを見て、エイジは気付いたことがある。それは獣人にも二種類いること。一つは人間ベースに耳と尻尾が付いた型。獣人の力を解放したエイジと同じタイプ。もう一つは動物がそのまま人型になった感じ。鼻柱が高く、全身が毛皮に覆われている。
これは、フィールドワークのレポートで読んだ特徴と合致する。故に、驚くことはない。
ここで、獣人について深掘りを。獣人は、厳密には魔族ではない。なぜなら、魔力を持たない個体が存在するからだ。人間や動物などのように、一般の生物である。しかし、その進化の過程では、間違いなく魔力の存在が関係している。でなければ、地球環境に酷似したこの世界では、既に自然淘汰されていてもおかしくない。
人間ベースの型をAタイプ、獣ベースの型をBタイプとしよう。Aタイプは人間に進化した後、獣の特徴を有した。Bタイプは、進化の過程で人間へと近づいていったらしい。同種同士のAとBの間に出来た子は半々の割合で、Aと人型なら必ずA、Bと同種の獣なら必ずBの子が生まれるらしい。
この二種類のタイプ、モデルとなる動物の種類や、特徴の違いから共存など不可能そうであるが、現に出来ている。というのも、獣人族自体が希少であり、大陸中かき集めても十万を超すかどうかといった程。つまり、絶滅の危機に瀕している。そのために、呉越同舟とでも言おうか、進化の過程は違えど似通った種族であるために、手を取り合ったというわけだ。今の魔王国の現状と通じるところがある。更に、人間に近しい知性を持つために、同胞を食そうなどという本能を、理性で押さえつけることもできる。
そんな彼らの生活は、定住しての狩猟採集。この森には、他にも多くの獣人の集落があるが、縄張りなどの関係で、移動するとトラブルが起こりかねないため避けるとか。幸いにも、この森は魔力に満ちて豊かである為、移動の必要性は薄い。とはいえ、村同士の関係は悪くないようで、困ったときは助け合うこともあるという。エイジが入った集落は、ここら一帯でも最大なのだとか。よって、この村と交渉が成功すれば、他の村も一緒に魔王国と友好的な関係を結んでくれることだろう。




