<玉村一族編>暗黒星の挑戦
恐るべし暗黒星の次なる標的、
それは、日本でも有数の資産家、玉村家だった。
暗躍する塔上の奇術師たち!
刻々と迫る死のカウントダウン!
繰り出される地獄の罠の数々!
玉村善太郎を憎んでやまない魔術師の秘密とは?
そして、アケチ探偵と美しき令嬢のロマンスの行方は?
アケチの知恵、コゴローのパワーが冴え渡る!
天井には、きらびやかな星明かりが輝いていた。でも、それは、本物の夜空などではない。投影された偽りの星々なのだ。ここは、暗黒星のアジトであるプラネタリウム会場。今宵も、この怪しげな伏魔殿には、邪悪なる凶悪犯罪者たちの同盟・暗黒星の面々が集い、新たな悪巧みの案を練っているのだ。
中央の投影機のそばには、いつものように、議長役のニジュウ面相が陣取っていた。だが、今回は、彼一人ではなく、その隣には道化師の格好をした魔術師も同席していた。
「それでは、皆さん。今回は、魔術師くんの要望を採用して、名だたる億万長者の玉村家を我らの標的にしたいと思います。賛同してくださる方は、拍手の方をお願いします」ニジュウ面相が、よく響く声で告げた。
すると、客席のあちこちから、高らかに手を叩く音が聞こえてきたのだった。
この結果に、ニジュウ面相も魔術師も、たいへん満足そうなのである。
「諸君、私の長年の目的の達成に協力してくださると言う事で、私からも深くお礼を述べさせていただく。これだけのメンバーが揃っているならば、いかなる妨害があろうと、私の念願が半ばで頓挫する事もあるまい」魔術師も、ふてぶてしく、仲間たちへと呼びかけた。
「でも、魔術師くん。今回も、恐らくは、アケチ探偵が乗り出してくると思いますよ。彼だけは、まず一筋縄ではいかないでしょう。そのへんの覚悟はできていますか」ニジュウ面相が、冷静に、魔術師に尋ねた。
「ふん。望むところだ。私も、アケチとは、ぜひ、一度、お手合わせしてみたいと思っていた。見事、返り討ちにしてみせるよ。安心したまえ」
「素晴らしい心がけです!よろしい。それでは、さっそく、計画を始める事にいたしましょう。さあ、皆さんも話を聞いてください。我々は、これより、玉村家の一族と関係者を、次々に恐怖のどん底に突き落としていきたいと思います。その第一のターゲットが、この女性です!」
ニジュウ面相の説明とともに、パッと、天井の星明かりが一斉に消えてしまった。真っ暗である。
だが、すぐさま、天空いっぱいに、一人の女性の顔写真が、巨大に写し出された。
20歳ぐらいと思われる、美しい娘だ。上流社会の住人らしく、上品な化粧と高価そうな装飾品を身につけている。さらに、その表情からは、ちょっと勝気そうな性格もうかがえた。
この女性こそは、大資産家・玉村善太郎の大切な末娘の玉村妙子なのだ。
戦後、驚異の復興を果たして、飛躍的に発展した大トーキョー・シティではあるが、だからと言って、都市全体が不夜城と化した訳なのでもなかった。深夜近くにもなると、日中はあれほど溢れかえっていた人混みも一気にまばらとなってしまい、都心部のギンザ地区ですら、ひっそりと静まりかえったのであった。
夜のギンザは、昼間は賑やかにオープンしていたビルや店舗も、いずれも閉まってしまい、その店頭は冷たいシャッターによって閉ざされていた。そうした店先の歩道を、帰りの遅くなった会社員や夜遊びする若者らが、ポツリポツリと歩き過ぎていくのだ。
そのような状態のギンザにて、この奇怪な事件は発生した。
静かなギンザの街並みに、突如、不思議な光の線が走ったのだ。それは、サーチライトの明かりだった。誰かが、どこかの高いビルの屋上から、サーチライトを照らしていたのである。暗い夜の街中だったから、その光の道筋は、ますますクッキリと浮き上がったのだ。
理由も許可もなく、こんな風に、街のど真ん中めがけて、サーチライトを浴びせるのは、本来なら、やってはいけない行為なのである。
そのはずなのに、今現われたサーチライトの光は、傍若無人に、ギンザの街のあちこちを照らしまくっていたのだった。その眩しい光は、ビルからビルへと横一直線に流れていったかと思えば、一瞬にしてパッと消えてしまい、かと思うと、違うビルの表面にと、いきなり出現した。
そうした不思議なサーチライトの行動に、まだギンザの路上に佇んでいた人々は注目しだし、そこかしこで騒めきも起き始めた。警察官も動きだしたようだが、神出鬼没なサーチライト相手では、なかなか、足取りを追えないのである。
そのうち、この謎のサーチライトの光は、ある大きな銀行の正面へとピタリと狙いを定めた。その銀行はすでに閉店しており、巨大なシャッターが閉まっていたが、そのシャッターを、サーチライトは大きな丸い光で、まるでスポットライトのように、眩しく照らしてみせたのだ。
その銀行の前には、ちょうど、一人の若い女性が歩いていた。彼女は、運悪く、完全にサーチライトの直撃を受けてしまったのだ。凄まじい明るさの光をいきなり浴びせられて、その女性の方も、びっくりして、体の動きが止まったみたいであった。そんな彼女のことを、サーチライトはなおも狙い撃ちして、さんさんと照らし続けるのだ。
その女性は、美しい顔立ちをしていて、高価そうなロングコートを羽織っていた。この女性のことを、皆さんも見覚えがあるはずだ。そう、この娘こそは、暗黒星のアジトにあるプラネタリウムで写し出された玉村妙子だったのである。
間も置かず、暗黒星の魔の手は、早くも動き始めたのだ。
ウワン・・・ウワン・・・ウワン・・・
教会の鐘のような音が、あたりに鳴り響いた。何だか、サーチライトに晒された妙子のことを嘲笑うかのようにである。その妙子は、恐怖で腰が抜けてしまい、なおもサーチライトの光の中から抜け出せられずにいるのだ。
すると、その光の円の中に、新たに、不気味な影が写り込み始めた。それは、人間の横顔だった。どうやら、サーチライトのすぐ手前に、何者かが自分の頭を突き出したようなのだ。その結果、そいつの顔が、影絵となって、スポットライトの当たっているシャッターにまで写ってしまったのである。
それは、何十倍にも拡大されて、まさしく、恐ろしい巨人の顔であった。鼻が高く、彫りが深く、なんとなく、西洋人っぽい顔にも見えた。その顔が、サーチライトのイケニエになってしまった妙子相手に、パフォーマンスを演じているのだ。実物の小さな妙子めがけて、大きく口を開いて、ガブリと食いつきそうな仕草をするのである。
妙子にしてみれば、これは、文字通りの恐怖そのものだっただろう。
巨大な顔が、ようやく、スポットライトの外へと引っ込んでいったかと思えば、今度は、同じ場所に、クモの足のような黒い影が出現した。5本足の巨大なクモである。いや、クモなんかではない。どうやら、人間の手の影なのだ。とても細い指が、まるで不気味なクモの足みたいに見えるのである。お次は、この悪魔の手が、妙子に掴みかかろうとするパフォーマンスを演じたのだ。
恐ろしさで、路上に座り込んでしまった妙子は、もはや逃げる元気も失っており、今にも卒倒しそうになっていた。巨人の手が、その最後の追い討ちをかけているのだ。
ウワン・・・ウワン・・・ウワン・・・
再び、周囲には、怪しい鐘の音が響き渡る。
次の瞬間、サーチライトで投影されていた影の内容が変わった。それは、光の円の中心から広がる黒い放射状の線となったのである。その無数の放射状の線は、ただの静止した影絵ではなく、小刻みに動いていた。アニメの映像みたく、チカチカと震えているのである。その為、黒い星がキラキラと輝いているようにも見えるのだ。
ここで、ついに、犯人が、自らも声を発したのであった。
「我々は暗黒星なり。我らは、非道なる玉村の一族のことを絶対に許しはしない。これは天罰なのだ。お前ら玉村一族が受けるべく当然の報いなのだ。宣言しよう。我ら暗黒星は、近いうちに、必ずや、お前たち一族を破滅させてみせよう」
それは、ドスのきいた男の声であった。スピーカーで増幅していたらしい。鐘の音に混ざって、その大きな声は、ギンザにいた多くの人々の耳にも、はっきりと聞こえたのだ。これこそは、大胆不敵なる悪の宣戦布告であった。
その最初の犠牲者に選ばれた玉村妙子は、さんざん怖がらされて、すでに参りきっていたのである。彼女は、このサーチライトの脅しによって、完全にうろたえ、気を失う寸前だったのだ。
そこで、サーチライトの光の中へ、いきなり、果敢に飛び込んでいった者が現われたのだった。彼は、へばっていた妙子のそばに走り寄ると、その体をグッと抱きあげた。それから、彼女を抱えたまま、一目散に、サーチライトの光の外へ飛び出したのである。
サーチライトの光は追ってはこなかった。妙子も、光が差し込めない裏路地にまで、避難させてもらえたようだった。彼女は、こうして、どうにか、光の拷問から救出されたのである。
「お嬢さん、大丈夫ですか。ああ、ほんとに良かった。たままた、僕がこの近くを通りかかって」妙子を助けた人物は、優しく、弱っている妙子にと話しかけた。
その人物は、スーツを着た、30代の痩せ男。モジャモジャの髪で、余裕の笑顔を浮かべている。腕っぷしは強そうには見えないが、とても知的そうな面構えだ。
そう、妙子を助け出したこの男こそが、あの偉大なる名探偵、アケチコゴロウなのだった。




