妙子とアケチ探偵
その日は、アケチ探偵は、玉村家の本邸にある妙子の部屋にとお邪魔していた。
令嬢としては、よそ者の男性なぞ、安易に自分の部屋には踏み込ませないはずなのであるが、例の境内での事件以来、すっかり妙子の身の回りの警護は厳しくなっていた。娘の身を心配する父・善太郎は、妙子の外出を厳重に制限してしまったし、かろうじて、屋敷の外へ出かけないといけない用事があったとしても、必ず従者をつける事が条件になってしまったのだ。
これでは、妙子も、以前のように、気ままに車をかっ飛ばす事もできなくなってしまったし、普段の生活も窮屈で仕方がないのである。家の中に閉じ籠もりがちになり、あまりに時間を持て余してしまった妙子は、とうとう、アケチを自分の部屋に招待する事も思い立ったのだった。
もっとも、アケチの方も、妙子の身辺をより探りたいと考えていたところだったので、このように部屋に案内してもらえるのは、ちょうど好都合だったのである。
アケチは、妙子のとても広い部屋の中で、彼女の弾くピアノを聴かされていた。
親バカの善太郎は、妙子に、最大サイズのG7タイプのグランドピアノを買い与えていたのだ。しかし、何部屋もが連なった妙子の大きな部屋では、そんな巨大なピアノでさえもが、片隅に置かれた飾りの一つにしか見えなかったのだった。
そして、妙子は、今、そのピアノの前の椅子に座り、しっとりと音楽を奏でているのだ。それを、そばに立っていたアケチに、穏やかに聴かせているのである。
弾いている曲も、決して難しいものではない。日本の童謡の「赤とんぼ」を披露しているのだ。ただし、巧みな編曲を加えているものだから、ひどく感動的な旋律として聴こえていたのであった。
妙子は、一区切りがつくまで、この曲を弾きこなしたのだった。
「あなたに、このような特技があったとは知りませんでした」
ピアノの音が消えたあと、アケチは、本当に感心した様子で、そのように妙子に告げた。
「あたしだって、上流階級の婦女子なのよ。このぐらいのピアノのレッスンは受けているわ」妙子が、照れながら答えた。お転婆な彼女としては、ちょっと珍しい、恥じらいだ表情なのである。
「他にも、いろいろとレパートリーをお持ちなのですか?」
「実は、特に上手に弾けるのは、この曲だけなの。お母さまが生きておられた頃、あたしに、子守唄として、よく、この曲を歌ってくれたのよ。あたしにとっては、この『赤とんぼ』は、一番の思い出の曲なんだ」
アケチも、少し、しんみりとした表情になった。一見、気丈に見える妙子であったが、本当は、心の底には、多くの悲しみや寂しさも持ち合わせていたみたいなのである。
と、アケチの感傷などは、まるで気にせずに、妙子が椅子から立ち上がった。
「アケチさん、今度はテーブルの方にいらして。占ってあげるわ」妙子が、楽しそうに言った。
「あなたは、そんな事もできるのですか」
「それほど意外に思えて?」
「いえ。あなたは、もっとアウトドアなイメージがあったので」
「ささやかなトランプ占いよ。一郎兄さんに、やり方を教わったの」妙子が、少し恥ずかしそうに述べた。「さあ、そこの椅子に座って。アケチさんって、まだ独身だったでしょう?恋占いをしてあげるわ」
暇だったとは言え、天下のアケチ探偵相手に、恋愛の予想をしてあげようとは、実に大胆な申し出なのである。
実際に、当のアケチも、やや躊躇した表情を浮かべていた。
「あ。もしかして、アケチさん、占いで、あたしの事が意中の人と出ちゃったりするのを心配しているのかな。うふふ、大丈夫よ。わざと揶揄うようなウソの占いなんかはしないから。あたしだって、アケチさんを誘惑するほど、相手に困っているのでもないのよ」そう言って、妙子は屈託なく笑ったのだった。
その無邪気なさまは、普段の勝気な彼女の態度ともかけ離れていた事もあって、確かに、ちょっと可愛らしく見えなかった訳でもなかったのである。




