3章・1本当のこと 1
ヴィットーリオは仮初めの名前。
あたしの本当の名前はヴィアンカ・シュタイン。
女の子。
ミリアムとは一卵性の双子。
それを告げるとアンディは、膝の上で握りあっている手に額をつけた。
「隠していてすまなかった」
変わらず声が震えている。
肩も震えている。
こんなのはあたしの知っているアンディじゃない。
「…ごめん、アンディ」
アンディなら隠さず教えてくれると考えた。いつだってあたしの味方だったから。
重大な秘密を打ち明けることに、彼がどう思うかなんてこれっぽっちも考えていなかった。
これはフェルか父様に糺すべきことだった。
あたしは間違えたのだ。
「アンディなら嘘でごまかさないと思ったんだ」
ずっと我慢していた涙が零れて膝の上の頭に吸い込まれていく。
「ごめん。アンディに訊いて。お願い。泣かないで」
◇◇
泣くはずがないじゃないか。
そう強がりを言ったアンディは話してくれた。
あたしはアルの代わりに呪われたのだと。
◇◇
あたしとミリアムは女の子の双子として生まれ、三歳のときにアルの友人に選ばれた。七歳になるころには、あたしはアルの婚約者第一候補、ミリアムは第二候補になったそうだ。
もっともそれは大人たちの思惑で、アル、あたし、ミリアム、レティ、ジョーは真実仲の良い友達同志だった。
その頃の王室は複雑な状態にあった。
今の国王陛下とペソアの王女だった最初の王妃様は、周囲の反対を押しきって結婚したそうだ。
ところが長い間お子に恵まれず、やっと生まれた第一王子も病弱で成人できないだろと思われた。
シュシュノン王家の存続を危惧した高官たちの説得に負けた国王は側室を持った。それがアルとレティのお母様。
側室は翌年に第二王子アルベールを生んだ。
その祝賀ムードがまだ消え去らないころ、第一王子は七歳になる直前にお亡くなりになったそうだ。
ペソア王女である王妃の面目を保つために、アルと翌年生まれたレティは公式には王妃の子供とされ、アルたちの実の母は乳母として子供たちの側に控えることとなった。
王妃は表向きはしっかりと公務をこなし、善き母として振る舞っていたそうだ。
だけれど辛かったのだろう。アルが六歳をすぎたころから、伏せるようになった。
そうして七歳の誕生日。
バラの中庭でいつもの五人でお祝いをしているときに、王妃が突然現れてアルに呪いをかけ始めた。
実の母も侍従も侍女も騎士も、王妃を止めようとした。アルを助けようとした。けれど呪いに障壁でもあるのか、誰も近づくことができなかった。
そんな中で。あたしはアルに突進して突き飛ばした。その瞬間、アルにまとわりついていた黒いモヤのようなものがあたしに移り、包みこんでしまったそうだ。
そうしてあたしはアルを助けた代わりに呪われてしまった。
かつて魔法を使って戦をしていた時代。
火・水・風の物理的魔力を駆使していたのがシュシュノン王家で、王家が持たない呪い魔法でサポートしていたのがブルトン家とシュタイン家だったそうだ。
昔のあたしはフェルやミリアムと同等の強い魔力を持っていたらしい。だから誰もが阻まれた障壁を抜けることができたのではないかと考えられているそうだ。
倒れたあたしは高熱にうかされ苦しんでいたそうだ。
とはいえ息があることに安堵して、すぐさま父様に連絡をして王宮の一室に運ばれた。
その晩。汗にまみれたあたしを清拭しようとした侍女が、体の異変を見つけたそうだ。
王妃様はきっと自分の息子がなれなかった七歳にアルがなるのが許せなかったのだろう。かといって殺してしまうこともできなかった。
代わりに『王の息子』ではなくなるよう呪いをかけた。
その作用であたしは女の子から男の子になってしまった。
これはすべて推論だ。
呪いをかけたあとすぐに、王妃様は力尽きて亡くなってしまった。
命日がアルの誕生日前日になっているのは、わざとずらしたからだそうだ。
すっかり廃れて使える者はいないと考えられていた呪い。
それでもまだ最初のうちは希望があった。
王妃はペソアの王女だった。だからペソアになら解呪できる人物がいる。そう考えられていたからだ。
一方で七日七晩高熱で苦しんだあたしが意識を取り戻したとき、すっかり記憶をなくして人が変わったかのように周囲に怯えていた。
みんながどれほどのショックを受けたことか。
あたしを安心させ記憶を取り戻そうと奮闘すること約一ヶ月。
何も改善しない生活に、更なる衝撃が起きた。
助けを求めていたペソア王家からの返事が来たのだ。そこにはペソアでも呪いは廃れ、王妃がどうやって習得したのか、どんな呪いなのか、どう解呪するのか皆目わからないと書かれていたのだ。
これは長期戦になると判断した父様は、錯乱しているあたしに男の子の名前を与え、まずは『ヴィットーリオ』として家族になる決意をしたのだった。
「『ヴィットーリオ』って呼ぶのをみんな嫌がったのは、僕が女の子だから?」
「そう。ミリアムはどうしても受け入れられなかったんだ。彼女は人見知りで大人しくていつもお前の後ろに隠れていた。お前はなあ、」
アンディは思い出したのか笑いをこぼした。
「それこそ性別を間違えて生まれてきたのかと思うほど活発、というより無鉄砲で物怖じしない女の子だったよ。寝ているときは見分けがつかないのに、起きていればすぐに区別できた。そんなお前をミリアムは尊敬していたんだ。自分のヒーローはお前だと言ってな」
その大好きな姉を、男の名前で呼ぶことはどうしても出来ずに『ヴィー』と呼んだ。ミリアムの気持ちを汲んだ周囲もそれに倣った。
「そっか。だから僕が『俺』って言うのも嫌がったのか」
「そうだな」
「僕が全然男らしい体つきにならないのも元が女の子だからかな?」
「多分な。最初の数年はフェルディナンドに似ていったんだけどな」
「そっか。ほっとしたよ」
いつまで経っても男らしく成長しないのは、あたしが女子だった前世の記憶を取り戻したせいかと思っていた。
違うのだ。
あたしは女の子に転生していたのだ。前世のあたしも、記憶を取り戻したことも関係なかった。
アンディが頭を撫でてくれた。
ずっとみんなは、そのままのあたしでいいと言ってくれていた。
どんな気持ちであたしを慰めていたのかと思うとたまらなくなる。
長い髪が好きだったのはヴィアンカ。
初めてのお茶会には揃いのドレスで出席しようと提案したのもヴィアンカ。
学園の入学式では髪型まで同じにしようと張り切っていたのもヴィアンカ。
今日ミリアムが着ていたドレスをデザインしたのもヴィアンカ。本当はふたりで着るはずだった。
アンディはあたしの疑問にすべて正直に答えてくれた。
ミリアムはあたしとの約束の日が来る度に、ひとりで耐えながら約束を守っていたのだ。
あたしはどれだけ彼女に悲しい思いをさせてきたのだろう。
読んで下さりありがとうございます。
男の子のヴィーを気に入って下さった方、申し訳ありません。
また、しばらく答え合わせのような話が続きます。
すみません。
予定では3章が最終章です。




