2章・6遠足 3
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午前中は努力クラスの授業を見学して終わった。なにしろ簡単な魔法しかできないクラスだ。みんなで車座にすわって、それぞれができる精一杯の魔法を披露して、あとは先生たちのおもしろ魔法を見るという楽しい時間だった。
キンバリー先生は、火系になるんだろう、小さな花火を幾つか打ち上げた。他の先生が言うには、なんの役にもたたない上に難しいので、できる人はほぼいないそうだ。なんだか先生らしい。
お弁当の時間になると、先生はあたしの様子を観察するという口実で、一緒にご飯を食べることになった。他に具合が悪い子がでなくて良かったわー、と先生。
みんなと再会すると、次々に大丈夫かと聞かれた。あたしは普通にしているつもりだけど、どうやら顔がまだ、まずいらしい。車酔いしちゃったみたいと誤魔化す。
お弁当メンバーは、キンバリー先生、あたし、ミリアム、アル、レティ、ジョー、になぜかウォルフとバレンまで加わった。確かウォルフは別の友達と、バレンはクラスの友達と食べると言ってたはずだけど。午前の授業の間に変わったらしい。
アルとバレンが一緒で文句を言わないなんて、仲良くなったのかと聞いたら、二人は口を揃えて噛みつくような勢いで、違うと叫んだ。
…実は気が合うんじゃないの?
それからアルとアンディが言い争いを始めて。小隊長の副官だという人が間に入り、アンディが折れた。アルの後ろにどかりと座り、副官と数人の騎士は離れたところで立哨する。
「石頭すぎるんだよ」とアル。「他の小隊長たちはもっとゆるいのに」
「でもアル。アンディがまた悪く言われてしまうわ」とレティ。
ジョーの解説によると出世の早いアンディを快く思わない人たちに、異例のスピード出世は父親とアルのおかげだと揶揄されているらしい。それは裏を返せば騎士団長と王子への批判でもある。だから仕事中のアンディは、きっちり一線を引いているんだそう。
知らなかったけど、アンディも苦労をしているらしい。
そういえば。あたしはアンディから仕事の話を聞いたことがないや。フェルからも。
みんなが座ったところで、それぞれがお弁当を広げる。各屋敷の料理人が腕によりをかけて作ったのだ。味もさることながら、見た目も素晴らしい。寮生活が長いキンバリー先生のテンションが上がり、あたしを口実にお弁当にありつきに来たんじゃないかと思ってしまう。
楽しくお喋りをしながらのランチタイム(アンディは一口も食べてないし、話してもいないけど)。と、ミリアムが。
「ヴィー」と顔をのぞきこんできた。「大丈夫?あまり進んでないわよね」
しまった。
「お腹が空いてないんだ。車酔いのせいかな」
えへへと笑ってごまかす。
本当は。昨日の夜ぐらいから、食べ物がのどを通らない。晩餐はおやつを食べ過ぎた、朝食はつまみ食いをし過ぎたとごまかしたけど、そろそろまずいかも。
「先生」とミリアム。「ヴィーを休ませる場所はありますか?」
「!」
「あるよ。緊急用に簡易テントを持ってきているから」
「ミリアム!大丈夫。僕、本当にちょっと車酔いしただけだから!」
ミリアムと離れて休むなんて嫌だ。これからが重要なときに。
「ダメだ」ずっと黙っていたアンディが言う。「その様子で無理をしても周りに迷惑をかけるだけだ」
「でもさ…」
言いかけたところで、急激に胃がキリキリし始めた。がまんできずに押さえる。
「ヴィー!」
ダメ。しっかりしないと。みんなを守らないと。
「痛いのか!」
「ヴィー!」
色んな声が聞こえるのはわかるけれど、激痛に歯を食いしばるのに精一杯。
ダメだ。これからなのに。なにやってんだ、あたしの体。
ふっ、と痛みが少し和らいだ。
胃を押さえていたあたしの手の上に誰かの手が重ねられている。
「息を吸って」
キンバリー先生だ。あたしの体を支えている。
「ミリアム、先生のカバンを開けて。昨日、詰めた薬。あと誰でもいい、先生を呼んできて」
「ヴィーちゃん、口を開けられる?少し楽になったよね?これ、痛み止めだから、がんばって飲んで」
口の中に冷たい飴が入れられる。と思ったら青臭い。口の中からでほろほろと崩れるのを必死で飲み込む。
「先生にできるのはここまで。少しすれば薬が効くから。帰りなさい」
それは困る。必死に頭を横に振る。休めば、良くなるなら、大丈夫。
「ヴィットーリオ。先生とみんなを信用しなさい。今のあなたは足を引っ張るだけ」
先生が耳元で、小さいけれど強い声で言う。
痛みと不甲斐なさに涙がにじむ。
キンバリー先生の反対側からミリアムが抱き締めてくれる。
「あ、ゲインズブール先生。ヴィットーリオ・シュタインは急病なので帰らせる。ミリアムは付き添いね」
「僕たちも帰ります。万が一、という場合もある。ミリアムだけじゃ心配だ。バレンはどうする。残るなら騎士団を半数置いていく」
「ちょっと待て。キンバリー、シュタインはなんだ。食あたりか?」
「違う。車酔いでほぼ食べてない。原因不明の急病。帰らせて一刻も早くかかりつけ医に見せないといけない」
「で、帰るのは誰だ」
「ミリアム」
「アルベール、レティシア、ジョシュア」
「バレン」
「…ウォ、ウォルフガング?」
「わかった。全員だな。気をつけて帰れ」
…あれ。これはもしかして。
「よかったね、ヴィーちゃん。安心しな」
キンバリー先生の手が背中を撫でてくれる。すごく温かい。手が触れたところから何かが流れ込んでくる気がする。
胃はまだ痛いけれど、強張っていた体から力が抜けていった。
「よし。誰かヴィーちゃんを馬車まで運んでくれる?」
ふわりと体が浮いた。うわあ。
また、お姫様抱っこ、だよ。
恥ずかしい。
瞑っていた目を開くと、抱っこをしてくれているのはアンディだった。
アンディならいいか。
ウォルフガングじゃ恥ずかしいけど。
ほっとして。あたしは身を委ねた。




