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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅰ 宰相始動

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9節 宰相候補の初陣 ③

 『Aurora Extinction』。魔術ランク6の光属性魔術。人間の魔術師なら、十数人程度でなければ放てない程の大魔術だ。そのただでさえ威力の高い魔術を、魔王から借り受けた虎の子を用いて、更に威力を上げた。その威力たるや、実質ランク6.5相当。この魔術は発動すると直径4m、射程500m以上にもなる極太のビームを放つ。


 その光線に直撃した者は、圧倒的なエネルギーによって体が光分解を起こし消滅。直撃しなくともビームに2mより近ければ、吹き荒れる魔力の奔流により体がズタズタに裂けて、ほぼ即死するだろう。正に戦略級大魔術。流石に彼一人では放てないが、道具があればこの通りだ。




「さて、結果はどうだ?」

「ご覧の通り……こちらが恐ろしくなるほどの大成功だ」


 敵軍はこの一撃で、千人を優に超える兵が戦闘不能になり、戦略的には全滅と言えるだろう。代償として、術者の魔力はほぼ底をついてしまったが。


「レイヴン、呆けてないで号令!」


 エイジは成果を確認するや否や、直ぐに指示を出すよう指示する。


「ああ、全軍追撃だ‼︎ 残兵を殲滅せよ!」


 部隊の過半数が消滅したことで恐慌に陥った敵を、魔王軍は直ぐ様追撃し、掃討を開始する。




 潰走する帝国軍と追撃する魔王軍。それを眺めながら自ら放った魔術によってできた道を、エイジは幹部二人を引き連れながら悠々と歩いている。彼が自分の策の結果に満足しながら進んでいると、殿(しんがり)と見られる予備部隊らしき者たち複数人が、包囲されながらも奮闘しているところが目に留まる。


 よく見ると、そこで戦っている者達の一部は、正に勇者とその一行といった風情の格好をしている。正面で戦っている者は、十五歳程度に見えるツンツンした黒髪の少年で、片手剣に手持ち盾、額当てに耳当てを装備していたのだ。更に、装いに加えて役職も、勇者、戦士、魔法使い、僧侶とこれまたテンプレの極みのようだった。その強さはというと、小鬼なら一対一で難なく退け、大鬼に対しても連携をとって渡り合う程度。


__……彼らは勇者(暫定)。オレは魔王の手の者。となれば……悪役するしかねぇよなぁ! __


 ノリで邪(よこしま)な考えを抱き、悪辣な笑みを浮かべると、隣に居るレイヴンに耳打ちする。


「なあ、オレさ、連中に少し興味が湧いた。先頭にいる、あの勇者みたいな奴と一騎討ちしたいんだが、取り巻きの方の相手をしてくれない?」


「俺に指図だと?」

「作戦成功」


「うぐっ……チッ、わかった。仕方ないなぁ、ハァ……」

「一応、殺さないでね。交渉材料になるかもだから」


 彼等を囲っていた部下を退げさせると、レイヴンは腰のサーベルを抜き、魔力を纏わせた。それを確認するとエイジも片手剣を喚び、一気に十数メートルの距離を詰めて勇者に跳びかかった。


「なっ……うわあぁぁ!」


 その接近に気付き、直撃は辛うじて防いだものの、衝撃を受け流せず軽く数メートル吹っ飛ぶ勇者。その直後、レイヴンも彼の取り巻きを一撃で全員吹き飛ばした。


 吹っ飛んだ少年の下に、エイジはゆっくりと歩み寄る。彼は呻きながらも立ち上がり、見下すエイジを睨み付けている。


「やあ、初めまして。キミの名前はなんと言うのかね?」


 エイジが声をかけると、驚いたように見返し、ハッとして咄嗟に応える。


「キサマら魔族と交わす言葉などない‼︎」


 吐き捨てるように言い放つと、斬り掛かる。しかし、それをエイジは足捌きだけでヒラリヒラリと躱していく。


「おや、失礼。名を聞く時は、自分からでないとね。私の名は、エイジというんだ。最近新たに魔王国の一員となった者さ」

「名前を覚えるつもりはない、今ここで倒す!」


 彼はそう息巻くが、掠る気配もない。十回程度避けると、足を引っ掛けて転ばす。その隙だらけの脇腹を、爪先で小突きつつ。


「もう一度聞こう、キミの名前は?」

「おれの名は、リョウマだ!」


__ほう、ヨーロッパ系の文化なのに日本語の名を持つとは。もしや、この異世界に飛ばされたのはオレだけではないのか? あり得ない話では……いや、考え過ぎだ。そうであって欲しい。そうでなければ、非常に厄介だ__


「ふむ、ところでリョウマくん、キミの戦う理由は何なのかね?」


 リョウマなる少年が片手を突き出し、魔術を撃とうとする。その時には既に、エイジは反対側へ離れていた。


「おれの友達は……あいつの故郷は、お前ら魔族に奪われたんだ! それだけじゃない。帝国の各所で魔族が暴れて、多くの犠牲者が出ているからだ! これ以上、魔族の好きにはさせない!」


 どうやら、魔族に恨みを持っているようだ。しかし、それはエイジにとってどうでもよかった。気になることは別にあり、個人の感情や都合には興味がなかった。


__転生者っぽいのに、この世界の住人? だよね、んなわけないよね。他にいたら、この世界はもっと酷いことになってるはずだし__


 それはそれとして、また一つ聞きたいことができた。魔王国がどう思われているか、こちらの事情についてどのくらい知っているかだ。魔族にご執心なら、少しは調べて知っているのではないかと。


「まあまあ、聞いてくれよ。ボクたちもね、生きるのに必死でさ。しかたなぁく戦っているのさ」

「黙れ! 悪しき魔族の事情など知ったことじゃない‼︎」


「魔族にだって、善人は存在するものさ。一緒くたにしないでほしいな。寧ろ、魔族の方こそが排斥され、迫害されてきた歴史がある。差別に抗う為に、圧力をかける帝国と敵対して__」

「惑わされるものか! 魔族の犠牲になった人がいる事実があるんだ! キサマらが罪人、世を乱す悪だ‼︎ 我ら帝国による正義の裁きを受けろ‼︎」


__ああ、ダメだなこいつは__


 自分らの境遇、行為を盲目的に正義だと断定している。正に独善者だ。自分や、自身の家族や友人が奪われた等による復讐心ならまだしも、直接害が及んでいないというのなら尚更情状酌量の余地もない。


 少し考えれば、想像が及ぶ筈。虐げられ、それに反抗した結果として損害を与えてしまったとか。聞く限り、暴虐の限りを尽くす魔族など殆どおらず、迫害されて不当に拷問されたりと人扱いされていない事例ばかり。


 とはいえ、その伝聞だけでは、彼も魔王国側の視点のみしか得られていないのでお相子。だから、向こう側の言い分も聞きたかったというに。


__たまにいるよなぁ、こういう相手を知ろうともしないで、自分だけ被害者ぶるヤツ。自分は間違えていないって、感情バイアスかかってる輩。そういうのに限って、こういう自分の価値観押し付けてくるんでしょ__


 エイジは自らを偽善者、根本は悪性の存在だと認識している。だが、だからこそ、善悪の判断はついていると考えている。倫理観を備え、善と知って偽善を為し、悪と知って尚目的の為に誇りを持って悪事を為す。


 また、俯瞰的に自己の立ち位置を判断し、常に自分が間違えていないか疑い、多角的な尺度から、客観的な判定をすることを心掛ける。二元論で善悪や正誤の白黒をつけるのではなく、相手の思想や意見にも一定の理解を示し、統計的な考え方をすべしと学んだ。


 その為、こういう自分こそ正義の味方みたいなヤツは、エイジは反吐が出るほど大嫌いだ。何せ、悪は自身の行為を悪と認識してるから良心や罪悪感で歯止めが効くけれど、暴走した正義はどうしようもないから。自分の行為を善行であると疑わないため、ホント碌でもない。


 昔ならば宗教や政治のイデオロギー、現代ならば人権や差別。歪んだ正義感はいつの時代も問題となる。


「なるほどなるほど、キミのことはよおく分かった。どうやらボクたちは分かり合えないらしい。無駄な問答だったようだ。かかってこい、瞬殺してやるよ」


 こちらが理解しようとしても、相手が一方的に押し付け、歩み寄らず、対話を拒絶するのならば。分かり合えない。エイジも諦め、議論を放棄する。


 そして、その言葉を聞くや否や切り掛かってきた。しかし、遅過ぎる。幹部達に比べれば、悲しくなるほどに、遅い。ワンサイドゲームの始まりだ。


 短剣を喚び出しつつ、振り被られた腕を懐に潜り込んで掴み、太腿を刺してから押し返す。それでも、勇者くん(笑)は絶叫しながら何度も切り込んだ。だが、太刀筋が甘すぎる。短剣で容易く受け流し、去なし、弾く。生まれた隙へ容赦なくナイフを滑りこませ、細かい傷を幾筋も刻みつけていった。裏回し蹴りで手を弾き剣を取り落とさせると、魔術を撃とうと突き出された左手を刺して、鳩尾を蹴り飛ばす。


「ゴッ、ガアアア……ッ!」


 こいつはさっきから絶叫してばかりだ。エイジは弱いものイジメみたいに感じて、なんかつまらなくなってきた。嫌いではあるけど憎悪はしていないし、甚振(いたぶ)ろうという気もない。小物すぎて煽る気もなくなった。


 何より、ほぼ魔力を使い切った状態でこれだ。張り合いもないし、割とだるいので早く休みたい。


「仲間がいないと弱いんだねえ」


 跪くリョウマは、立つのもやっとな様子。身体中刺し傷や切り傷だらけだ。更に、エイジの言葉で辺りを見渡し、レイヴンに秒殺された仲間を見つけ愕然とした。他の帝国兵はやられるか敗走するかで、いつの間にやら孤軍。この追い討ちで遂に、彼の表情にも絶望の陰が差す。


「人の心配を、している場合かなぁ!」


 余所見する彼への追撃に、戦鎚を叩きつける。当たらなかったが、いや当てなかったが、衝撃で鞠のように吹っ飛んだ。しかし、彼は幾度吹っ飛ばされ、ボロ切れのようになろうと起き上がる。そこは褒めてやりたいが、そろそろめんどくさくなってきたので終わらせよう。と思ったところで__


「ぐ……どんなにやられても、キサマら悪の種族に、このおれは負けない! いつかベリアルごときクズは、おれが討伐する!」

「今……何と言った? ベリアル様が、何だって?」


 その言葉に、エイジの中で何かがプツンと切れた音がした。


「魔王様を、我が王ベリアルを! 貴様如きが侮辱するな‼︎‼︎」


 武器を何本も召喚し飛ばす。殺すつもりはなかったが何本か当たり、腕や足を貫いて致命傷を負わせる。魔王への誹(そし)りは彼の逆鱗(げきりん)に触れるも同じ。


「捨て置いてもよかったが、やっぱやめた。テメェは殺すことにする」


 剣を取り、距離を縮めていく。すると__


「そこまでだ、魔族め!」

「俺達が相手だ!」

「聖剣使いのリョウマ殿は我らの希望、ここで失うわけにはいかない!」


 いつの間にやら戻ってきたらしき雑兵が十人ほど立ち塞がり、エイジは取り囲まれた。


「え? そいつが希望? いやいや、託す相手を間違えてるよ。良い剣だって当たらなければ意味ないし……自分の命の方を大切にしなって」


 意外なことだったので、ついつい本音が漏れてしまった。


「なんだと⁉︎」


 その言葉に激昂したらしく、兵士達が掛かってきた。それにはエイジも、やる気が無いながら仕方なく応戦する。


 まずは、正面から突っ込んでくる者に炎を放ち火達磨に(1)。右から迫る槍先を片手剣で切り落として、左手のナイフを腹に突き刺す(2)。左から剣の切り掛かりを下がって躱し、槍で剣を弾いて胸を貫く(3)。回れ右して雷撃を撃ち(4)、左斜め後ろから大剣の上段切りを白刃どり、腹を蹴り飛ばした後ナイフを急所の頸に投げた(5)。大きく後ろに跳んで、弓を取り矢を一息に連射して二人をヘッドショット(6,7)。槍を手に突っ込んできた重装兵の裏に回り込み、装甲の隙間から首を掻き切る(8)。槍を投擲して後方の術師を貫くと(9)、最後のもう一人に一瞬で詰め寄り、深く袈裟斬り(10)。この間、僅か三十秒の出来事。幹部達の動きに比べれば、この程度止まっているようにしか見えなかった。




 そして、今が転機であった。彼は初めて人をその手で殺(あや)めたのだ。いや、先程戦略級魔術で数百と殺したが、それとこれとは話が違う。銃を撃って人を殺すのと、ナイフで刺して殺すのとでは感触が違うように。


 一瞬のうちに十人を殺した手を、ただ漫然と見つめる。しかし、当初想定していたほど心にくるものはなかった。あまりにあっけなさすぎて、人を殺したという実感が薄いのかもしれない。


 ただ、何も感じないのが少々恐ろしいと思えた。人は脆く、この力の前では命の重みは軽くなる。それ故に、この強大な力は濫用しない方がいい、とも。理性では考えられた。


 果たして、エイジは元から狂っていたのか、それとも異世界で暮らすうちに性格が変わってしまったのか。彼自身の想定は後者だ。理由はただの感覚。少なくとも以前は、殺人を忌避し、暴力を恐れていた筈だ。とはいえ、異世界転移などという、環境がまったくの別物へと変わるショックを体験すれば、性格なぞ幾らでも変わりそうであるが。


 或いは、死の満ちる戦場という雰囲気に当てられて、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。これ程の殺伐とした状況にも、今まで身を置いたことがないのだから。




 何にせよ、ここは戦場。いつまでも呆けているわけにもいかない。担架で運ばれつつ、魔術による応急処置を受けているリョウマへと一瞬で追いつき、逃げ道を塞いで交渉を持ちかける。


「なあ、取引しないかい? キミらは今すぐここから撤退し、帝都なりに帰りなさい。そうすれば生き残り達の命は見逃してあげよう。キミの仲間も、あれでもまだ生きてるしね」

「けどおれは……ごぼっ、正義を果たす!」


 吐血しながらも懐剣を取り出し、構えようとするが、力が入らずすり抜ける。その気概だけは認めてやってもいいかなと、エイジはほんの少しだけ再評価した。


「キミの間違った独善と人命、どっちか大事だというのかね。もしここで退かなければ、今みたいに犠牲は増える一方。今生き残っている人達や仲間を殺したのは、君の正義ってことになるけど。それに、そもそもどうしたって、キミはボクに勝てないだろ。ただでさえ、そのザマだしね」

「うぐう……クソッ‼︎」


 どうやら交渉成立のようだ。まあ、エイジは彼や彼の持っている矜持が生理的に気に食わなかったから踏み躙ってやろうと思っただけで、こんなモノは到底交渉などではない。プライドを捨てれば生かしてやるという、ただの脅迫だ。


「レイヴ〜ン、交渉成立。軍を退かせて〜」

「なっ……レ、レイヴンだと……⁉︎」


 リョウマは呆気に取られたように呟いた。どうやらレイヴンは、帝国でも名の知れた存在らしい。


__その存在と対等に会話するオレも、相当すごいんだぞってこと、分かってくれたら嬉しいなぁ__


 などと思いつつ。印象付ける為に、折角だから最後は悪役らしく締めようか、とエイジは悪役ムーブを醸しながら言い放った。


「もう一度名乗っておこう。オレはエイジ、魔王国の新しい幹部格だ。目が黒いのを見て貰えば判る通り、今はまだ魔族じゃあないが、貴様らと次に会う時には魔族になっているだろう。その時、オレはもっと強くなっている、精々キミらも励むことだな」




 戦闘終了から暫く経った後。


「そういえば、何故あそこで軍を退かせた」

「それはだねぇ、オレは殲滅は大好きだけど、無用な殺生は好きではないからだよ」

「…………そうなのか」


 後始末をしていた。結果として敵は千七百を超える死者を出したが、魔王軍は七百弱程度の損害しか出ず、正に圧勝と言える結果で終わった。途中で退かなければ、相手に二千以上の被害を与えることができたかもしれないが、ここは彼に残っていた温情で見逃してあげた。


 そんな折、レイヴンの質問に答えていたのだが、彼はエイジの返答にドン引きしていた。先程の蹂躙からは全く優しさなんて感じなかったし、言ってる理屈も分かるようで全く分からなかった。


「……で。戦いは終わったが、どうする」

「ああ、増援は万が一の備えとして残しておいて、オレら二人だけ帰って魔王様に報告すればいいと思うけど、どう?」

「ん、それでいいさ」


 それでも、戦いが終わってからというもの、明らかにレイヴンの態度が軟化した。成功したら認める、という宣言を守っている訳だ。


__いや、割と早い段階で認めてくれていたのかも。ただ最後まで意地を張ってただけだろう、多分__


 そして帰りの馬車では、行きは酷かった彼の貧乏揺すりも、完全に鳴りを潜めていたのだった。


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