3章・1本当のこと 4
「ねえ、アンディ」
「なんだ?」
「…ミリアムがアルを好きなことを打ち明けてくれなかったこととか、アルに好きになってもらわなくていいって言うのは僕のせい?」
アンディは息をつくと、頭を撫でてくれた。
「お前の『せい』じゃない。お前の『ため』だ」
そんなのは詭弁だ。
「彼女はお前が婚約者候補の一番だったことを気にしている。挙げ句に、お前がアルベール殿下を好きだったと思いこんでいる」
「え、なんで?僕はアルが好きだったの?」
「さあな。俺は知らない。ミリアムはお前がそう言っていたとフェルディナンドに話している。アルを助けたのがその証拠だって」
それはどうなんだろう?
七歳のあたしがアルを本当に好きだったのかな?
「だがお前はきっと、誰だろうと助けた。お前はそういう無鉄砲なヤツだ」
「それに僕が本当に好きと言ったのだとしてもそれは、ジョーもレティもみんな好きー、ってレベルだと思う」
だろうなあ、とアンディは言う。
「そんなのでミリアムがアルを諦めるのはイヤだよ」
あたしはミリアムに幸せになってほしいのに。やっぱりあたしが足をひっぱっているんだ。
「こればかりはミリアムの気持ちの問題だからな。俺やフェルディナンドが何を言っても届かない。それだけお前が大好きなんだ。お前のせいじゃない」
アンディがよしよしとしてくれる。
「アルは?ミリアムを好き?僕のせいで言えないでいる?」
「殿下の気持ちは知らない。けれど、お前が元に戻るまでは結婚も婚約もしないとシュタイン公爵に約束をしている」
「そんな…」
「あくまで殿下がした約束だ。それもお前を『ヴィットーリオ』とすると決めたときのことだ。まさかこれほど長い時間がかかるとは陛下もお考えになっていない頃のこと。殿下の意思がこの先も尊重されるとは限らない」
「…イヤだよ。こんなの。全部僕のせいじゃないか。僕はこのままでいい。女の子に戻らなくても大丈夫。だってたとえ解呪方法が見つかったとしても、誰ができるの?ものすごい魔力が必要なんでしょう?だから王妃様は亡くなってしまったんでしょう?誰かの命をかけてまで、戻りたいなんて思わない。僕はみんなにそう言う」
「ヴィー」
あたしの名前を呼んでアンディはぎゅっと抱き締めた。
「みんなが一番恐れているのは、それだ」
「…どういうこと?」
「お前が年頃になっても、学生になっても隠し続けてきたのは。誰かの命と引き換えにしてまで女の子に戻らないと、お前が言うとわかっていたからだ」
そう話す声はまた震えていた。
◇◇
あたしが男として生きていくとして。
果たしてそれでみんなが納得できるか?
それは無理だとアンディは言う。
少なくともミリアムとアルは、あたしを見捨ててしまったという罪悪感を抱えて生きていくことになるだろう。
確かにその通りだ。
あたしがそんな選択をしたら、ミリアムは生涯結婚をしないかもしれない。
だって、あたしをおいて恋愛や結婚なんて考えられないと言っていた。
アルは国王の義務として結婚するかもしれないけれど、責任感の強い彼が幸せを感じられることはないだろう。
だとしたら、あたしは一体どうすればいいの?
もしも。
アルが王妃の目論み通りに呪いにかかっていたら。
アルはシュシュノン王国の王位継承権第一位だ。
そして王妃はペソア王家の出身。
そこにどのような理由があったにしろ、両国間の友好関係に亀裂が入るのは必至だった。
それこそ一部の過激派が煽り立てて、戦が始まったかもしれない。
それをあたしが未然に防いだのだとアンディは言う。
だから国王陛下は国費を使って、解呪方法を探し続けている、と。
あたしの呪いを解くことは、あたしの功績に対する正当な報酬なのだ。遠慮する必要はない。むしろ拒むことは王の方針に逆らうこと。
胸を張って解呪を受けなければならない。
そんなアンディの言葉が空々しく聞こえる。
だってアンディはいつだってあたしの味方。あたしが負担に感じないよう聞こえの良い言葉をくれているだけに違いない。
「こんなことを言ったからって、お前が『そうか、報酬か』と納得するなんて思っていない」
あたしの心を見透かしたようにアンディが言う。
「だからみんな必死に隠したんだ。お前に知られる前に呪いを解こうとした」
そうか。
「知っちゃってごめん。僕が迂闊だったんだ」
気を抜いてひとりで行動したから。
ウォルフと一緒だったらペルルに罵られることはなかっただろう。
「謝らないでくれ。十年も隠していたのは俺たちだ」
「…十年前って、アンディは何歳?」
「十三」
「今の僕より子供だ。そのときのことを覚えている?」
「当たり前だろう。でも思い出したくない」
アンディはそう言ってあたしにまわしていた腕に力をこめた。
みんな昔の話はしない。ずっと記憶のないあたしに遠慮をしているのかと思っていたけど、違うんだ。誰にとっても思い出したくないことなんだ。
「…僕はどうすればいいんだろう」
みんなが必死に隠してきたことを知ってしまったと打ち明けたら、どうなるのかな。
けれどこのまま僕のために嘘を演じさせるのも悲しい。
「ゆっくり考えよう。今日は疲れただろう?十年やってきたんだ、今さら急いで結論を出すことはない」
「…一緒に考えてくれる?」
「当たり前じゃないか」
アンディの腕の中は安心する。
絶対にあたしを守ってくれる。
「アンディがいてくれてよかった」
あたしはフェルも父様も母様も、もちろんミリアムも大好き。
でも。
「ときどき苦しかったんだ。もっと外に遊びに行きたかったし、友達もほしかった。なんでダメなのって、」
目を閉じると子供のころ、馬車の窓から外で遊び回る子供たちを羨ましく眺めていたことを思い出す。
「…すごく哀しかったんだ」
宰相の子供だから仕方ないのかな。
ミリアムは他人が怖いのだからガマンしなきゃ。
そんな風に納得はしていたけれど。でもなにせ前世は庶民だからね。もう少し自由が欲しかった。
「ごめんな。でも理解してやってくれ。公爵たちはそれがお前にとって最善だと考えたんだ」
「…うん」
あたしがもっと子供だったら、酷すぎると憤慨したかもしれない。
けれどもみんながあたしのことを真実大切に思ってくれていることくらい、わかっている。
一度死んで自分のお葬式を見たせいなのかな。あたしは自分を大切に思ってくれる人たちを、それ以上に大切にしたい。
「アンディがね、味方してくれたから哀しさがまぎれたんだよ」
「…フェルたちは常にお前の将来を考えていた。俺は今のお前だ。その違いだった。意見は異なったけど、お前のことを考えていたのは一緒だ」
「うん。ありがとう」
「…お前の心が追い詰められていくのが見ていられなかった。亡くなった第一王子に似ていたからな」
その王子様とアンディとフェルは友達だったと聞いている。
アンディたちが七歳の頃なんて想像がつかないけれど、そんな幼い年で友達を亡くすのは辛かっただろう。
最近あたしは王子様の名前がレオノールだったと知った。
あのフェルが自分の息子に友人の名前をつけたのだ。きっと仲のよい三人だったんだ。
「ヴィー」
「なあに?」
「俺はな、特殊な魔力を持っている。他人の感情がわかるんだ」
本編が暗い話が続いているので…
☆おまけ・その頃のW王子☆
「お前、まさか酒を飲んでいないだろうな?」
夜更けに僕の部屋に突撃してきた阿呆を見る。
「飲んでない。ていうかシュシュノンは何もかもゆるいくせに、なんで酒は18歳からなんだ。ペソアには規制はないぜ」
文句を言いながら、人の私室にずかずか入り勝手にくつろぐバレン。まだパーティーの服装だ。クラスの友達たちと盛り上がり、帰宅したものの騒ぎ足りなくて僕の所へ来たのだろう。
顔にはニヤニヤとした笑みが張り付いている。
「あれほど今日は誰とも踊らないと言ってたのに、踊っていたな」
…その嫌みを言いに来たのか。
「気が変わって悪いか?ピンク頭がパーティーを台無しにしてくれたからな。気分転換が必要だったんだ」
「へえ」
ニヤニヤは変わらない。
「お前こそ、なにヴィーを誘っているんだよ。諦めたんじゃないのか?」
「諦めたぜ、ちゃんと」
こいつは今日もふざけたふりをして、ヴィーにダンスを申し込んでいた。その目だけが真剣なことを、ヴィーはまったく気がついてない。
「だが隙があるなら攻めるもんだろ?」
ニヤリと笑う。
「それは諦めたって言わない」
「怒った顔が可愛いじゃないか」
思わずため息がこぼれる。
「怒った顔が可愛いとか泣いた顔が可愛いとか、みんなおかしいんじゃないか?」
「お子様には難しすぎるか。かわいそうに」
「誰がお子様だ」
嫌みったらしいその顔を殴ってやりたい。
「キスも知らないんだからお子様だろ」
「お前だって本命にはできないだろ」
「俺はしたけど?」
「はぁ!?」
思わず身を乗り出す。
「嘘だろ?」
「ま、頬にするのが精一杯だったけどな。チキンなお前と一緒にするな」
ニヤリと笑う。
「…怖い者知らずだな」
「驚いた顔も怒った顔も可愛かったぜ。ま、せいぜいお前も頑張るんだな」
バレンは立ち上がると、じゃあなと部屋を出ていった。
何しに来たんだ。言いたいことだけ言いやがって。
しかし今の話が本当だとして、いつ頃のことなのだろう。ヴィーはバレンと普通に友達をしている。
あいつ、関係を崩さないでどうやってうまくやったんだ。
そこを詳しく聞きたい。
でも聞きに行ったら、またニヤニヤ嫌な笑い方をするんだろうな。
だけどなあ。
僕は立ち上がると、部屋を出た。




