2章・6遠足 1
ゲームだと遠足のイベントは、遠足真っ只中の場面から始まったけれど、現実にはそうはいかない。学園の一学年と教師が総出で行くのだ。大人数が乗れる馬車に分乗したって、何十台となるし、三人の殿下が乗っている馬車の周囲には騎士団の小隊が一個隊警護しているのだから、かなりの隊列だ。壮観だろうし、一方で近所迷惑だね。
そう、一台の馬車にアル、レティ、バレンが一緒に乗っている。当初、バレンは別の馬車、彼がペソアから連れてきている騎士団が警護につく予定だった。だがあまりに騎士だらけになるので、こうなったようだ。
で、あたしの向かいには端からジョー、レティ、ミリアム、アル。あたし側にはキース、バレン、あたし、ウォルフガング。
このメンバーが決まったときに、ウォルフはまたおもりかとげんなりし、アルとバレンはお互いになんであの馬鹿王子と一緒なんだと憤慨し、キースは倒れたらしい。
どう考えてもキースはバレン要員だ。少年団で一緒だったウォルフや委員会で一緒のあたしとは親しいけれど、ミリアムたちとは話したことがないそうだ。少年団に入っていたジョーともないというのだから、この組み合わせを知って倒れるのは無理をないかも。
バレンとアルの仲が悪いことを知らない生徒はいないしね。
それに女子度が低い!あたしとミリアムレティ以外は、平均より体格のいい男子たち。
考えてみて?狭い車内に強豪校のバスケ部レギュラーが5人乗っているようなものだよ?幸いみんな仕事のできる侍従のおかげでいい香りがするけどさ。圧迫感がありすぎるっての!
…正直あたしの男子としてのプライドも傷つくしさ。
席順だって散々もめた。
レティの隣。でも他の男がレティの隣はダメ。とか。
あの馬鹿王子の隣は嫌だ(複数による意見)。とか。
ウォルフかバレンと壁の間にしてほしい。とか。
ヴィーの隣がいい(複数による意見)。とか。
ヴィーの隣にバレンはダメ(複数による意見)。とか。
いっそ馬車に乗りたくない(複数による意見)。とか。
何度も練り直してようやくこの席順に落ち着いたのだ。
出発前に馬車の中を確認したアンディが微妙な表情をしていたけどさ。
ミリアムをアルの隣にしたことが気に食わなかったみたい。狭い車内は隣の人と体がくっつきそうな近さだ。いくらアルとはいえ隣に男子はよくないと思ったのだろうな。
でもさ、ミリアムはアルが好きなんだもん。絶対隣にしてあげたかったんだ。
アンディといえば、昨晩は真剣な顔で何度も念を押された。自分は仕事で何が起きても二人の殿下を最優先に守らなければいけない。あたしのことは後回しにしなければならないから、決して危険なことをしないでくれと。
あんまり言うから、今日起こるだろうイベントを知っているのかと疑うほどだった。でもアンディの頭にあったのは昨秋強盗に遭った事件だったようだ。さすがにあたしも学習しているんだけど、そう、伝えても心配なようだった。
よくよく考えたら、アンディの仕事中に行動を共にするのは初めてだ。だからかな。あたしはそのことに気づいてから楽しみにしてるんだけど。あたしの知らないアンディを見られるから。ミリアムもだって。
イベントのことを考えると気分は落ちるけど、馬車の中は楽しくて(キースはずっと胃を押さえていたけど)、長時間の移動もあっという間だった。
到着したところはスチルで見覚えのある場所で、森の中の美しい湖畔だった。
ジョーがこんなところにデートで来られたらいいなあと言うので、可愛くなった。レティは王女さまだから、二人きりの外出ができないんだよね。がんばれジョー!
でも一緒にいられたのはそこまでで、そこからはレベル別に移動しなければならなくなった。アルとバレン、おまけでミリアムにはアンディとその部下たち数人がついた。レティとジョー(王女の婚約者ということで、ミリアムよりは正式に)には副隊長他数人だ。
あたしは一人ぽっちで淋しく決められた場所に向かおうとしたのだけど、迎えが来てくれた。キンバリー先生だ。
先生はこんな森の中でもいつもと同じ服装に白衣を羽織って颯爽としている。かっこいいなあ。
ちなみに白衣の下はいつも同じような服だ。白いブラウス、紺のカーディガン。それになぜか制服の黒い膝丈のプリーツスカートと黒いタイツ。動きやすさ重視らしい。本来女性のスカートは、床をひきずる丈だからね。
侍女をつけていない先生。毎朝服で悩まなくて済むように、このセットを仕事着にしているのだそう。考え方が男前だね。
「ヴィーちゃんは迷子になりそうだから迎えに来たよ」
笑顔で、なんて失礼なことを言うのだ。あたし、精神年齢はもう23歳ですけど?それでも先生よりは年下だけどさ。
「迷子になったことはありません」
「そりゃ一人で行動したことがないからでしょー」
そうなんだけどさ。前世でもないんだよ、とは言えないのが悲しい。
先生が来てくれたことに、みんながほっとした顔をしている。まあ所詮あたしはそんなキャラだよね。クールなイケメンどこ行った。
とりあえず、みんなとアンディに手を振って別れた。
だいぶ歩いてから質問をする。
「先生」
「なんだい」
「もしかしてフェルの差し金ですか?」
「んー?」先生はにやりと悪役笑いをする。「ちょっと違うな」
「ちょっと?」
ふふふと笑ってごまかす先生。
「…まさかアンディじゃないですよね?そんなに過保護じゃないし」
でも昨日はやたら心配していた。
「どうだろうねー。ミリアムとかゲインズブールとか。ウォルフガングの考えかもよ」
煙に巻く先生。こりゃ教えてくれる気はないな。
「先生、ごめんなさい。クビになったのも僕のせいかな?」
先生はあははと笑う。
「考えすぎだよ。普通に先生が点数稼ぎで迎えに来たんだよ。だってマフィンをくれるんでしょ?楽しみにしてきたんだから」
「たくさん持ってきましたよ」
やったねと喜ぶ先生。
「寮のお弁当も美味しいんだけどさ。毎回同じメニューなんだよ。さすがに飽きるって」
何年寮生活なのかと訊くと、七年との答えが帰ってきて言葉を失った。
「でもちょくちょく帰ってるよ。ひと月に一度は顔を見せる約束だからさ。帰れば泊まるしね」
それでも。
いずれ寮を出ておそらくは結婚し新しい家庭をつくるだろう女の子たちをひとりで見送り続けるのは、一体どんな心境なんだろう。
「もう、ヴィーちゃんが暗くならないで。君、繊細だよね。先生はね、前世の罰だからこれでいいんだよー」
あははと笑い、なんてね、と付け足した。
「…前世?」
聞き間違いじゃない。確かにキンバリー先生はそう言った。足が止まる。
「どうしたヴィーちゃん」
「…先生、前世の記憶があるんですか?」
先生の顔から笑顔が消える。
「あの、あたしもと言ったら、信じてくれますか?」




