2章・11配役決め 2
「あたし、やりたいわ」
立ち上がったのは、マリアンナ。
「自信がない人がやるより、よっぽど素敵なジュリエットを演じてみせるわ」
高らかに宣言をする。
ん?
これは確かゲームの中で、ジュリエットに選ばれたマリアンナが「足を引っ張らないように精一杯がんばります」と挨拶したときに、悪役令嬢が言うセリフだ。
それをマリアンナが言っちゃってるよ。
クラスはしんとしてしまった。
みんな無言で顔を見合せている。
「他に立候補はいるか?」とウォルフ。
と、クララが、
「我がクラスのツートップ女子を差し置いて主役ができる女の子なんていません」
と言った。
うわあ、クララちゃん!
これもゲームで悪役令嬢の取り巻きが言うセリフだよ。なんでかわいくて優しい君がそんなことを!
マリアンナがワナワナと震えている。
「なんで?あたしはこの世界の主人公よ?どうして邪魔をするの?」
マリアンナが叫ぶ。クラスがドン引きしている中で、あたしは息を飲んだ。『この世界の主人公』と言ったよね?
「もともとジュリエットはマリアンナがやることになっているのよ!」
みんなは気味が悪そうにマリアンナを見る。
「どうしてなにもかも上手くいかないの!」
唇を噛んでうつむくマリアンナは泣きそうに見える。
これは。確定だろう。彼女は転生者だ。
クララは
「私の話を聞いて」と言った。「ミリアムとレティシアではない女子がジュリエットを演じるのは、その子が辛いと思うの。絶対に他クラスから、『なんで?』とか『がっかり』と言われるわ」
確かにね、と賛同の声があがる。
「そこで」
こほん、と咳払いしたクララ。あたしと目が合うとにっこり笑った。
「ヴィーをジュリエットに推薦します!」
「!?」
あたしは意味が分からずフリーズした。
おおっとどよめきがあがる。
クララはミリアムを見て、ダメかしらと聞いている。
そうだ、ミリアム。彼女が怒る。
慌てミリアムを見ると。
なんと顔が紅潮しているけれど、明らかに怒りではない。むしろ目がハートになりそう。
なんで!?
「ヴィーなら我がクラスのツートップとなんら遜色ないでしょ?」
とクララ。女子たちが盛大に拍手する。
「いや、僕は男子なんだけど…」
うろたえてアルを見ると、彼も困惑で固まっている。レティはミリアムと同じ、期待に満ちた目。ジョーは隣の席の女子といいねえなんて話している。
ウォルフを見たら、目を反らされた!
クラス女子を敵に回したくないんだな!裏切り者!
ちょっと!と他の男子を見ても目を反らされるか、拍手をされるか。
なんで!?味方はいないの!?
そりゃタイトルロールに推薦されるなんて光栄なことだし、前世だったら大喜びだけど。あたしは男の子だ。おかしいよね?
「僕、男子!」
もう一度言ってみる。誰も聞いてくれない。
「あのさ」
救いの声があがる。アルだった。彼にしては珍しく遠慮がちに
「フェルが許すかな?」
と言った。途端に静かになる。
そう、そう、そうだよ。この際、フェルでもなんでも使って…
「あら、フェルは泣いて喜ぶわ。ヴィーの晴れ姿が見られたって」
とミリアム。
「それなら男役にしてよ!」
「あら、ヴィーにロミオは似合わないわ。剣を使うように見えないもの」
うっ。痛いところを。いや、違う。
ロミオじゃなくたって、と言いかけたあたしの言葉は女子の歓声にかき消された。
ジュリエットがヴィーならロミオは誰かしら。
やっぱりアクションシーンを考えたら少年団出身が良いわよね。
そんな恐ろしいことを、一斉に話している。
待って。もう嫌な予感しかしない。
冷や汗を流しながら助けを求めて視線を彷徨わせると、泣きそうな顔のマリアンナが目に入った。
いけない、動転してすっかり忘れていた。
「マリアンナ」
あたしが呼びかけると、再びクラスは静かになった。
「マリアンナはジュリエットをやりたいんだよね」
彼女はこくりと頷く。立候補を募ったのはあたしたちクラス委員だ。いくらなんでも無視し続けるのはひどすぎる。
「クララの言ったことには一理ある」とウォルフガング。「辛い思いをするかもしれないが、それでも立候補するか?」
「駄目だ」
よく通る声でそう言ったのはゲインズブールだった。
「そんな時間があるか。上は今のレベルに満足していない」
冷淡な声音と表情だ。たったのその一言でマリアンナはうつむいた。
特別指導がうまくいってないのだろうか。
「彼女は負担の少ない裏方を割り当てろ」
ゲインズブールはあたしたちを見て高圧的に言った。
…なんだかかわいそうだ。マリアンナは好きじゃないけどさ。
「どうする?」
マリアンナに尋ねる。
「…裏方でいい。レッスンが忙しいから」
あたしはウォルフと顔を見合せた。
これで女子の立候補は消えた。
えーと。
どうしよう。
「はいっ!」
とジョーが勢いよく手を上げた。ウォルフがどうぞと促す。
「ジュリエットがヴィーならロミオはウォルフガングがいい」
拍手が沸き上がる。
「うちのクラスの名コンビだし、ヴィーだけにやらせる訳にはいかないだろ?」
とジョー。
「ならお前がやれよ!」
真っ赤になったウォルフがうろたえている。
「イヤだよ」とジョー。「俺、フェルとアンディが怖いし」
「オレだって怖い!」叫ぶウォルフ。
「大丈夫、大丈夫」
安請け合いをしてジョーはミリアムを見る。
「いいよな?」
「アルもいいと思うわ」とミリアム。
「あら、やっぱりウォルフガングよ」とレティ。
「僕はやりません」
主張してみる。
「ダメ!」とクララ。「ミリアムの代わりにがんばって!」
そうよ、と女子たちがたちが賛同する。
うぅ。確かにミリアムが辞退したことから混沌が始まったんだ。
「ヴィー。お願い」
おねだり顔のミリアム。
なんてかわいいんだ!
「ウォルフガングに賛成のひとー」
とクララが勝手に進行する。大きな拍手が沸き上がる。
「ぜひやってくれ、ウォルフガング」とアル。
「ずるいぞっ!」とウォルフ。
「仕方ないわね」とミリアム。「ウォルフガング、ヴィーをよろしくね」
にっこり。
ジョーが前に出てくると、黒板のジュリエットの文字の隣にあたしの名前を、ロミオの隣にウォルフの名前を書いた。そしてわざわざピンク色のチョークを出してきて、あたしとウォルフの名前を大きなハートで囲う。
ひときわ大きな拍手が沸き上がり、ウォルフはがっくりと肩を落とし、あたしは呆然と黒板を見つめた。




