3章・1本当のこと 5
他人の感情がわかる?
「どういうこと?」
アンディの顔を見上げる。
ひどく哀しそうな表情だ。
「言葉そのままだ。周囲の人間がどんな感情でいるか、わかる。だから俺は『今』のお前の味方だったんだ」
そんなマンガみたいなことがあるかな。
そう考えて、そもそもここは前世の世界とはまったく別の世界だと気づいた。
そんな魔力も普通のことなのかもしれない。
「僕が何を考えているかわかる?」
「考えまではわからない。でもそうだな、色んなことがありすぎてぐしゃぐしゃな気持ちだけど、俺に関しては今、納得したな」
「…当たり」
ごめんな、とアンディは小さな声で謝った。
あたしの感情がわかるから、味方だったの?
もしわからなかったら、味方じゃなかった?
でも。
過去のことを仮定して推論したって無駄なこと。そんなことを考えているヒマがあったら、クッキーでも作るんだよ。
って、キンバリー先生が言ってたな。
「…お前が男の子であることに戸惑っていたのも知ってた。頑張って馴染もうとしていたのも。…ドレスを着てみたいと思っていたのも」
「…そっか」
誰にも気づかれてないと思っていたのに。知られていたんだ。
…もう、ダメだ。
何も考えたくない。
涙を見られたくなくて、顔をアンディの胸に押し当てた。
アンディはごめんなと何度も繰り返しながら優しく頭を撫で続けた。
◇◇
しばらく経って涙が落ち着くと、顔を離した。
恥ずかしい。
でもこの恥ずかしい気持ちもバレバレなんだ。
「あのね、僕も秘密があるんだ」
「なんだ?」
ひとつ息を吸い込んで、手を強く握りしめる。
「僕が男の子であることに戸惑っていたのは、ヴィアンカの気持ちがあるからじゃない。前世の記憶があるんだ」
アンディが目を見開く。そりゃ信じられない話だろう。
「僕は昔、ここじゃない遠い遠い国の女の子だった。それを思い出してしまって、男の子の自分に馴染めなかったんだ」
「そうか」
「信じてくれるの?」
「もちろんだ。それも特殊な魔力の一種かもしれない。学校で習っただろう?時々先祖返りなのか、変わった魔力を持った人間が排出するって」
習った。
だけれど、それを自分に当てはめて考えたことはなかった。
そうか。そんな考え方もあったんだ。
「大変だったな」
「うん…」
でも。
「男の子でよかったこともいっぱいあるよ。アンディがあちこち遊びに連れて行ってくれた」
ミリアムはアンディと街歩きも遠乗りも行ったことがない。女の子が馬に乗って街をブラブラするなんて、はしたないと考えている。でもそれは貴族の令嬢ではごく当たり前の考えだ。
「ウォルフガングも友達になってくれたし。クラスの女子とも男子とも、どちらとも仲がいいよ」
きっと女の子のままだったら、こうはいかなかっただろう。
「男の子の僕は十分、幸せ。僕の感情がわかるなら、嘘じゃないってわかるよね」
「ああ」
低く響く声は、とてつもなく優しかった。
体から力が抜けていく。
今日はもう、考えるのをやめよう。
疲れてしまった。
大きな身体に寄りかかって目をつぶる。
「…ミリアムはひとりで耐えてきたのに、僕はアンディに甘えていていいのかな」
「ミリアムはひとりじゃない。レティもアルもジョーもいる。四人でがんばってきたんだ」
「そうか。なら、よかった」
少し休め、と優しい声が降ってくる。
「本当にアンディがいてくれてよかった。…僕がいつか女の子に戻っても、ずっと兄でいてくれる?」
「もちろん」
「女の子だからダメって言わない?」
「言わない」
「よかった」
そうだ。旅。
旅も一緒に行ってくれるよね。
キンバリー先生と三人で。
瞼も口も重い。
明日、目が覚めたら。その時にそう言おう。




