2章・1入学式 1
鏡の前に立つ。うん、おかしな所はない。大丈夫。けっこういけてる。
「そんなに何度も見たって変わりませんよ」
ウェルトンが呆れたように言う。
「だってさー」
と、扉を叩く音。
「ヴィー、まだ?」
ミリアムだ。しまった、あたしが迎えに行く約束だったのに。
「ごめん、用意できた!」
慌てて扉を開けると、そこにはシュシュノン学園の制服を着たミリアムが奥ゆかしく立っていた。
「うわあ!なんてかわいいんだ!すごく似合っているよ。学園一の美女に間違いないね。本当にかわいい!うわあ。僕、こんなかわいい妹がいて鼻が高いなぁ。かわいいなぁ」
あまりのかわいさにあたしはメロメロだ。もうあれだ。マンガでハートをズキュンと撃ち抜かれるやつ。普段かわいいドレス姿ばかりだから、黒を基調とした清楚な制服がめちゃくちゃ新鮮!ミリアムのかわいさを半端なく引き立てている!
「世の中の男、みんなミリアムのとりこになっちゃうよ」
「もう、ヴィーったら」
苦笑いする彼女の目がやや赤い。あれ、泣いていた?急に浮かれた気分がしぼむ。朝食の席で、こんな目だったっけ?
「ヴィーも素敵よ。やっぱりムキムキにならなくて正解。あなたはこれくらいのほうが、綺麗に制服を着こなせるもの。…ヴィー?」
「ミリアム。何かあった?目が赤い」
「あらやだ」
彼女はかわいらしく肩をすくめた。
「ばれちゃった?昨日は緊張で眠れなかったの。浮腫んでしまってひどい顔だったから冷やしたのたけど。目はごまかせないわね。学校につくまでに治るかしら」
あたしは彼女を伺う。それが真実なのか、違うのか。全くわからない。きのうアルと何かあったかなと思い返してみても、心当たりはない。ついでに今のところ、アルが女性に関するトラウマを抱えている様子もない。
「そっか。でもそんなところもかわいく見えるから大丈夫」
考えてもわからない。それならとりあえず、信じるだけ。
「双子っていいよね。一緒に学校にいけるもん。ミリアムと同じクラスだといいなあ」
あたしたちは手を繋いで母様の元へ挨拶に行った。
◇◇
母様への挨拶を終えて地階へ降りると。
フェルとエレノアと、なんとアンディが待っていた。あたしたち双子の晴れ姿を見るためにわざわざ来てくれたらしい。
「僕の双子たち!」
フェルは感極まって、ミリアムとあたしの手をいっぺんに握りしめたまま固まっている。こういうところが、兄馬鹿なんだよね。
「ねえ、エレノア」とあたしは義姉を見た。「フェルってちょっとお馬鹿だけど、見放さないであげてね」
エレノアは了解、と笑ってうなずく。
「かわいいよ、とっても」
フェルの目には涙が浮かんでいる。
「やだな、フェル、どうしたの」
「そりゃ、感極まるだろう」アンディがフェルの背中を叩く。「こいつはお前たちのオムツ替えするくらい、面倒を見てきたんだぞ」
「えー、もうオムツの話はいいよ。僕たちもう少しで16になるんだよ。ねえ、ミリアム」
とミリアムを見ると。彼女の目にも涙が浮かんでいた。
「ミリアム!?」
「そうね」と彼女は微笑んだ。「オムツの話は聞きたくないわね。でもわたしもなんだか胸がいっぱいだわ」
「大丈夫?」
彼女はそもそも他人が怖いのだ。最近はだいぶよくなったみたいだけれど。もしかしたら学校へ行きたくないのだろうか。
「大丈夫よ。ヴィーがいてくれるもの」
「ヴィー、ちゃんとミリアムを守るんだよ」
とフェル。
「もちろん」
「がんばれよ」
アンディがあたしの頭をわしゃわしゃする。
「アンディ!やめてくれ!」とフェルが親友を睨む。「せっかく綺麗にまとめた髪を崩さないでくれ。入学式なんだぞ」
アンディははいはい、と呆れ声でいなす。
「ミリアムもな」とアンディ。「ヴィーを頼むぞ」
彼女はええと、びっくりするくらい力強くうなずいた。あたし、そんなに心配される感じなの?
「いいか、何かあったらすぐに僕に言うんだよ。カッツ・ゲインズブールにしつこくされたとか、バレン・ルー・ペソアに苛められたとか、ほかの馬鹿で低俗な奴らに意地悪されたとか…」
「大丈夫だよ、フェル。僕たち、もう子供じゃないから」
そう、前世なら高校一年生。友達とトラブったからって兄が出てきたら、痛々しくてたまらない。
「お前たちはいつまでもかわいい子だよ」
ダメだ、アホだ。
こりゃ、レオノール大きくなったら大変なことになりそうだ。
あたしはミリアムと顔を見合わせた。
「あら、エレノア大丈夫?、お腹痛いの?」
ミリアムの言葉にフェルが振り向く。その隙に二人で彼の脇をすり抜けた。もちろんエレノアはぴんぴんしている。
「それじゃ、行ってきます!」
してやられた顔のフェルと、笑顔のアンディ、エレノアに手を振って。あたしたちは屋敷を出た。
◇◇
学園に着くと馬車ラッシュで。なんとか降りると学生ラッシュ。アルたちを探すどころか、ミリアムとはぐれないようにするだけで大変。手を繋いで掲示板を探す。入学案内に、まずは正面玄関前の掲示板でクラスを確認するようにとあったのだ。
けど掲示板を 見つける前に、
「ヴィー、ミリアム、こっち!」
と声がした。見れば離れたところでアル、レティ、ジョーが手を振っていた。
掲示板はいったん諦め、みんなの元に行く。
「うわあ、みんなかっこいい!」
それぞれ制服を見事に着こなしている。ああ、カメラがあればなあ。記念写真を撮りたいよ。
しかし。
窓ガラスにあたしたちの姿が映っているのだけど。
「…ちょっと。おかしくない?」
ジョー、アル、あたしと同じ制服を着ているわけだけど、なんだか全然印象が違う。言うなれば、高等部二年と中等部新入生、って感じだ。二人とも背が高いものだから、あたしがひどく小さく感じる。一応、ミリアムとレティよりは上背があるんだけどな。
「ジョーとアルが大きすぎるのよ。ジョーなんて少年団に入れ込みすぎてだいぶ逞しくなっちゃったし」
とレティ。そうなんだよね。今やすっかりスチルどおりの細マッチョ。一見そうには見えないのだけど、かなり筋肉質だ。
「やっぱり僕もがんばって少年団に入ればよかった」
「フェルが許さないって」とジョー。
「最近どっちを本物の兄だと思っているのか心配になってきた、って嘆いてたよ」とアル。
「んー、フェルってばちょっと変態じみてきたからなあ。今日だって出掛けに感極まってたよ」
アル、ジョー、レティは顔を見合わた。
「そんなの、今に始まったことじゃないじゃないか」
えっ、そうなの?
驚いてミリアムを見れば、彼女は苦笑している。そりゃ兄馬鹿だなあとは思っていたけれど。世間様はもっと昔からそう認識してたんだ。
「ねえ、みんなはもう掲示板を見たの?」
とミリアム。そうそう、大事なことだ。
「見たよ。みんな同じクラス。一組だ」
「ええっ、そんなことあるの!?」
アルの言葉に大袈裟に驚いてみる。でも本当は知っているのだ。だってゲームがそうだったから。
ただ不思議なのは、今年は三クラスもあるのに、どうしてみんな同じかということ。ゲーム補正なのか、それとも。
「…もしや、アルが手を回したとか」
「んー」
アルは悪い顔をした。昔、一緒にいたずらをしたときの顔だ。
「僕が頼んだのはただひとつだよ。某氏と同じクラスにはなりたくないな、って。本当にひどい目に合ったからね」
にこり。
「あら、悪いこと」とミリアム。「でも助かったわ。違うクラスなのね」
アルは黙ってうなずいた。正直なところ、あたしもほっとする。
「じゃあ講堂へ行こう」
「あ、先に行ってて」
ジョーの言葉に答えると、みんなの視線が集まった。
「どうかした、ヴィー?」とミリアム。
「ウォルフガングのクラスを見てくるよ」
「同じだよ」とジョー。
「え?」
「俺たちと同じ一組」
「ええっ、そんなことある!?」
あれ、これ、さっきも言ったよね?でも今度は本気で驚いた。
「びっくりだよなー」とジョー。「あいつも手をまわしたんじゃない?けっこう財力人脈あるだろ」
「僕、そんなにバ…悪口言ってないけどなあ」
「俺、言った」悪びれもせずに、ジョー。「ヴィーの用事がそれだけなら行こうぜ」
あたしはうなずき、みんなで和気あいあいと講堂へ向かった。
本当はゲーム『シュシュノン学園』の主人公が、ゲームどおりにあたしたちと同じクラスなのかを確認したかったんだけど、仕方ない。だけど、きっと同じだろう。
そして、これから迎える入学式であたしは話しかけられるはず。
よしっ。気合いをいれろ!
絶対にミリアムもレティも悪役令嬢にしないぞっ。




