Later days:【きみのクロ】
「ったく!!今日に限って、何で遅いのよ!?」
「まぁ〜、別にいいよ。きっとまた寝坊だろうし・・・だから、智実も落ち着いてよ」
私たちは病室で、大切な人を待っていた。
今、目の前でイライラしている彼女が【柏木 智実】。
彼女も大切な友達。
しっかり者で、頼りになる存在。
しかも、力が強くて・・・こういうのをスーパーウーマンって言うのかな?
でも、私のために一生懸命になってくれる親友。
私は可愛らしい人形をその手に握りながら、そんな彼女と一緒に大切な人を待っていた。
ふと、智実が私に問いかける。
「りんご食べる?」
私はすかさず答えた。
「あっ、それなら私が剥くよ。いつも智実にやってもらってるから、今日こそはね」
「じゃあ、お願いするわ」
私は人形をベッドの上に置いてやり、包丁を受け取り、りんごの皮剥きをはじめた。
それを見た智実が、突然声をかけてきた。
「あぁ〜あぁ〜、それじゃ危ないよ。ここをこう持って・・・」
「う、うん。ごめんね」
すると、智実は「いいのよ」と、笑って答えた。
教えてもらったとおりに、皮剥きをはじめる。
まだ、上手くはできなかったけど、何とか上手く剥けた。
そして、私たちは仲良く、それをおいしくいただいた。
自分で言うのは何だけど、思ったより上手に剥けたな、と少し誇らしくなった。
柏木は私に話しかけてきた。
「のど渇いた?飲み物持ってくるよ」
智実は冷蔵庫から、飲み物を取り出し、手渡してくれた。
そして、なぜか深いため息。
「それにしても、遅いわね。陵のやつはまったく!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。どうどう」
「私は牛かっ!?」
そんなやりとりを楽しんでいると、ドアが勢いよくガラッと開いた。
「わりい!!遅れたっ!!」
扉が開くと同時に、勢いよく男の人が入ってきた。
「遅いじゃないのっ!!まさか『寝坊』なんて言わないわよね!?」
すると、彼はいかにも図星というような不器用な仕草を見せてから、「あ、あはは。寝坊なんだな、これが」と当たり前の如く答えた。
智実は脳天から、勢いよくあの鉄拳を振り下ろした。
ゴツッ!!
見事な音がした。
頭を抑えながら、彼は怒鳴りつけた。
「お、おいっ!!だから、謝ってんじゃないかっ!!」
「だって、遅すぎんのよ。あんたが」
彼は「ハァー」っと、深いため息をついた。
そして、叩かれた頭をボリボリと掻きながら、私の所まで来て挨拶してくれた。
「待たせたな、わりい。寝坊した」
「ううん。そうだと思ってたよ、陵くん」
「そ、そっか」
この人の名前は【黒澤 陵】。
彼は苦笑いを浮かべ、荷物を床に置いて椅子に座った。
そして、ビニールをベッドの上に乗せ、中身を私に見せてくれた。
「ほら、買ってきてやったぞ。これでいいんだろ?」
目の前に出されたものは、私が頼んだものだった。
私が大好きなイチゴのケーキ。
「わぁー!!ありがと!!私、これが食べたかったんだよー!!」
「よかったわね、美琴?」
「うん!!」
智実は私にそう言ってくれた。
私の名前は【柊 美琴】。
高校2年生の時から、ずっと私は眠り続けていた。
私の中の時間は、長い間止まっていた。
でも、寂しくなかった。
ずっと、陵くんや智実が、ずっとそばにいてくれたから。
「よしっ!!じゃあ、食うか?」
「そうね。美琴も食べるでしょ?」
「もちろんっ!!」
そう言って、みんなでイチゴのケーキを食べた。
それは、とても甘くておいしかった。
・・・夢・・・夢を見ていた。
長い・・・長い・・・夢を見ていた。
それは、幸せな頃の過去だった。
私の時間は、そこで止まってしまってから、ずっと同じ景色を見ていた。
それを見ていられるのは嬉しかったけど、私は流れる“景色”が好き。
もう見ることはない景色だと思っていたけど、私を待ってくれる人がいた。
ずっと、そばにいてくれる人がいた。
それは私の大切な人で、大好きな人。
私は嬉しかった。
だから、頑張れた。
だから・・・好きでいられた・・・。
「うん!!ご馳走様でした!!」
「お粗末様でした、と・・・」
「別に、あんたが作ったケーキではないでしょ?」
「わ、悪かったな」
ケーキを食べ終わり、三人でいろんな話をした。
そんな時、ふと何かに気づいた様子で、陵くんが言った。
「お前さ、そういや一人称が変わったよな?」
「あっ、そういえば確かに・・・」
智実も言われて気がついたようだ。
私は嬉しくなった。
「だってほら、もう二十歳なんだし、『ウチ』じゃ変でしょ?だから『私』にしたの」
「まぁ、そりゃそうか」
説明を聞いた陵くんは、あっさりと納得してくれた。
智実も、「ふ〜ん」と何となく頷く。
そこで突然、智実は話を切り替えた。
「あんたたち、ちょっと散歩してきなさいよ」
「ん?どうしてだよ?」
すると、笑顔を浮かべながら答えた。
「気分転換よ、気分転換。少し落ち着いて、二人で話してきなさいよ」
智実にそう言われて、言い返す言葉がなかった。
というより、私自身、もしかしたらそうしたかったのかもしれない。
私は、陵くんに視線を送る。
「俺は別にいいけど、柊はいいか?」
「う、うん」
私は人形を手に取り、陵くんに手伝ってもらいながら、車椅子に座る。
少しは歩けるけど、まだ支えてもらわないと歩けない。
私は車椅子にゆっくりと腰を下ろすと、後ろから陵くんが押してくれた。
「じゃあ、行ってくるな」
「行ってくるね」
「はいはい、行ってらっしゃい」
そう言って、智実は手を振ってくれた。
私も振り返して、部屋を後にした。
俺たちは病院の庭を散歩していた。
「ねぇ、陵くん」
突然、柊は俺に声をかけてきた。
「ん?どうした?」
俺はいつも通り、何となく訊きかえした。
すると、微笑みながらこう言った。
「“夢”を見てたんだ」
俺は彼女の言葉を、一瞬にして理解した。
俺は答える。
「そりゃ奇遇だな。俺もだ」
「そういう意味じゃないよ〜」
柊は俺が知っていることを知らない。
だから、勘違いしていると思っているのだろう。
彼女は首を横に振った。
でも、俺ははっきりと言ってやる。
「いや、多分あってるよ。俺さ、黒猫の夢を見たんだよ」
「そりゃきぐうだな。おれもだ」
柊が不器用そうに俺の真似をした。
俺は間を入れずに、言ってやる。
「ヘタだな」
「え〜!!そんなことないよ〜!!今のならきっと、紅白のモノマネにも出られるはずだよ」
「いや、そりゃ無理だな。だって俺、そんな有名じゃないから、誰もわかんないだろ?」
「あ、そっか」
いつの間にやら、モノマネの話題にすりかわっていた。
柊に任せても、多分そのことに一生気がつかないだろうから、俺から話題を戻してやる。
「で、夢の話だけど・・・柊はどんな夢見たんだよ?」
すると、首だけ振り返り、頬を膨らませ俺を見た。
「私だって『陵くん』って呼んでんだから、私のことも『美琴ちゃん』って呼んでよっ」
「わ、わかったけど、せめて呼び捨てにさせてくれ」
俺がそう言うと、「うぅ〜」っと少し唸ってから、「まぁ、いっか」と前を向いた。
そして、ひいら・・・美琴は話し始めた。
「私はね、いろんな夢を見たよ。陵くんがずっとそばにいてくれる夢。智実と一緒に遊びに行ったりする夢。あとは、“クロ”の夢とか」
「俺な、夢で“クロ”になってたんだ。お前から、いろんな話を聞かせてもらったよ」
「え、えぇっ!?嘘っ!?じゃ、じゃあ・・・あの時も?」
あの時・・・おそらく夢で、美琴がいなくなる前の晩の時のことだろう。
俺は笑顔で、「あぁ」と答えてやった。
「お前の口から、しっかりと聞かせてもらったよ」
すると、美琴は顔を真っ赤にして、「うぅ〜っ」と唸りながら俯いた。
しばらく、沈黙が続いた。
俺はふと足を止め、彼女の正面でしゃがみ込んだ。
彼女はちらっと俺を見ては、すぐに視線をそらす。
それを何回も繰り返していた。
彼女の顔は、どんどん赤くなっていく。
ふと、美琴はゆっくりと口を開いた。
「そ、そこで黙らないでよ・・・」
俺は黙ったまま、美琴の顔を見つめていた。
困ったようで、必死に顔をそらそうとしている。
そんな様子が、ちょっと可愛らしかった。
ふと、美琴は何かを決心したような目で、俺を真っ直ぐ見た。
そして、震えた声を搾り出した。
「え、えっと・・・ちょっと、恥ずかしいから・・・目を瞑って・・・ほしいな・・・」
俺は突然言われ、「あ、あぁ」と言われるままに目を瞑った。
「わ、私も・・・目を瞑るから・・・そのまま・・・」
俺は、言われたとおり目を瞑っていた。
すると、唇に柔らかくて、温かなものが触れた。
俺も目を瞑ったまま、それを受け入れる。
鼓動が高鳴り、耳まで熱くなった。
ゆっくりと唇を離し、目を開くと、真っ赤な美琴の顔が近くにあった。
「え、えっと・・・わた、私っ・・・これでも・・・初めて、なんだょ・・・?」
小さな声で美琴は、そう言った。
俺も高鳴る心臓を抑え、声を絞り出す。
「お、俺だって初めてだっ!」
しばらく、見つめ合っていた。
そして、俺から口を開いた。
「お、俺は美琴が好きだ」
美琴はボーッとしていたのか、突然の俺の言葉にハッと驚いた顔をしていた。
俺は、もう一度口を開きなおし、美琴に答えを求めた。
「お前は・・・俺が好きか?」
すると、美琴は真っ赤な顔を俯かせ、二回、コクッコクッと頷いた。
そして、顔をあげた美琴も、一回唾を飲みこみ口を開いた。
「・・・私も、陵くんが好き・・・だ、大好きっ!!」
美琴は不器用にそう告白をすると、身を乗り出し、しゃがんだ俺に抱きついた。
突然で驚いた俺は、少し間を置いてから、ギュッと抱き返してやる。
すると、彼女の手にも微弱ながら、更に力が加わった。
彼女の長く伸びた茶色の髪の毛を、そっと撫でてやった。
すると、突然唸りだした。
「うぅ〜・・・私、猫じゃないんだよ・・・?」
俺は鼻で笑った。
すると、頬を膨らませ、顔を俺の体に埋めた。
しばらく静かな時間が流れた。
ふと、風が吹いた。
それに合わせて、木がカサカサと音をたてている。
「静かだね」
美琴は俺に呟いた。
「そうだな」
俺はそっと答えてやった。
こうして、どれほどの時間が経っていったのか、俺たちにはわからなかった。
でも、時間は流れている。
これからも、ずっと・・・。
二人で新しい景色を探して、それを一緒に見ていよう。
時間はたっぷりあるのだから。
・・・これからもずっとそばにいる・・・。
・・・俺は・・・【きみのクロ】だから・・・。
〜 fin 〜
ご愛読ありがとうございました。