8節 夢魔の誘惑 ②
「さて、お前達。よくぞ堪えてくれた」
エイジが出陣の為に自室へ篭った後。ベリアルは幹部達を招集していた。
「堪えたというか、驚きのあまり何も言えなかっただけですけどね」
ノクトは先程のエイジの告白を思い出してか、冷や汗を垂らしていた。
「ところで、モルガンは何処だ?」
「さあ。見ていませんねえ」
幹部はメディアも含め、ほぼ全員揃っているが。何故かモルガンだけ姿が無かった。
「そういえば、彼女はエイジに随分首っ丈なようであったのう」
「まさかとは思うが、あの女……今頃アイツに夜這いかけてるんじゃないだろうな」
「「「……」」」
誰も何も言わない。つまり、肯定。その様子が容易に想像できてしまったのだ。
「馬車で眠れるとはいえ。あまり激しくして明日への影響が出なければいいのだが」
「……ま、まあ。エイジくんが彼女に夢中になってくれていれば、千里眼使う余裕もなくなって、僕らのこの密談も知られる可能性は下がるし、ね? ちょうどよかったんじゃないかなぁって。ははは……」
ノクトが微妙な空気になってしまったのを何とかしようとして、却って変な空気になる。
「…………集まってもらったのは他でもない。エイジについてだ」
そこをベリアルが強引に軌道修正、話を進める。
「エイジの持っている特殊能力。あれは間違いなく__」
「魔法、ですね。しかも超能力、神の御業ともいう程の」
フォラスの断定に、再び一同黙り込む。
「そのことについては、特段気にしないようにしよう。出処を問い詰めようとしても、エイジは知らないか、知っていてもシラを切るだろう」
「ベリアル様ハ、出処ニ心当タリガ?」
「ある。俄には信じ難い話だが、彼奴の経緯からすれば、有り得ない線ではない。況してや、あの魔力だからな」
「それは、一体?」
「_________」
その言葉で、今度こそ空気が凍りついた。
「ありえん‼︎ 俺は認めんぞ!」
「ですが実際に、そうだとすれば色々と辻褄が合うんです! 本当に、ちょっと信じたくないんですけどね」
つい反射的に言葉を放ったレイヴンだが、フォラスの言葉で冷静さを取り戻す。改めて考え、確かであることを認めざるを得なくなり、非常に顔色が悪くなる。
「ソノコトヲ、彼ハ知ッテイルノダロウカ」
「ん、ないと思うけどな。だって現にエイジクンは、僕らの世界のことを知らなかったみたいだし」
「わからんぞ。あの異常なまでの理解力と上達速度、最初から知っていたというのであれば説明がつくが」
「ここで、この会議の本題だ。エイジが信頼できるかどうか」
議論が過熱しそうなところで、ベリアルが言葉を挟む。一旦皆を落ち着けてから、視線で発言を促した。
「吾から言わせて貰えば、信頼はできんが信用はできるといった感じだ」
「私も同感ですね。彼は間違いなく多くを隠している。しかし、我々に協力しようという意思は間違いないかと」
「ほお。珍しいのお。てっきり其方は、彼のことを唯の研究対象として見ておるのかと」
「失敬な。私だって真っ当な倫理観は備えているつもりですよ。確かに研究対象としてはこれ以上ないほどに魅力的ですが、それ以外に考えるべきことが多過ぎますからね。私の単なる知的好奇心の赴くままにして彼を失うことになっては、魔王国の多大なる損失に繋がると考えてのことです」
「私も驚いた。フォラスは研究のことになると、視野狭窄になる悪癖があったが……流石に今回は特殊が過ぎるということか。ノクトはどうだ」
「僕は信じるよ。今までエイジくんと接してきて、彼は信じられると確信したからね。ベリアル様は?」
「私は最後に言う。私の発言で、皆の意見が変わってもいけないからな。エレンはどうだ」
「私ハ、皆ノ決定ニ従ウ」
「……そうか。メディアは?」
「私は……全面的に…信用するわ……」
彼女の発言に、皆がざわつく。メディアがはっきりと己の立場を示すのは珍しいからだ。
「なぜ⁉︎」
「……私が予言した、から…」
「あっ……!」
確かにその通りだ。メディアの助言、元い予言があったからこそ、ベリアルや幹部達は様子を見ようという話になった。実際、今のところは予言通りである。
「俺は信じない」
そのエイジ信用ムードになった中でも、毅然とレイヴンは不信感を露わにする。
「なぜだい?」
「一番は特殊能力を隠していたことだ。二つ目は、異様に馴染むのが早過ぎるということ。全てを知った上で、知らないように振る舞っていた可能性もある。懸念点は千里眼と封印能力だ。千里眼で俺達と何かある未来を見たかもしれない。その保険として隠したとか。封印能力だって、何処まで及ぶかわからない。我々を欺く為に、自身の記憶を一時的に封じてでも__」
「考エ過ギデハナイダロウカ」
「そこまで疑ってはキリがないぞよ」
「俺はそうは思わない。始末するなら今の内だ。放っておけば、いずれ我々総がかりでも手がつけられない程のバケモノになる可能性が高い。或いは、力を隠し持っているなら全員で戦っても敗れるかもしれないが、少なくとも魔王国を滅茶苦茶にされる可能性は無くなる」
「ありがとう、レイヴン。お前の懸念は尤もだ。私達の分まで警戒してくれて助かる。……しかしだ、実はお前も、結構エイジを気に入っているのだろう?」
ベリアルの言葉に、レイヴンは息が詰まる。
「彼の成長は見ていて嬉しく、彼の齎す知識には胸が躍り、関わりを通じて距離が縮まり親しさを感じている。それはきっと、ここにいる皆が感じていることであろう。確かに、誰か一人は反対する者が必要だ。だがな、お前ももう少し自分の心に素直になってよいのだ。全ての責任は、私が負うからな」
ベリアルにここまで言われてしまっては、レイヴンの内心もグッチャグチャだ。何を言えばいいのかわからなくなって、彼は黙ってしまう。
「モルガンは……って、聞くまでもないよね」
「もし本当に夜這いをかけているなら、全幅の信頼を寄せていると見て間違いないだろう。ああ見えて、奴は意外と警戒心が強いからな。なにしろ、処女だし」
「「「……え」」」
さて、空気が固まったのは何度目のことか。付き合いが長いはずの幹部の皆も、例外なく驚いていた。
「え……サキュバスって……えっ」
「あ……待って。彼女は確かサキュバスでも、夢魔の方だったよね」
「イヤ、淫魔トシテノ特徴モアッタハズ」
「何にせよ操を捧げたということは、余程のお気に入りなのであろうよ。エイジと一緒にいる時の奴は、今まで見たことがない程に楽しそうというか、幸せそうであったからな」
モルガンの来歴と、サキュバスであること、そして処女。これらの特徴を鑑みれば、それがどういう意味であるのか、皆が深く理解した。
「では……ベリアル様は、どのようにお考えでしょうか」
レイヴンが問いかける。満を持して、皆の指導者が発言する。
「……私は、エイジを信じる」
驚き、は無かった。この中で一番エイジに期待しているのは、紛れもなくベリアルであると、皆気付いていたからだ。
「その、根拠は」
「根拠? そんなモノは無い。ただの勘だ」
あまりの理由に、レイヴンは開いた口が塞がらない。
「ほほう、私の見る目を疑うというのかな?」
「いえ……そういうわけでは」
自分達幹部は、人格・性格に一癖も二癖もある問題児ばかりだが、同時に卓越突出した能力を多く持つ上にリーダー気質でもある。それを見抜いたベリアルが言うなら信用するしかないが。
「まあ、強いて言うなら、幾つかある。まずは、抑、我々を裏切って何になるか、ということだ」
「魔王国を滅ぼす為では__」
「このまま放っておいても、いずれ自滅する定めであるというのにか?」
「……未来の我々がどうなるかわからない。今はその気がなくとも、いずれ人間に害を与えるとか__」
「だとしたら、内側から手綱を握った方が良いであろう? 今、彼が目指している宰相は、丁度その目的に合致する」
「……」
「我々を欺く利点が無いのだよ。確かに、エイジは我々に隠し事をし、騙そうとしているのかもしれない。だがそれは、我々に害を与えるというより、利用しようとしているだけなのでは、と思うのだ」
「例えば?」
「真の狙いまでは、流石に分からないが。我々魔族の力を借り、何かを成そうとしている。その為に、知識の見返りに指導者としての権力を欲しているのだろう。これにより、我々は国を栄えさせることができるし、エイジは我々の協力を得られる。Win-Winの関係というわけだ。他にも、私の目から見て、アイツは然程演技が上手い者ではないように見えた。突然私の目の前に現れた時が顕著であったな。ビクビクと恐怖に震えながらも、何とか平静を取り繕い価値を訴える。あれが演技だとしたら相当のものだ。また、私自身の体感やお前たちの報告からも、エイジに記憶の混濁は見られなかった。あとは……彼奴はお人好しに見えた。彼方の世界からすると、あまりに悲惨な我々の現状を見て、放っておけなくなってしまった、とかな」
楽しそうに話すベリアル、うんうんと相槌を打ち盛り上がるノクト、そして納得した素振りの幹部達。彼らを前に、レイヴンは何か言う気も失せてしまった。
しかし、部下の不満をベリアルは見逃さなかった。故に、それを解消する機会を与えることにする。
「……レイヴンよ、明日のエイジの初陣に同行してはくれまいか」
「は……何故です⁉︎ 護衛をしろとでも⁉︎」
「お前の目で見極めてほしい。彼が信頼に、信用に値するかを。お前の目に適わなければ、切り捨てて構わん。今の彼奴の力であれば、不意打ちで苦もなく殺すこともできるであろう」
裁量は、最後の砦たるレイヴンに委ねられた。エイジを宰相にするか、即ち自分たちの味方に加えることを良しとするか。それを決めるのはレイヴンだということ。
そこで、彼は気付く。他の幹部達の瞳の奥に秘められた思いを。
__エイジのことは信じてやりたい。だが、魔王国において最古参であり、ベリアルの右腕たるレイヴンの言にも重みはある。だから……お前を信じる。任せたぞ__
この信頼は、プレッシャーだった。そして、エイジが感じたであろう重圧、その一端を感じて同情を、その上で毅然として自らの意見を申した彼に尊敬を抱き、彼も責任を負う決意をした。
「……承知、致しました!」




