プロローグ:魔王国の宰相
眼前に広がるは、荒れ果てた大地。地面には幾つもの大きな穴が穿たれ、空は赤黒く、空気が澱み、時空は軋んで、混沌があるばかり。生命の気配は何処にも無い。
否……かつて生物だったモノが、辺り一面に転がっている。明らかに、この現象は自然のものなどではなく。
茫然と立ち竦み眺めていると、背後より大きな影が差し__
「宰相殿ォ‼︎」
突如勢いよく扉が開け放たれ、何者かが部屋へ入ってきた。その者に、部屋中央の机についていた白髪の青年が、ハッと我に返り、問う。
「何の用件だ?」
「新しい報告書です!」
「そうか。その山に積んでくれ」
「かしこまりました!」
丁度今入室した者は、人間ではなかった。筋骨隆々な灰色の体躯に立派な角、そして広い翼が生えている。その魔物のような出立ちのモノは、ガーゴイルと呼称される悪魔だ。当然、地球の現代社会にこんなモノは存在するはずがない。
部屋の中央奥にて、主の如く居座る白髪の男。その者の机は、他と比べても一際重厚な印象を抱かせる。更にこの部屋もまた、巨大な石造の城、その最上階に位置する。まさに、彼の為に宛てがわれた執務室なのであった。彼が極めて高い階級にあることは、疑う余地のない程の特別待遇だ。
そんな彼は今、両手に書類を持っており、その周りには文具が散乱していて、見るからに職務を熟している様子だ。机上、目の前にある数多の書類からなる山と格闘している。
といっても、彼一人で仕事をしているわけでもない。彼の周りを見てみれば、基本は人間の姿をしていても、頭から角が生えていたり、背中からコウモリのような皮膜のついた翼を持っていたり、肌がいやに青白かったり、獣のような牙や先が鏃のように尖った尻尾があるなど……異形の姿をしている者たちが、一緒に忙しなく働いているのだ。
「宰相閣下!」
また何者かが現れた。今度は所謂スケルトンだ。一体どこから声を出してるのか、不思議なものである。
「何の書類だ?」
「兵站についてでございます!」
「そうか、その左側のやつに重ねろ」
彼の周りにいる者、そして共に働いている者、その悉くが魔物、魔族と呼ばれる者たちだ。そして彼は、その者たちから宰相と呼ばれている。
宰相とは、君主に任ぜられ、その政を補佐する者である。類語は首相、もしくは総理大臣である。そんな青年の正体こそ__
彼の名は、エイジ。魔族の国にて宰相を務めている者だ。
「エイジ様!」
「またかよ!」
「え、えぇ……」
「んんっ、すまんな。要件を聞こう」
つい口を衝いて出てしまったようだ。書類を届けに来た者が戸惑ってしまったため、すぐ改める。その様子からは、まだどこか初々しさが感じられる。
「はい。こちら、資材の在庫報告になります」
「…………そっちに重ねといて」
彼の書類を捌く速度はなかなかであるが、それでもやっぱり紙の山は増える一方。彼の表情はうんざりしているようにも見える。
書類を運んできた者が退室した後、部下達にも聞こえないように、こっそりと独り言ちる。
「はぁ、なんて安直なんだ、オレは……よりによって宰相などと」
あの時は仕方なかったとはいえ、やや軽率な発言だったと後悔する。
「まあ、社畜していた頃よりは充実してる……それに__」
脳裏に焼き付く、荒廃した世界を再び想起する。これほど忙しい職務の間でも、その光景を片時も忘れることはなかった。
「もし、オレの勘が正しいのだとしたら……来たるべき厄災に備えるには、確かにこの立場が最適であるのに違いない……魔族の力、利用できるならばとことんつかっ__」
「閣下!!!」
「ッ⁉︎ ノックくらいしろ心臓に悪いわ‼︎」
何故、彼がこんなところでそんなことをしているのか。それは、約一ヶ月半前に遡る__
前書き
読者の皆様、初めまして。或いは、昔から追ってくださっている方には「ごきげんよう」。作者の、佐伯アルトです。
まずは、興味を持っていただいたことに感謝を。ありがとうございます。
どうか、途中で読むのが辛くなってもブラウザバックせず、Ⅱ章の中盤まで読んでいただきたい。きっと後悔はさせません。もし、それでも合わなかったら、低評価をくれてやってください。
人生は一期一会。偶然の巡り合いも運命なのですよ。試す前に投げ出すのは、勿体無い。
__________
この作品は、第二改訂版です。
初版(一人称)、改稿版(三人称)と経て、二回目の大体的な改稿を実施いたしました。
前版と比べて、新規エピソードの追加、より洗練された文章、文法や表記揺れの訂正に、設定の矛盾解消、新設定の追加、伏線の増量など大幅にパワーアップ。
以前作品を読んだことのある方でも、楽しんでいただける仕上がりなっております。
__________
高校時代に構想を練り、学生時代四年間書き続けて、更に社会人となった今も物語を紡ぐ。その中で、改稿重ねること苦節三回目の挑戦となります。高校三年に書き始め、冬には一回目の初版を一人称で投稿し、半年かけて一章ずつ五万字で、五章まで書いたものです。二回目は夏頃に三人称へ書き換え、大幅にボリュームを増した上で完結させました。その途中から、さらに大幅改稿したものをアルファポリスに投稿しており……今回はそれに若干手を加えたものとなっております。
この作品には、私の全てを込めました。まあ、私は、大した人間ではないのですが。それでも、魂を焚べて、この作品を創り出しました。社会人になった今、そろそろ書籍化したいものです。これで受けなければ、作家としての人生は諦めるほかありませんね。
長くなりました。さて、作者のくだらぬ自分語りはここまでにして。
どうぞ、拙作をお楽しみください。願わくば、章末の後書きで、また会いましょう。