小さな訪問者
コバヤシ青年は、師匠のアケチ探偵のことを探して、広大な玉村邸の中を駆け回っていた。どこへ行っても、恩師の姿が見当たらないものだから、やむなく、彼は、自分たちが泊まっている来客室へと戻ってきたのだった。
コバヤシは、部屋のドアを勢いよく開いた。しかし、中を覗き込んで、彼は怪訝げな表情になったのだった。
そこには、10歳ぐらいの少女が佇んでいたからである。その子は、きれいな白いドレスを着て、ちょこんと椅子に腰掛けていた。かわいい顔立ちをしており、行儀もよく、一目で、上流の家庭の子供だと分かるのだ。
「あ、あのう、お嬢ちゃん、君は玉村家の人間かな?」コバヤシが、戸惑いながら、その子に尋ねた。
すると、その少女は、ぴょんと椅子から立ち上がったのだった。
「お兄ちゃんがアケチコゴロウって探偵さん?」彼女は、コバヤシのことを真っ直ぐ見ながら、逆に聞いてきた。
「ぼくは、アケチ先生の一番弟子でコバヤシと言うんだけど」
「ああ、やっぱり。アケチ探偵にしては、やけに若くて、貫禄がないと思ったわ!」
その少女は、子供ながら、実に傍若無人で、ズケズケと喋るのである。
「ねえ、君。もしかして、この屋敷の中で迷ったのかな?この部屋は、ぼくとアケチ先生が泊まっている部屋だよ。知らない人の部屋には、勝手に入ってはイケナイんだよ」
「そんなの分かってるわよ!ここは知らない人の部屋なんかじゃないわ。だって、あたし、知ってて、アケチ探偵に会いに来たんだもん」
コバヤシ相手の言い合いに、元気いっぱいな少女も全く負けてはいないのだ。
「とりあえず、君の名前を教えてくれないかな」
「あたしはマユミよ。花崎マユミ」
その名前を聞いて、コバヤシも、ようやく、ハッと思い出したのだった。
そう言えば、今日は、この玉村邸に検事の花崎俊夫が訪れて、一泊していく予定となっていたのである。
花崎検事は、玉村家の長女の綾子の夫だった。綾子自身は、すでに亡くなっていたが、玉村家と花崎家の親交は、そのまま続いていた。花崎検事とは、アケチ探偵も顔見知りの仲であり、確かに、花崎氏には小学生の娘がいたはずなのだ。
「もしかして、お嬢ちゃんのお父さんは、花崎俊夫と言う名前かい」
「そうよ!パパは、ケンジと言うお仕事をしているのよ!鬼ケンジと呼ばれて、悪い人をいっぱい懲らしめていて、とってもエライんだから!」
マユミが得意げに胸を張ったのだった。
「そうか。じゃあ、今日は、お父さんと一緒に、この家にお泊まりに来たんだね」
「ええ。たまに遊びに来るのよ。いつも、二郎おじさんや妙子おばさんが遊んでくれるのよ。今日は、あの有名なアケチ探偵と言う人も、このお屋敷に来ていると聞いたから、ちょっと見に来てみたんだ」
コバヤシは、弱りながら、頭をかいたのだった。
「あのね、マユミちゃん。アケチ先生はね、この家に、お仕事に来たんだよ。遊びで招かれた訳じゃないんだ。君とゆっくり、お話している時間とかも無いんだよ」
「どうして?」
「え。どうしてって・・・」
ここで、マユミは、イタズラっぽく笑みを浮かべた。
「あのさ。あたしも、タンテイってお仕事に憧れているのよ。漫画の『女探偵アガサ』だって、全巻欠かさずに読んでるんだから!ほんとはね、アケチ探偵にお願いして、あたしも、タンテイのお弟子さんにしてもらえないかなと思っていたんだ」
マユミは、自信満々に、何の迷いもなく、そんな事を口にしているのである。
このこまっしゃくれた新たな登場人物の出現には、コバヤシも、すっかり困り果てていたようなのであった。
この日は、検事の花崎俊夫が、娘のマユミを連れて、玉村邸へと訪れていた。
もちろん、今の玉村家は、暗黒星による脅迫やら不法侵入などが相次いでいて、決して穏やかな状況ではなかったのだが、それでも傷害や誘拐などの深刻な事件まで起きていた訳なのではない。とりあえず、しっかり警護さえ固めていれば、花崎親子に重大な危害が加わる恐れもないであろうと判断して、彼らは、いつも通りの感じで、玉村の家にと訪問したのだった。
何よりも、花崎氏は、親交の深い親族である玉村家が、賊のいわれのない嫌がらせを受けていると知り、はなはだ立腹していた。この賊が捕まった際は、言うまでもなく、自分が裁判の検事を務めるつもりで、すでにヤル気満々だったのだ。そして、賊が逮捕される前から、早くも現場検証を行なっておこうという目論見もあって、彼は、そのような意図からも、今日、自ら進んで、玉村家に泊まりに来たのであった。
とは言いつつも、まずは、固い話はあとなのである。
とりあえずは、来訪した花崎親子は、他の宿泊客であるアケチ探偵らも一緒に加える事にして、玉村家の豪華なディナーによって、歓迎される事となったのだ。




