プロローグ・怪人犯罪者大集合
真っ暗な空間である。ただ、空に満天の星だけが浮かんでいる。いや、これらの星も本物ではなかった。どれも、人工的に投影された偽りの星明かりなのだ。
ここは、実はプラネタリウムの会場なのである。観客を入れた上映会ではなかったらしく、ひっそりと星々だけが天井にて眩しく輝いているのだ。
会場の中央にある投影機のそばに、ヌッと人影が現われた。顔を帽子と黒マスクで隠し、大きなインバネスコートを羽織った、怪しい人物だ。彼は、その場にスックと立つと、周囲を緩やかに見回した。
「皆さん、よく、お集まりくださいました。この度は、私の呼びかけに応じてくださり、本当に感謝いたしております」彼は、とても通る声で、周りへと訴えた。
そう、ここにいるのは、この男だけではないのである。
観客席の一角に、別の人影が静かに立ち上がった。背広を着た、屈強な体つきの紳士だ。しかし、片手でステッキをつき、その顔の右半分は醜く焼けただれていた。この男こそは、世間ではクモ男の名で知られている連続殺人鬼なのである。
「脱獄中のオレの潜伏場所を探し当てたほどだ。貴様も、只者ではあるまい。だから、オレも、お前と会ってみる気になったのだ。まずは、あんたが正体を明かしたまえ」クモ男は、主催者の男へと怒鳴った。
「クモ男くん。それは、ごもっともなお話です。では、名乗りましょう。私の名は、ニジュウ面相です。そう、この名はお聞きになった事があるでしょう?私こそが、あの怪人ニジュウ面相なのです」
ニジュウ面相の自己紹介に呼応して、観客席の違う場所に、新たな人影が出現した。今度は、とても小柄な人物だ。一見、幼児のようにも見えたが、顔だけは髭面の大人の男なのである。この怪人物は、可笑しそうに奇声を発すると、軽業師のようにひょいひょいと観客席の上を跳ね回った。この男も、指名手配の凶悪犯罪者の一人で、一寸法師と呼ばれている怪人だ。
「うん。聞いた事があるぜ。ニジュウ面相ってのは、最近、この都市で売り出し中の新参者の怪盗だろ。面白いじゃねえか。その新入りさんが、大先輩のおいらたちに何の用だ?」一寸法師が、嘲笑うように言った。
「待て。すぐには信用できないな」と、別の観客席からも声がした。
そこの席にも、違う人物が立っていた。顔は一面白塗りで、服装もピエロの格好をしている。この男も、凶悪な盗賊団の首領で、魔術師の通り名を付けられた人物なのだ。
「おぬしは本当にニジュウ面相なのかね?ニジュウ面相の名を使って、我々をかついでいるのではないのかね」魔術師が鋭く問いかけた。
「魔術師くん。疑うのも、ごもっともな話です」と、ニジュウ面相が笑った。
その体が、突然、むくむくと膨れ上がった。スマートだった彼の体格が、たちまち、太った巨漢にと変わってしまったのだ。かと思うと、たちまち、彼の体はしぼんでしまった。ほっそりしているが、どうも、最初のスタイルとも違う。やたらと女性らしいプロポーションなのだ。
「どう?これで、信じていただけたかしら」ニジュウ面相は、かん高い女の声で答えてみせた。まさに、20の顔と肉体を持つと言われる変装の名人ならではの妙技なのである。
「ほほう。確かに、おぬしは本物のニジュウ面相らしいな。しかし、そのニジュウ面相くんが、なぜ、我々をここに招いたのだ?皆で戦って、悪党ナンバーワンでも決めようと言うのかね?」と、魔術師。
「とんでもない。私が望んでいるのは、もっと壮大な夢です。これだけのメンバーが揃えば、きっと、いかなる悪事も可能なはずでしょう。私が作りたいのは、巨大な闇の結社です。その力で、この大トーキョーを、暗い夜の世界に染めてやろうと思うのです!」ニジュウ面相は豪語した。
「へっへっへ。面白い事を考えるじゃないか。よし来た!おいらは、その話、乗ってやってもいいぜ」一寸法師が、楽しそうに即答した。
「その世界では、オレも、自由に美女を殺しまわってもいい訳だな?」と、クモ男。
「なるほどね。私も、おぬし達とうまく共存していく事はできそうだな」魔術師もうなずく。
「しかし、私たちが一つになったとしても、その前には、まだ大きな障壁がある事は、皆さんもうっすらと分かっているはずでしょう。そいつを取り除かない事には、私たちが、たとえ団結したとしても、その野望は何一つ達成する事はできません。そいつに挑戦する事こそ、私が皆さんを集めたもう一つの理由なのです」
ニジュウ面相の言葉には思い当たるらしくて、他のメンバーは誰もが神妙な顔をしていた。
「その人物には、皆さんも、幾度となく苦い思いをさせられたはずです。彼こそは、警察組織をも超える、この国の偉大な守り神です。彼は、巨人と呼ばれる今世紀最大の偉人、犯罪者ハンターとして知らぬ者のない、地上最強の私立探偵です。そう、その名は、アケチコゴロウ!」
それは、今、ここにいる全員が思い浮かべていた名前であった。
「えええ!アケチさんに挑戦するのぉ?」その名が出た途端、すぐさま、新たな人物が話に食いついてきた。
若い女性の声である。観客席の一角に出現した、その新しい人物とは、黒いドレスを着た美女であった。彼女もまた、「暗黒街の女王」の異名を持つ、有名な女賊なのだ。その名は黒トカゲと言う。
「アケチさんと一戦交えるのならば、ボクも、もちろん協力するわ」彼女は、ウキウキした感じで、あっさりと参加を表明したのだった。
すると、観客席の別の場所に、さらなる新しい人影が浮かび上がった。今度は、背の高い男性だ。西欧人っぽく見えるが、その顔は、目つきが鋭く、口が裂けたように大きかった。まるで野獣のような顔の作りである。この男は、人間ヒョウと呼ばれている、悪質な連続婦女暴行魔なのだ。
「アケチコゴロウか!オレ様も、あいつには、何度もお楽しみを邪魔されている。ニジュウ面相さんよぉ、この人間ヒョウも手を貸してやるぜ。アケチの首はオレ様がへし折ってやる!」人間ヒョウも、荒々しく宣言したのだった。
「どうやら、お集まりいただいた全員の賛同を得られたみたいですね。では、これから、私たちは、その同盟を『暗黒星』と名乗る事にしましょう。私たちは、一人一人が夜空に浮かぶ大いなる悪の星です。しかし、その姿は、決して表の世界では現われる事もなく、真っ暗な夜の天空の中に溶け込んでいるのです。私たちこそは、まさに、見えない星、暗黒星なのです!」ニジュウ面相が、饒舌に熱弁した。
「『暗黒星』か。確かに、我らにふさわしい名前かもしれないな」集まっていた犯罪者たちは、それぞれに納得していて、この組織名は採用されたようなのである。
「それでは、我ら暗黒星のデモンストレーションを兼ねて、さっそく、第一の仕事に取り掛かる事にしましょう」と、ニジュウ面相が言葉を続けた。
「何をする気なのかね?」と、誰かが尋ねた。
「ある大物犯罪者が、現在、トーキョー・シティの刑務所に投獄されています。我々の力で、彼のことを脱獄させたいと思うのです。そして、彼にも、我々暗黒星にと参加してもらいます」
ニジュウ面相は、ほくそ笑みながら、その企てを語り始めたのだった。
このあとに直結するエピソードである序章「悪のカリスマ脱獄計画」は、
パブーの「ルシーの明日とその他の物語(改装版)」の方に収納しています。




