2章・最終話 フェヴリエ・パーティー 3
学校から王宮まで馬車でひとりきりになれたのがよかった。
あたしは頭の中も何もかも、訳がわからなくてぐるぐるだったけれど、表面だけはなんとか立て直すことができた。
おかげでミリアム、アル、ジョー、レティと今日の締めくくりを楽しく過ごすことができた。
とはいえ長い時間、いつも通りのあたしでいられることはできなくて、疲れてしまったからと一人で先に帰宅した。
心配顔のみんなには申し訳なかったけれど、それがあたしの限界だった。
屋敷へ帰るとすぐに寝巻きに着替えて寝台に潜り込んだ。
自分の心を落ち着かせるために。
けれど、はっきりさせたい。
あたしは本当に呪われているのか?
なぜ呪われたのか?
いつ呪われたのか?
どんな呪いなのか?
死んでしまうのか?
はっきりさせるためにはどうする?
誰に聞けばいい?
そんなもの、一択だ。
父様もフェルもあたしのためにと嘘をつく可能性がある。
ミリアムには、あれ以上に悲しい目をさせたくない。
もしかすればキンバリー先生は包み隠さずに教えてくれるかもしれない。だけれど知り合ってまだ一年も経っていない。詳しい事情を知らない可能性の方が高い。
アンディなら。
絶対に真実を教えてくれるだろう。今まであたしの味方でなかったことなんてない。
でも今日は夜勤だ。
あしたのお昼まで会えない。
それまであたしは待つしかない。
あしたのお昼…。
うちに来てくれるだろうか。
バレンタインの日に会って以来、二週間も会っていない。
余程忙しいのか、うちに泊まりにも来ていないのだ。休みをとっているかも不明。さすがにフェルとエレノアも心配している。
あしたから3月だから、仕事に余裕ができる予定のはずだけど…。
あたしは起き上がるとシーツの間にクッションを押し込んだ。
衣装ダンスの奥から、町歩き用の服の中でももっとも安っぽいものを引っ張り出す。
通りに出ればまだ辻馬車が走っているはず。
幸い今日は満月で外も明るい。きっと神様はあたしに行けと言っているのだ。
◇◇
初めての辻馬車に乗って、なんとか無事に騎士団本部にたどり着くことができた。
ただあたしはここに入ったことはない。
勢いで来てしまったけれど、中へ入れてもらえるだろうか。こんな夜更けに。こんな格好の子供を。あたしは目だつ髪を隠すために深い帽子をかぶり、外套の襟も立てている。怪しさ全開だろう。
でもとてもではないけれど、明日のお昼までなんて待てない。
決死の覚悟で門の両脇に立つ騎士に歩みよった。
子供だからか、騎士はあたしを一瞥してすぐに視線を正面に戻す。
すみませんと声をかけると再びあたしを見た。頭の先から足先までを値踏みされる。
そういえばアンディって何番目の部隊だったっけ?
「あの、ブルトン小隊長にお会いしたいのですが」
「約束は?」
「…ありません」
「ではお引き取りを」
にべもない。
それはそうだ。人を尋ねる時間じゃない。ましてやどこの誰かもわからない怪しげな子供なんて。でも名前は言いたくない。きっとすぐにフェルに伝わってしまう。
「非常識であることは承知しています。ですが、どうかお取り次ぎをお願いします。大事な要件なんです」
騎士はまたあたしに顔を向け、目を細めて上から下まで見る。
と、たくさんの馬の足音が聞こえてきた。振り返ると、騎士団だった。多分、夜回りの小隊が戻ってきたのだろう。だけどアンディはいない。
団員が二列になって門をくぐっていく中、あたしと話していた騎士が馬上の一人に何やら声をかけた。
どうしよう。不審者で捕まったら、すぐに父様に話が行ってしまう。
二人は声を潜めて話していたけれど、やがて馬上の騎士は馬を降りてあたしの元へやってきた。
じろじろと遠慮なく見ると、突然あたしの帽子のつばを上げた。
目が合う。
この騎士は見覚えがある。
そう思ったとき、その騎士は
「こいつ、新任の使い走りだ。俺が連れていく」
と言ったのだ。そしてつばを丁寧におろす。
なんだかわからないけれど、アンディの元へ連れて行ってくれそうだ。あたしを知っているのだろうか。よかった。
その騎士は馬を、とりあえず、と言って手近な馬止めに繋ぎ、あたしを連れて建物に入った。
受付に彼が何事か書き、階段を上り、沢山ある扉のひとつをノックすると返事も待たずに扉を開いた。
「ご苦労」
暗い部屋。奥の机にアンディが座っていた。手元の書類から目も上げない。あたしは帽子をとった。
「出られなくて悪かったな」
「アンディ」と騎士。「お前に客だ」
アンディは顔をあげ、しばしあたしを見ると
「っ、ヴィー!」
と叫んで慌てて立ち上がる。慌てすぎて足を机にぶつける音がして、机上の書類が宙を舞う。
「お前、どうして?どうやって?」
バタバタと駆けよってきたアンディは、やつれて見える。
「ごめん、どうしても教えてほしいことがあって、一人でこっそり来た」
「何!?危険なことだぞ!?こんな時間に!わかっているのか?」
あたしの隣の騎士がため息をつく。
「門番と押し問答をしていた。取り敢えず新任の使い走りってことにしたから。フェルディナンドには伝えないほうがいいだろ?」
やっぱりこの人はあたしを知っているのだ。気遣いにお礼を言う。
「ホットミルクでも持ってくる。アンディ、お前は、落ち着け。いいな、事情があるんだろうから叱るなよ」
そう言って騎士が出ていく。
扉が閉まる音を聞いたとたん、急に色んな感情が込み上げてきた。
いやだ、絶対に泣きたくない。
「どうした?」
優しい声にたまらなくなる。
「…忙しいのに、ごめん」
「いいから。何があったんだ?」
「…僕…」
言葉にするのが恐ろしい。
でも。
あたしはひとつ息を吸った。
「僕は呪われているの?」
その瞬間に、それが真実なのだとわかった。
アンディが恐ろしい悪魔でも見たかのような表情をしたのだ。
手が震える。
アンディの上着を掴むけど止まらない。
「…なんで?僕はどうなるの?」
声も震えている。
ダメだ。泣きそう。
「死んでしまうの?」
ぎゅっと、抱き締められた。
「それはない」
その言葉をアンディは何度も繰り返す。
「…じゃあ僕はどうなってしまうの?」
「…」
あたしを抱き締めたまま、アンディは何も答えない。
そんなに恐ろしいことなのだろうか。
どれだけそうしていたのか、ノックの音がして、アンディはあたしを離して入室を促した。
さっきの騎士が入ってくる。
「ミルク」とカップを卓に置く。「冷えるからな」と毛布らしきものを長椅子の背にかける。そして
「宿直室にいる」
と言ってすぐに出て行った。
「…座れ」
アンディはあたしを長椅子に座らせた。足に毛布をかけてくれる。そうしてあたしの前に膝まづくと、両の手を握りしめてくれた。
暖炉で火がはぜる音だけが聞こえる。
夜更けの暗がりの中でも、アンディが見たこともない苦しげな顔をしているのがわかる。
「ヴィー」
「うん」
「お前には呪いがかけられている」
信じられないことに、アンディの声が震えている。それほど大変なことなのだ。
あたしはアンディの手を握り返す。
「お前にかけられた呪いは…」
「うん」
「お前は…」
「うん」
アンディの手により力が入る。
「…本当の名前はヴィアンカ。お前は女の子なんだ」




