2章・10遠乗り
ミリアムのことを誰に相談するのか散々悩んで、あたしが頼ったのは結局アンディだった。
あんまり人に聞かれたくなかったから、休みの日に郊外まで遠乗りに連れて行ってもらった。
こういう時、アンディの遊び人スキルは重宝する。人気のない、いい場所をあちこち知っているんだから。
ていうか、帰国してからこっち、あたしとばかり遊んでいて、全然女の人と会う時間がないみたいだけど、大丈夫なのかな?
いかにもデートスポットな丘の上の物見塔の廃墟に到着すると、あたしたちは崩れた塀の石積に腰かけた。
「で。なんの相談だ?」
うーん。なんですべてお見通しなんだろう。相談があるなんて、一言も言ってないんだけどな。
アンディに頭をわしゃわしゃされる。
「ダンスで相手がみつからなかったことか?」
うっと胸を押さえる。いきなり先制パンチを喰らってしまった。
「ほんと、なんで知ってるの?見てるの?僕、何も話してないよね?」
「ミリアムに聞いた」
「…そうか」
そういうルートもあるんだった。
「…違うよ。でもミリアムのことなんだ」
絶対に秘密、誰にも話してはダメだよと何度も念をおして。
「実はミリアムはアルが好きだと思うんだ」
アンディは何も言わない。
「驚かないの?」
うーん、と唸るアンディ。目が宙をにらんでいる。それから
「すまん、知っている」
と答えた。
「ええ!?なんで?ミリアムに聞いたの?」
「まさか。見ていればわかる。俺たちは大人だぞ」
「そうなの?僕、この春まで全然気づかなかったよ。みんな知ってるのかな?」
いや、とアンディは否定した。自分とフェルだけだ、と。
「…やっぱり超絶過保護って笑われようが、兄なんだね」
そりゃな、とアンディ。
「そっか。知っていたんだ」
なんだかショックだ。ミリアムの大事な秘密をあたしより先に知っている人がいたなんて。それがフェルだろうが、アンディだろうが、モヤモヤする。やだな、これ。独占欲みたいなものかな。
頭にふわりと大きな手が乗った。
「年の功だ」
「…また、年寄りくさいことを言ってる」
「それで、『気がついた』ってことはミリアムに聞いたわけではないんだろう?あいつはお前が気がついたことは知らないのか」
うん、とうなずけば、それで?と促された。
「ミリアムを応援したいんだ。ちょっと複雑な気持ちはあるけど、お似合いだと思う」
そうだな、とアンディ。
「でもさ、ミリアムはアルより僕を優先するんだ。ダンスの相手だって、僕。みんなで説得してようやくアルに決めたのに、僕に相手がみつからないとみると、アルを放り出して僕を選ぶんだ」
「なるほどな。ミリアムらしい」
「それが僕は嫌なんだよ」
アンディを見上げる。
「僕が頼りないせいで、ミリアムが自分のことを後回しにするのは嫌だ」
「それはちょっと違うな」
アンディはゆっくりとそう言って、遠くを見た。
下っていく道の両脇は牧草地らしい。カウベルをつけた牛たちがのんびりと草を食んでいる。のどかな光景だ。心地好い風が木々の葉を揺らし、なんだかわからない鳥がピーと高い声をあげて飛んでいく。
「ミリアムはお前もアルベール殿下も、どちらも好きで大事なんだ」
長い沈黙のあと、振り向いたアンディは優しい声音で言った。
「どちらかを選ぶなら、今はまだお前を選んでしまう、それだけのことだ。いつか逆転するかもしれないし、しないかもしれない」
「…そうなのかな」
「そうだ」
「…」
「僕さ、まだ誰かに恋したことがないから、よくわからないよ。好きになったらその人が一番じゃないのかな?」
前世でもろくに恋愛をしていない。幼い初恋だけだ。恋愛の醍醐味も醜悪さも何も知らないまま死んでしまった。
「そのうちにわかる。ま、俺が言っても信憑性はないだろうがな」
「…うん」
アンディはぷっと吹き出した。
「ならなんで俺に相談してるんだよ」
「だってさ、フェルは冷静に聞いてくれないと思ったし。キンバリー先生も…ちょっとアレかな、って」
消去法かよ、とアンディ。
「それにアンディは嘘をつかない。僕がダメならダメって言ってくれる」
それだけは確信がある。フェルは優しい嘘をつくだろう。キンバリー先生も、ズバッと言ってくれるようでやはり、フェルと同じような気がする。
「…お前はダメではないし、頼りなくもない。宰相の子供らしくはないけどな。ミリアムは自分で望んでお前を優先しいてるんだ」
そっか。
あたしはこれでいいんだ。
胸に安堵の気持ちが広がる。
「わかった。アンディの言葉を信じるよ」
気持ちがすっきりした。
アンディがそう言うなら、あたしが足枷になっているんじゃないと思える。不思議だな。
「あのさ、」
「なんだ?」
「ここは頭をわしゃわしゃしてくれるところじゃないかな?」
いつもならそのタイミングだと思うんだけど。アンディはまったく、と言いながら、わしゃわしゃしてくれた。よし、満足。
「お前はダメではないが、ワガママだ」
「しょうがないよー。超絶過保護の兄達が甘やかすからさー」
あたしは背負っていたリュックをおろした。
アンディと馬で出かけるとき、いつもはアンディの前に乗る。だけど今日は遠出でスピードを出したいからと言われて、背中側に乗った。初めてだ。アンディとはいえ、男の人の背中にしがみつくのは抵抗があったけど、がんばった。偉いぞ、あたし。
いい加減、乗馬を許してほしいのだけど、フェルは頑として首をたてに振らない。
リュックの中から料理人が作ってくれたサンドイッチと水筒を取り出す。二人で分けてランチタイムだ。
大自然の中で食べるご飯は美味しい。
「僕に婚約者でもできればいいのかな、とも思ったんだけどさ」
「無理に婚約してもいいことはないぞ。いい例がここにあるだろ。それにそんなことをしたらミリアムが怒るだけだ」
「そうなんだよね」
一度は考えた案だけど、ミリアムの足を引っ張りたくないって理由で婚約するのは、彼女を馬鹿にしている。
「僕は僕なりに応援するよ」
それがいい、とアンディは頷いた。
夏休み中の『デート大作戦』は良案だったんだけどな。実際、ジョーにはめっちゃ感謝された。だけどミリアムがなあ。あのシチュエーションでアルよりあたしをとるとは予想外だった。
また何か企画を考えよう。今度は失敗しないように。
サンドイッチのお昼ご飯を食べ終わると、アンディは行くか、と言って繋いである馬へ向かった。
「え、待って!塔に登ろうよ」
だいぶ古い物見塔で、崩れているところもあるけどそこまで危険には見えない。
「ダメだ。危ない。フェルディナンドにも中へ入らないと約束している」
「ええ、でも」
あの最上階の小窓から見る景色は最高にちがいない。せっかくこんな目の前まできてお宝を拝まないなんてこと、ある?
「帰りに農場へ寄って行こう」とアンディ。「きっと葡萄の収穫が終わってワインの仕込みをする頃合いだ。運が良ければおもしろいものを見せてもらえるぞ」
「それも行くけど、塔にも登る」
「ヴィー。危険だと言っている」
「だって!アンディとこんなとこに来られるの、最初で最後かもしれないじゃないか」
アンディが結婚をしたら。あたしと遊ぶ時間なんてないだろう。フェルのように。
「僕、一緒に上からの景色を見たい。だってフェルとは登っていたんでしょ?なんでフェルはよくて、僕は危険だって言われるのさ」
悔しい。あたし、いや、ヴィーは確かにアンディに比べればまだ子供だ。だけどいつまでも子供扱いされるのは面白くない。
アンディはしばらく黙ってあたしを見ていたけど、結局、わかった、と言ってくれた。
「俺もしばらく登ってないからな。途中で危ないと判断したら降りる。いいな?」
「うん!ありがとう」
そうして登りだした塔は、ところどころに崩れがあったけれど、それほど危なくもなく、容易に登れた。あまりの階段数に息は切れたけれど。
そのかわりたどり着いた屋上からの絶景は見事なもので、思わず歓声をあげた。
最上階は小窓のある階だと思っていたら、更にその上の小さな屋上スペースまで登ることができたのだ。人二人が立てるギリギリの狭さだけれど、360度、遮るものが何一つなく丘の麓どころか都の鐘楼まで見える。
「怖くないか?」
「大丈夫。登らせてくれてありがとう!すごいよ!」
さっきまで見ていた牛が別物のように小さく見え、カウベルの音も遠い。風も心なしか強い気がする。
「フェルディナンドには内緒だぞ」
「うん!…フェルが見た景色を僕も見たよって自慢したいけど。今回はガマンするよ」
抜けるような青空に吸い込まれてしまいそうだ。
なんて気持ちがいいのだろう。
「ヴィーは高い所が平気なんだな。あいつはもっと怖がっていたぞ」
「本当?フェルにも怖いものがあるんだ!」
それは驚きだよ。怒ったエレノア以外に恐れるものがあるとは思わなかった。
…ん?
ここは本当にデートスポットかな?塔の上は人によっては怖い。でも地上はのどかすぎて、ときめかないような気がするぞ。
いや、ここを選んでしまうアンディだから結婚できないのかな?それともあたしの感覚が前世を引きずっているだけで、この世界の女の子はここで喜ぶのかな?
「アンディはよく女の子を連れてここに来るの?」
は?と間抜けな声がした。
「あれ、違うの?てっきりアンディお勧めのデートスポットだと思っていたんだけど」
「こんな遠くにわざわざ来るか。学生の頃はフェルディナンドとあちこちに遠乗りをしたんだ」
「この前の湖畔も?」
「そう」
「王立植物園は?」
「あれはデート」
「やっぱり」
でもさ、学生の頃、だって。やっぱり卒業しちゃうとあまり遊べなくなってしまうのかな。
「フェルが結婚しちゃって淋しい?」
「まあな。でもエレノアと幸せでいてくれるなら嬉しいよ」
そうか。アンディとフェルは血は繋がっていないけど、あたしとミリアムと同じようなものなんだ。三才からの付き合いだもんね。あたしが生きてきた年数より長く友達をやっているんだ。
「僕もミリアムが結婚したら、きっとそう思うんだ」
「そうだな」
「あとアンディも」
「…俺は結婚しないだろうな」
その顔をふり仰ぐ。逆光でよく表情が見えない。
「…僕もできない気がする」
だって誰かを好きになれる気がしないし。
「お前はちゃんと幸せになれる」
アンディがわしゃわしゃしてくれる。
「あのさ、アンディも僕も結婚できなかったらさ」
すごくいいことを思い付いた。
「一緒に旅をしようよ。大人になればきっとフェルもうるさく言わないよ。冬はスキーでしょ、夏は海に行ってみたい。アンディが、騎士団の研修で行ってよかったところ、なんだっけ、そこも行きたい。今日みたいにさ、二人で良い景色見て、楽しいことして、美味しいものを食べて。いいよね、そんな生活も。きっと結婚しなくても幸せだよ」
どう?と問えば、いいな、との返事が帰って来た。
「でしょでしょ?」
「じゃあガンガン働いて今から旅費を貯めておくか」
「いいね!僕も卒業したら必死に働くよ」
楽しそうだ、とアンディが呟く。相変わらず眩しくて表情はわからないけど。
「約束だよ。絶対だよ」
「ああ。約束だ」
その力強い声に安堵する。
中身は元女子高生で外側は男の子で。
恋愛も結婚もできそうにないと思っていた。
前世の記憶を取り戻してからずっと、漠然とした不安に包まれていた将来。
それが急に素晴らしいものに思えてきた。




