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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅷ エイジの女難

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3節 慰み ③

本日5/9は、エイジの誕生日にして『魔王国の宰相 改訂版』(本作品)の投稿一周年記念。最も重要な記念日だ


お祝いしてくれると嬉しいねえ

 翌朝のこと。


「……起きた?」


「ああ……おはよう」


 目が覚めると、二人は肌を重ね合わせ、手を繋いで寄り添うようにしていた。どちらも恥じらいがないわけではないけれど、離れるのは惜しいとばかりに動けなかった。


「ねえ、エイジ……」


「何かな」


 それを誤魔化すように声をかけるレイエルピナは、エイジの目を潤んだ瞳で見つめた。それは奥に決意を湛えているようで。


「考えたの。何か、過去を乗り越えて復讐を果たした証が欲しいなって」


「うん」


「だから__髪を、切ろうかなって」


「……はあ⁉︎」


 大声と共に飛び起きて、正気を疑うような目で彼女を見る。


「何とち狂ったこと言ってやがる‼︎ 断髪など言語道断だ‼︎ 勿体無い!」


「そんな大袈裟な……ああ、いや、そっか。あなた髪フェチだったわね」


「そんなことしようものなら、救った責任がどうとか、幸せにするとかそういった約束全部反故にすっからな!」


「そこまでするほど⁉︎」


「するほどだ!」


 その熱意に最初は引き気味だったレイエルピナだったが。落ち着きを取り戻すと、その長く美しい髪を手で束ねて、おずおずと差し出した。


「じゃあ、そんなに好きなら……好きにしていいわよ?」


「え?」


「結んだり、梳かしたり、撫でたり。いつでも好きにしていいから」


 エイジは生唾を飲んで、絹よりも艶やかな麗しい髪を凝視する。彼女にしてみれば、胸とか体よりも興奮されるのは複雑ではあるけれど、自分の一部であることに違いはないってことで納得することにした。


「では、失礼して……」


「何それ。こっちまで緊張するから、もっと気安く触ってよ」


 その髪に指を絡めると、掬い上げる。その隙間からサラサラと流れる感触を楽しむと、鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、頬擦りをする。そのように情熱的に扱われると、その主としてはえも言われぬ感覚に襲われた。


「そういえば、なんで触るの許してくれるの」


「だって、わたしにとって人生で一番大事な使命を果たすのを手伝ってくれたんだし、そのお礼。それに、キスやエッチなことだって許したんだから。もう、わたしの全てをあなたに渡してもいいとすら思っているわ」


「……言ったと思うけど、君の人生なんだから、自分のことは自分で持っていなさい」


「そういう意味じゃない。……じゃあ、わたしの人生半分あげるわ」


 何気なく放った言葉だったが、二人とも動きが止まる。それが意味することをお互いなんとなく理解してしまったから。でも、その動揺を表には出したくない。だって、ほぼありえないけど、片思いかもしれないから。問い糺したり意図を聞いて、そんなつもりなかったとか言われたら立ち直れないし。なのでまだ踏み込めなかった。


「……考えておくよ。それはそうと、やるべきことを思い出した」


「それって?」


「……それよりも、服を着て。この状況、相当インモラルだから」


 その言葉で、自分が一糸纏わぬ姿だったことを思い出したらしい。今更体を庇うようにして、服を着るのだった。




「フォラス」


 ベッドから抜け出した二人は、連れ立って城の廊下を歩く。そしてその先に目当ての人物を見つけると、エイジが声をかけた。


「おや、どうしたんです? また新しいアイデアでも浮かびましたか」


 そんなことを言うが、二人からただならぬ雰囲気を感じたのか、観念するように喉を鳴らす。


「実は。昨日、レイエルピナを生み出した研究機関の本部が見つかってな。復讐がてら、襲撃を行った」


「ッ……そうですか。それは、無事で何よりです」


 動揺を隠そうと振る舞うが、その額には脂汗が浮き出ており、その顔色もいつも以上に悪い。


「そこで__お前の名を見つけたんだが」


 呼吸が止まる。瓶底眼鏡に光が反射し、その表情が窺えなくなった。


「……知って、しまいましたか」


 数秒して漸く、彼が言葉を絞り出した。


「フォラス、本当なの?」


「ええ、事実です……私が、貴女を生み出し、数多のホムンクルスを犠牲にして、神の降霊を試みた実験の主導者です」


 二人の憤怒や憎悪を受け止めるように、毅然としている。しかし、動揺は隠せず、メガネに添えた手の動きは忙しない。


「ですが……私は半端者でして。彼のようには狂えなかった。機械に繋がれ、苦しむ貴女を見て、正気に戻ってしまった。そして、余りに多くの犠牲と苦痛を生み出してしまった、己の良心の呵責などというものに押し潰されそうになり……予てより親交のあったベリアル殿を頼ることにしたのです。抜け出した私を匿ってくれることにも期待しましたが……そちらを訪問しているうちに、貴女が暴走し、私のラボは壊滅したのです」


 何度も言葉に詰まりながらも。逃げずに真摯に説明を試みる。


「言い訳がましいのは理解しています。貴女を救ったからと言って、過去の罪が消えるわけではない……いいえ、私自身は救えたとはいえません。つまり私は、己が興味のままに命を粗末にし、多くの悲劇を生み出した、咎人なのです」


 そして、言葉を区切ると、目を閉じ、その身を捧げるように腕を広げた。


「私への怒りや、憎しみがあるならば。その裁きを受け入れましょう」


 それを見たレイエルピナは、どうすべきか逡巡する。エイジの方をチラリと見るが、君が決めろとばかりに視線を返してきたので、思うがままに言葉を紡ぐ。


「……ええ、あなたへの怒りや恨みはあるわ。よくも生み出してくれた、よくも苦しめてくれた、ってね。復讐したいとも思っている」


 彼女の義憤や怨恨を重く受け止めるように顔を伏せる。どのような罵声や暴力も、抵抗なく受ける準備はできていた。


「けど、わたしを逃がそうとしてくれた。お父様に引き合わせてくれたし、少しでも苦痛を和らげようとしてくれた。そして、自分の罪に向き合ってる。だから……わたしは、あなたに復讐しないわ」


 彼女の激情、強く深い復讐心は良く知っていた。だからこそ、続く言葉が意外であったか、つい伏せられていた目を見開いた。


「けど、赦すわけじゃない。今ここでは手を下さない、その代わりに、研究で多くの人を救って、幸せにしてあげて。それが、フォラスの償いよ」


 それを聞き届けた彼は。甚く感激した様子で、膝をついた。


「承知いたしました、姫君。不祥、フォラスめは、人々の幸福と進展、そして我が主君への忠義、何より貴女の恩赦に報いる為に、技術の研究に生涯を捧ぐと誓いましょう」


 宣言を聞き入れたレイエルピナは、満足したように頷いていた。すると今度は、立ち会っていた彼が一歩前に出る。


「そりゃ都合がいい。じゃあ、早速、人助けの為に頼みたいことがある」


 大量の紙束を取り出すと、立ち上がったフォラスに突きつける。


「こいつは戦利品だ。研究所を全て壊滅させた時に、取れるだけ掻き集めておいた研究資料。ノクトと一緒に、これを精査して欲しい。作って欲しいものがあるんだ」


 彼の依頼に応えることは、彼女の願いを叶えることと同じ。償いの誓いを果たすべく、嘗ての同士達の負の遺産に向き合う決意をしたのだった。


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