1節 構造改革 〜水道工事 ②
「では改めて。工事に関しての説明を始めましょう」
幹部全員が集結したままで、エイジは入り口側に立って話し始める。
「ところで、これからは私が会議の進行を取り仕切ってもいいですか?」
異議の声は、上がらなかった。
「では、やらせてもらいますね。まずは、今回の計画の概要と、目的を振り返りましょう。先程の説明はイマイチでしたから」
掻い摘んでの解説であり、且つ能力云々の無駄話までしてしまった。整理する必要があるだろう。
「やることは城内の清掃、そして城の近くを流れる川を引いて、すぐ近くに流すことです。それは衛生面の改善と、水を確保するため。水を態々汲みに行くのも面倒ですからね」
「ん〜、でもそんなことする必要あるのかしらァ? だって、水は魔力で作れるのよ?」
「それに、大規模な工事になることも予想されますね。労働力やエネルギーの浪費とも思えるのですが」
「……はぁ。この意図が分からないとは。ハッキリ言って、ガッカリだよ」
直後、モルガンとフォラスの表情が凍りついた。その言葉の矛先でない者達も、顔を引き攣らせる。勝手に呆れられた怒りよりも、失望されることの悲しみと恐れの方がずっと大きかった。
「……エイジよ。実は私も、お前の真の意図というものがわからないでいる。どうか教えてはくれまいか」
その中でいち早く冷静になったベリアルが質問する。魔王でさえそうだというのなら、特段彼らが愚かというわけでもないということになる。エイジは、部下の面目のためにも詫びているベリアルの態度に慌て、すぐに負の感情を隠した。
「失礼しました。この工事の目的ではなく、真なる根本の意図というのは……魔力依存からの脱却、ということを示す為なのですよ」
ショックから立ち直った彼等は、興味津々に耳を傾ける。自分達と全く違った価値観を持つ彼の話は、本当に面白い。
「魔族である皆は、なんでも魔術で解決しようとしてしまう。いざという時に魔力さえ使えばなんとかなる、という考えが根底に染み付いてしまっているんだよ。だから、自然環境や物理学を利用し、恒常的且つ省エネな方法にしようとはなかなか思わない。これが問題なのさ」
口を挟みたいことは多くあるが、彼は最後には結論を持ってきて、今の自分等如きが抱くような疑問はほぼ全て氷解させてくれる。だから、まずは素直に話を最後まで聞くことにした。
「いいか、エネルギーや資材といったリソースは有限だ。それを如何に効率よく分配できるかが腕の見せ所となる。わかりやすく言おうか。川を引き、そこから水を汲むことができれば、水を作り出す分のエネルギーが浮く。火打石と薪を用意すれば、火を使うために魔力を消費し続ける必要もない。その分のエネルギーを、簡単には解決できない問題……例えば、レアメタルや化学薬品を生み出す錬金術なんかに回せるのさ」
思わず立ち上がる、或いは手を打ち鳴らす。正しく、目から鱗だった。
「今後を見据えたものは、まだまだあるぞ。それに加えて、魔族でも魔力をあまり持たない者がいるし、将来人間の国と仲良くなったところで、魔術中心のこの国では苦労することだろうさ。そのためにも、普遍的な方法を用いることは意義がある。……ほう、もっと欲しいか? 欲張りめ、いいだろう。まず最初に川に着手する理由を挙げるなら、水というものは何にとっても必要だからだ。これから農業をするなら、植物にやるための水が大量に必要だ。工業をするにしても、水という溶媒は非常に重宝する。だが、そんな大量の水を魔力だけに依存して賄うことは、魔力と産業の双方の知識を有する私がスッパリ不可能と断じる。そして、使い方は水そのものだけではない。流れという物理的運動エネルギーが使える。川の上に筏を乗せて、その荷物を上に乗せれば。態々地上で押して進む必要はなく、勝手に下流のポイントまで運んでくれる。水車というものを設置すれば、水流の力を変換して臼を挽いたりしてくれる。例えこの工事がフォラスの言う通り、短期的に見れば大きなマイナスだとしても。魔王国はあとたったの数ヶ月しか存続できないのか? 違うだろう、魔族の寿命は数百年。悠久永劫の時を考えれば、決して愚策ではないと考えた。どうかな、納得できた?」
物凄い熱量で語り切った。だが、その中に専門的な知識を要する内容は決して多くなく、全員が容易く理解できる。ただ生活用水として引くだけに留まらない考えの深甚さ、全てに理屈を持たせる合理の鬼。悉く説得力のある理由があるのならば、感情以外で政策指針を覆すことなどできない。その手腕を信じるに十分な内容だった。
「うむ、意図や目標は理解した。反論などあろう筈もない。だが、如何にして水を引く? この城は丘の上にあるのだぞ」
そうなのだ。この城は周りと比べて標高が凡そ100m程高い、半径500mほどの小高い丘の上にある。つまり、単純に川の水を引くのは不可能であり、エイジを悩ませた。
しかし、工事をしたいと考えてから二週間以上の猶予があった。それ程の時間があれば、彼が解決方法を編み出すには十分である。
「簡単ですよ魔王様。どうするかというと……城の下、ぶち抜いちゃいましょう!」
「「「……え?」」」
その場の皆が、エイジが何を言ったのか、一瞬理解できなかった。
「ど……どういう、ことだ?」
レイヴンがどうにか言葉を絞り出す。
「単純な話さ。工程を説明しよう。まず、この地図を見てほしい。この川をこの辺りの地点から分流を作って、こう引いていく」
因みにその川は、幅は広いところで100m以上、深さも3mくらいはある。水源は、南東の山脈の雪解け水。傾斜は緩やかで、水流は然程強くはない。
川へは城から最短でも600m以上の距離がある。しかも、分流はそこより上流から引く必要があるので、長さは1kmを下らないかもしれない。
「それとどう関係が?」
「こうする」
彼はそのまま、線を城のある丘に貫通させた。
「この丘の麓でトンネル作って、そこに川を通す」
「だがそれ、すごく時間かかるんじゃないか?」
レイヴンが疑問を投げかけるが、エイジは不敵な笑みで応じる。
「ふふふ……何が為の魔術だ? 高位の光線系でなら、穴を掘るなんてすぐだろ」
「ソウシテハ、城ガ傷ツククノデハ?」
「そうでなくとも、丘が崩れてしまうのではあるまいか」
当然の懸念だ。エイジは暫し黙する。
「……そんな大きな穴は開かないさ、多分。直径10m……魔王城二階分くらいだね。地上5mくらいにしかならないから、倉庫階までは全然届かないし、何なら地下三階だって作れるほどの余裕はあるはず。軽く調べたところ、この辺りの地盤はかなりしっかりしているし、ちょっとやそっとじゃ崩れないはず。このデカさの魔王城が建てられるくらいなんだからな。衝撃による崩落の不安があるのなら、低い威力のを連射したり、柱や魔術で補強したりという手もある。……よし、それで行こう。中程度の魔術で、高さと奥行きそれぞれ10mずつ削っていく。崩落に対しては、地盤を強化する魔術を使おう。例えば、地盤そのものの強化や、トンネル表面を堅固な岩石や金属で覆うような。ないなら新しく作ればいいし」
「ですが、すぐにでも工事を始めたいのでしょう? 今から創れとは、なかなかの無理難題だと思いませんか」
「そうか、できないか。ならしょうがない、別の案を__」
「言ってくれますね。できますよ。この魔術国家の主任魔導士であるこの私が、すぐにでも編み出してみせまショウ‼︎」
そのプライドを焚き付けると、見事に乗っかってくれた。これで、最低限の目的と方策と技術が確保できた。
「よし、では工事現場の管理は私がやろう。必要に応じて、魔術も撃つ。この工事の全責任は我にありだ!」
エイジの言葉は強い意志を持っていた。そのためか、皆信頼することに決めたようだ。
「ふむ。では、吾らはその補佐に入ろう」
それに、諸手を挙げてというわけでもない。彼の至らぬ点をサポートする。その意志をエリゴス達は大いに示す。
「ありがとう。……本当は城中に水道なりを引いて、水洗式の個室トイレでも作りたかったんだけど……そうだ、フォラスさん!」
「はい、何ですか?」
「水を押し出す、ポンプのような魔道具はありますか?」
土木、況してや水道のノウハウなど、エイジにある筈がない。だが細かい所、技術の問題ならば、代替として魔術で補えるのではなかろうか。エイジは未だ全然、魔術については詳しくない。だから魔術を使った案は、知っているモノに限られ、自力ではあまり浮かばないが……ならば詳しい者に欲する技術があるか訊き、それを応用してもらえばいいのだ。
「ありませんが……こちらはすぐに作ることはできます」
「よしきた! それ、人がいなくても動かせますか?」
「ええ、勿論です。魔導具は、人が魔力を注ぎ込んで動くものだけではありません。『魔晶石』という結晶化した魔力の塊、それを組み込めば自動で動きます。人の手が要るのは、交換と定期メンテナンスくらいでしょう」
「おーし‼︎ じゃあ、城の真下に通した川をそのポンプで引き上げて、城に水道を通しましょう! でも、全体には配管工事とかでめんどくさそうだし、そのまま使えるわけでもないから……う〜ん」
引けるとしたら、引けるなりに考えることが生まれる。そのため、エイジは目を瞑って熟考し始める。そして勿論、そんな彼に幹部達は口を挟まない。彼らだって各々、考えを纏めているのだ。
「……よし! 配管工事が大掛かりで、時間がかかり過ぎるから、全体は後回しにしよう。ポンプを使って、魔王城の屋上に作る高架水槽に送る。これで自然流下式にできるな。水槽には灰をぶち込んで軟水化、そこから濾過装置を通して、新設の地下三階と、地上階に優先して引いて……両方にトイレを作る。そして、地上階は食堂に引いて飲料水や掃除・洗濯に。地下は浴場でも作りますか! そして、時間は掛かるけど、地上三階にも水道を引くようにお願いするとして……」
「おお、階層を増やすのか」
「はい。作りたい施設だけざっと伝えますが、具体的にどうするかはお任せいたします」
「承知した。ふっふふ、この国始まって以来の大工事だな!」
話を聞いていたベリアルはとても楽しげ。そして久々のやり甲斐ある仕事なのだろうか、幹部達も乗り気だ。
「では、水道はここまでにしましょう。次は掃除ですが……そうだ、この城の見取り図ってあります?」
「ええと、どこにあったか……誰か持ってきてくれるか?」
「ワタシが持って来るわァ。図書室にあるはずよ」
そうしてモルガンが退室した。が、なかなか戻ってこない。エイジはベリアルに詰め寄る。
「なんで城内見取り図がすぐに出てこないんですか? 大事なものだと思いますけど」
「……皆、なんとなく把握しているから必要ないかと……」
そして十五分程が経ち。
「お待たせェ! やっと見つけたわァ。ゴメンね? 待たせちゃって」
「埃被ってるし……所々破けてるし……」
エイジの視線が痛いベリアルであった。
「まあいい。これも新しく作り直そう。さてと……」
エイジは嫌そうに表面を軽く叩いて埃を落とし、皺を広げ直す。
「うん……この際だから城の中も変えていきましょう。必要のない部屋と物は撤去処分。保留したい物は地下に仕舞う。そして、空き部屋と廊下と寝室の徹底的な清掃だ。序でに倉庫も整えること。ある物全てを有効に扱えるようにするのです。掃除清掃整理整頓、整然清潔に! さて、こっちは進めながら指示する! 早速始めていきますよ! 時間勿体ない‼︎」
「うむ! では諸君、我らが宰相の指示の下、工事に取り掛かれい‼︎」
ベリアルの号令を以って、魔族達は動き出した。




