幕間・騎士の休息
騎士アンディの話です。
壊れそうに小さい赤ん坊を抱っこする。この感触、久しぶりだ。今は三つになる弟がこうだったっけ。
「ね、ね、かわいいでしょ」
傍らでヴィーが嬉しそうににこにこしている。
「エレノアに似てるよね、この目!お手てなんてこんなに小さいんだよ!かわいいよねー 」
さっきからずっとかわいいと連呼している。それをエレノアが暖かい笑顔で見守っている。
「本当にかわいいだろう」
ヴィーとは反対側の傍らで、フェルディナンドが言う。
「さすがエレノアの子だ。すごい美青年になるぞ。それにこの賢そうな額。鼻筋も綺麗だしな」
目尻を下げてニヤニヤする幼なじみ。
「もう、ヴィーも兄様もいい加減にしなさいよ。アンディ、一言も話せてないわよ」
ミリアムのあきれ声にヴィーはそっかと頷き、フェルディナンドは僕の子だからいいんだと開き直った。
腕の中の赤子を見る。この喧騒にも関わらずすやすやと穏やかな顔で眠っている。
「レオノールはこんなに愛されて幸せ者だな」
「本当に」
エレノアが頷く。俺が出立する前は、まだまだ子供に見えたのに、すっかり落ち着き母親の顔をしている。
「かわいいな」赤子を母親へ返す。「よく頑張ってくれた」
「そうなんだ」と力強く頷くフェルディナンド。「エレノアは本当に頑張ってくれた。沢山褒めてやってくれ」
なんだかなあ。
夫婦の向かいに座りながら、自然と苦笑してしまう。わかってはいたが、フェルディナンドはすっかり骨抜きだ。右も左もわからない頃から共にいる親友の、こんな姿はなんだかくすぐったいような不思議な感じがする。
「お前が父親だなんて、変な感じだな」
そうだな。急に、お前はいい大人なんだぞ、との現実を突きつけられた気分もあるかもしれない。
「羨ましいだろう。赤ん坊はかわいいぞ」
「その前に奥さんを見つけなきゃ」隣に座ったヴィーが真面目な顔で聞く。「ペソアでいい人は見つからなかったの?」
「俺の嫁探しに行ったわけじゃないからな」
「そうか。困ったね」
心底がっかり顔のヴィー。その頭をわしゃわしゃする。
近頃では、この特殊な能力が消えるか、俺が悟りの境地に至るかしない限り、結婚は無理だろうと諦めている。幸い弟もいるし、独身を通しても問題ない。
「妹はやらんぞ」
とフェルディナンド。苦笑が零れる。
「慎んで辞退させてもらう」
「ミリアムは?」
ヴィーの問いにミリアムはきょとんとした。
「ミリアムは一周回って、アンディと結婚したいって思う?」
なんだ、その『一周回る』って。ミリアムもしばらくきょとんとしたままだったが、すぐにキッと俺を睨んだ。
「そんなことあるはずないじゃない。ヴィーに悪いことばかり教える悪い大人よ!」
そんな覚えはないけれど。一年、間が空いてもまだ俺は天敵だと思われているらしい。
フェルディナンドは声をあげて笑っている。
多少の変化はあるものの、この心地よさ。帰ってきたのだなあという思いに満たされる。
◇◇
すっかり夜も更けて、双子もエレノアも床についている。
フェルディナンドの私室。俺たちの間にある卓の上には、これでもかというほど、酒が林立している。お互いの侍従が去り際に、
「今日はちゃんと寝台で寝てくださいよ!」
と声を揃えて言い置いていった。なぜなら昨夜もここで飲み明かして、そのまま潰れていたからだ。
昨日は一年ぶりの帰還を果たした後、一通りの報告、会議を終えて夜の帳が降りきった頃、自邸に帰宅した。母と使用人たちに挨拶をして。留守中の報告を簡単に受けて。早々にシュタイン家へ逃げて来たのだった。
すで夜中に近い時間だったが、フェルディナンドは起きて待っていて、そこから空が白むまで飲んで話したのだった。
「だいたいさあ、」とフェルディナンドは不満顔。「なんでお前だけ休みが三日しかないんだ」
俺以外のペソア滞在組は二週間の長期休暇を貰っているのだ。勿論、休暇の決定は騎士団長である父がしている。
「身内に甘いと思われたくないんだろう」
「違うね。これじゃ身内苛めだ」
「お前が二週間もずる休みをしない配慮かもしれん」
この幼なじみは俺と同じ分だけの休暇をとっているのだ。
「ずる休みじゃないね。僕はこの日のために身を粉にして働いておいたんだ」
「だからってこの忙しい年度末に休むか」
「嬉しいくせに」
「まあ、お互い話は尽きないからな」
おかげで休み中、シュタイン家に避難していられる。
実は昨日、プライベートの時間になって真っ先に父に言われたのが、いい加減結婚を決めろ、だった。
一年以内に婚約をして来夏までに挙式をしなければ、絶縁すると脅された。更に相手の条件は、伯爵家以上の身分で22歳以下の健康で離婚歴のない女性、だそうだ。屋敷にはそんな女性の釣書が山と積まれていた。
どうやらエレノアが無事フェルディナンドの跡取りを生んだことに安堵して、問題児の俺に意識が回ってきたらしい。
フェルディナンドに話すと厄介なことになるから、自然とバレるまでは黙っておくつもりだ。
どうあがいたって結婚をする気にはなれないのだ。縁を切られたほうがすっきりする。幸い騎士としての腕前はあるから、ブルトン家の名前がなくとも食いっぱぐれることはないだろう。
「真面目な話、ミリアムとの婚約はいいかもしれん」
「はぁっ!?」
もう酔っているのかと親友の顔を見るが、極めて真剣だ。
「あの子もこのままじゃ結婚しないだろうからな」
「だからって俺に押し付けるな」
「あの子もかわいいぞ」
「知ってる」
ここ数年、冷たい態度をとられているが、真に嫌われているわけではないことくらい、わかっている。
「お前もうるさい親を黙らせることができる。いいんじゃないか?」
「やめてくれ。あの子が殿下を好きなこと、忘れたのか」
そう言えばヴィーがやたら、アルベール殿下がペソアで女性に騙されなかったかを聞いてきた。確か俺が出立する前にも言っていた。そんな事実は一切ないが…。ミリアムの恋心に気づいたのだろうか。
「忘れてはいない」とフェルディナンド。「だか今のままじゃ無理だろう。この世の中、貴族の娘が独り身を貫くのは容易じゃない。だったら結婚できない同士で仮面夫婦になったほうがいい」
「…本気で言ってるのか」
フェルディナンドは無言で頷いた。
「怒るぞ」
「僕はそういう選択肢も考えている。ミリアムは、ヴィーのためだとの一言で承諾するよ」
「…かわいそうなことをするな」
「…選択肢のひとつ、だよ」
手の中のグラスを見つめる。フェルディナンドの言いたいことはわかる。いつまでも今のままではいられない。選択肢を用意すべき時期に来ているのは確かなのだ。
「…少なくとも、選択肢とやらに俺を入れるな。自分の結婚は自分でなんとかする」
「出来そうにないから提案してるんだけど」
「辛辣だな」
「親友だからこその、正直な意見だ」
闇を縫って、赤子の泣き声がかすかに聞こえてきた。
「レオノールか」
「賛成してくれたエレノアには感謝しかないよ」
「あれも肝の座った女だからな」
レオノール。早世した俺たちの友人の名前だ。シュタイン公爵夫妻もうちの両親も、縁起が悪いと大反対した。
「そこがかわいいんだ」
相好を崩すフェルディナンド。
「死ぬまでのろけてろ」
俺はツマミのナッツを手にとると、にやけ顔に向かって投げつけてやった。
読んでくださってありがとうございます。
驚いたことに、ブックマークが100を越えました。
つたない話にお付き合いくださり、ありがとうございます。
今更ですが幕間は、息抜きエピソード兼、本編でヴィーが知らない出来事紹介となっています。
1章はこれで終わります。
長丁場になっていますが、引き続き次章も読んでいただけると嬉しいです。




