第十話 巨大生物の腹の中で、
周りの強酸の水流による轟音が収まる。
(何とかバリアはもったか)
俺に引き寄せられてバリアに入れた莅戸芽も無事だ。
魔力切れでバリアが消える。
そこから見えるのは、半径3,5メートルぐらいの筒のような空間だった。
「うっ、なんだこの匂いは?」
「無理、臭い」
バリアが消えた瞬間、鼻がねじれる程の悪臭が臭ってきた。いろいろな腐ったものが混ぜられているような臭いだ。
臭いを払おうと、なくなった魔力を粉で再び回復させて風で自分たちの周りから臭いを消す。
「だいぶ良くなったけど鼻に残ってる」
「しょうがない、そればっかりは慣れるか消えるまで待つしかない」
周りを見渡すと、溶けて形を保ちきれてない岩やワーウルフや亀みたいな魔物まだ見たことのない魔物の半分溶けた遺体があった。
「バリアごと流されたから今どこにいるのかがわからないな」
「流れに沿って戻っていないから、ここが下の階層?」
「わからな……」
ギュィァァァアアア
鼓膜を直接振動させてるかのような重く猛々しい叫び声が筒のようなこの場に響く。
「まさかな?」
「心あたりある?」
この叫びで俺の中に答えが浮かぶ。
この答えなら強酸の正体も、叫び声の正体も納得がいく。
「心当たりではないけど、たぶんここは魔物の腹の中だ」
「ほんと?」
「嘘ついてどうする、ここにつく前に襲われた強酸はたぶんこいつの胃液だ」
「理解した、それなら叫び声も納得がいく。……それで、ここから出れる?」
「わからない、でも死ぬまで足掻くつもりだ」
俺たちを腹に入れたまま魔物が動く。
縦になったり横になったり回転したり様々な動きをしている。
俺たちは魔物の遺体や岩と同じく、腹の中で振りまされる。
「っっっ!」
「どうした!莅戸芽!」
振りまされる中、莅戸芽の方を見る。
莅戸芽は俺に背中を向けてこちらから見えない位置を取っている。
「うっうっ、こっち見ないで」
「!!」
俺は莅戸芽の制止を聞かずに、莅戸芽の肩を掴んで自分に向かせる。
そこにあったのは、左半分が爛れた莅戸芽の顔だった。
まだ残っていた強酸が顔について、莅戸芽の顔を溶かしている。
俺は慌てて、水魔法で多量の水を用意して莅戸芽の顔に付いた強酸を流していく。流している間に木の粉を出して、いつでも上げられるようにする。
「大丈夫だ!」
「熱い熱い、痛い痛い」
強酸を洗い流し、強酸による侵食は止まったが、痛みは一向に引きそうにない。
「こっちを向いて、口を開けてくれ!」
「あぁ、あ、あぁぁ」
「少し痛いが我慢してくれ」
痛みと溶かされて動きずらい口を開けてもらう。木の粉を口に入れていく。
「チッ、ダメだ」
粉を口に入れるが、飲み込むまでに至らない。
(こうなったら)
「すまん、莅戸芽後で説教は受けるから」
そう言って、俺は自分の口に木の粉と水を含む。
片腕で莅戸芽の頭に手をまわして、莅戸芽の頭を固定する。
そして、俺は莅戸芽の口に自分の口を重ねる。
「ーーーんッ!?」
俺の舌が莅戸芽の口の中に入り、木の粉を無理やり喉の奥に流し込む。
ん、チュ、クチュ、
俺と莅戸芽の密着した口のあいだから、俺の口に含んだ水と粉が少しこぼれる。
(ダメだ!まだ治らない!)
俺は一旦口を離す。
「ーーーーーー!!!」
莅戸芽の声にならない叫びが俺の心に響く。
「すまない、もう1回我慢してくれ!」
同じように口に含み、口移しで莅戸芽に飲ませる。
一回目と違い、食いしばった莅戸芽の歯の間をこじ開けて飲ませていく。
莅戸芽が痛みで離れる。
俺は片腕で莅戸芽を抑えるために抱きつく。
「大丈夫だ、大丈夫だ」
俺はそう何度も莅戸芽の耳元で呟きながら、落ち着かせる。
やがて、もがいていた莅戸芽からフッと力が抜ける。
「……大丈夫か?落ち着いたか?」
「…………ぅ、ん。ありがとう。」
莅戸芽は落ち着きを取り戻して、俺に身体を預ける。
「……もう少しこのままでいさせて」
「わかった、もう大丈夫だからな」
「…うん」
力の抜けていた莅戸芽の身体に、再び力が少し入り俺にそのままの姿勢で抱きついてくる。
(やばい、助かってよかったが、この体勢はいろいろやばい)
あんな状況だったけど、今考えるととんでもないことをしてしまった。
口移しとはいえキスをしてしまったし、抱きついてしまった。心臓の音が聞こえてないことを祈りながら、莅戸芽に聞く。
「少し動いて安全そうな場所まで動けるか?」
「もう少し動けるようになるまで、時間がかかりそう」
「じゃあ少し抱えるぞ、片腕しかないからしっかりしがみついてくれ」
莅戸芽をそのまま片手で抱っこみたいな状態で運ぶ。
大量の岩に魔力を通して、自然魔法で岩をくっつけてカプセルみたいに組んでいく。
そのカプセルの中に、俺が莅戸芽を抱えたまま入る。
「少しここで寝ようか」
「このままでいい?」
「しょうがない」
俺としては離れて早く莅戸芽の安心した顔が見たいが、ここは甘えさせてあげるか。




