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3-04【船旅】―シャルロットSIDE―

 シャルロットは手ずから身支度を済ませて船室の扉を開く。

 室外に控えていたミルフィーナの表情が一瞬穏やかに緩むが、直ぐに口唇を引き締めて騎士の礼とった。


「シャルロットさま、よくお眠りになられましたか? お加減が優れぬようなら、このままお部屋でお休みになられても―――」


「いいえ、大丈夫です」


 シャルロットは小さく首を横に振ると、女騎士団長の申し出をやんわり断った。

 幼少の砌より、相談役として接していたせいか、心情の微妙な機微まで一目で読み取られてしまう。 もっとも、それはお互い様で、ミルフィーナの言動の裏側に潜む緊張も同様に筒抜けであった。


「それに首人さまが皆を集めるようにと仰ったのなら、私だけ向かわぬわけには参りません」


「御意に、ですが無理だけはなさらぬようにお願いします」


「ええ、わかっています」


 シャルロットは内心で苦笑しつつ、船内廊下を進み甲板に上がる。 途端に、濃い潮の香りが少女の胸を満たした。 


「心地よい風……」


 船縁に歩み寄ったシャルロットは、吹き流される金髪を軽く手の平で撫で上げる。 吸い込まれるような蒼が少女の視界を覆いつくしていた。


「これはシャルロット姫、お顔の色が若干優れぬようだな。 眠れぬ夜は、いつでも俺の腕を枕代わりにお貸しするが、如何かな?」


 そこに、歯の浮くような台詞と共に、エドゥアルトが現れた。 思いの外鋭い観察眼にミルフィーナの眉間に皺が寄る。


「遠慮させて頂きます」


「ふむ、対価のことなら気にすることはないぞ。 聖誕祭でも拝聴したが、海の魔性セイレーンの歌声もかくやあらむ姫の美声を夜毎枕元で聞けるのだ。 それだけで、男冥利に尽きるところだからな」


 シャルロットとエドゥアルトが全く噛み合わない会話を展開していると、船首楼甲板の方向から双子の騎士―――シーラとノーラが小走りに駆け寄ってきた。 しかも、どういった了見か、ノーラに至っては何処ぞの地方部族さながらに、頭の上に首座を載せ抱えている。


「まったく思い出すだけで怖気が走りよるわ。 図体だけデカくても、露聊かも役に立たぬ奴じゃ」


 ノーラの頭の上の首人はなぜか怒り心頭であった。


「は、はぁ……」


 事態を呑み込めず、シャルロットが間の抜けた返答をした。

 よくよく話を聞いてみると、昨晩の見回り当番だったノーラが甲板上で卒倒している巨躯の異形を発見して一騒動あったらしい。 首座の方は運良く船縁に引っ掛かり事無きを得ていたようだが、首人にとっては正に急死に一生の事態であったようだ。 ちなみに、巨躯の異形はただの船酔いだったらしく、それがまた首人の怒りに拍車を掛けていた。


「危うく暗い海の底で、無駄に一生を費やすところじゃったわ」


 と、続けて首人が吐き捨てる。


「でも、船酔いということは、乗船してから十日余り、ずっと我慢していらしたのですわね」


 シャルロットが感心したようにズレた感想を漏らす。

 処刑人の面々は、常時円錐型の覆面で顔を覆っている為、表情が読み取れないことも災いしたようだ。


「う、うむ……、確かにその点だけは評価に値するが―――いや、最初から体調のことを申告しておれば、このようなことにはならなかったのじゃ」


 旗色の変化を敏感に感じ取ったのか、首人の語気が弱まる。


「それでノーラがあの大きな方の代わりを?」


「はい」


 シャルロットの疑問に、ノーラが困ったように頷く。 どうやら、なし崩し的に後任になってしまったようで、乗り気でないことは訊くまでもない。 もっとも、正常な神経の持ち主、特に年頃の娘なら尚更に、喋る生首を四六時中持ち歩くことに抵抗を覚えるのも当然である。


「俺も昨夜は首人殿の愚痴に付き合わされて寝不足気味でね。 悩める一般信徒を救済することも聖女の大切な務めだと思うのだが?」


 エドゥアルトが更にどうでもよい方向に話を蒸し返して、食い下がる。


「そんなに眠りたければ、我が剣で永眠させてやろうか?」


「謹んで辞退申し上げよう。 それよりも、首人殿は何か用件があったのではないのかな?」


 ミルフィーナの右手が長剣の柄に伸びる寸前に、エドゥアルトが慌てて話題を逸らす。


「おう、そうじゃった。 其方たちに集まって貰ったのは他でもない。 そろそろ目的地が見える頃合だと思っての」


 首人が思い出したかのように、右舷前方に顎をしゃくる。 目を凝らすと、遥か彼方の水平線、空と海に溶け込むように浮かぶ島影が肉眼でも視認できた。


「あの島がですか?」


 シャルロットが訝しげに尋ね返す。

 遠目には、断崖が切り立つ剥き出しの岩山にしか見えない。 平面になった頭頂部に葉の茂った木々が確認できるが人跡の気配も皆無に思えたからだ。


「そうじゃ、何を隠そうあの島こそ―――」


「天の島タルタロスだろ?」


 首人の言葉を継いだのはエドゥアルトだった。 驚きの視線が青年へと集中する。


「ほう、よくわかったの」


「この船が辿った航路と星の位置から推察しただけさ。 ま、確信が持てたのは二日ほど前のことだがね」


 エドゥアルトはいけしゃあしゃあと言ってのける。


「貴様っ、なぜ黙っていた! タルタロスは教会でも立ち入りを禁じられた聖域の筈。 それを……」


「知っていたら、どうにかなるとでも思ったのかい?」


 激昂するミルフィーナにエドゥアルトが鋭く切り返す。

 確かに、神剣アンネシュティフがタルタロスに在るのならば他に選択肢はない。 要するに首人もエドゥアルトも、ミルフィーナが反対することを想定して、これまで黙っていたのだ。


「し、しかし……」


 ミルフィーナが言い淀む。 出立前ならいざ知らず、ここまで来てしまっては流石に別の手段を講じろという方が横暴だと理解しているのだろう。


「ミルフィーナ卿の胸中は察するに余りある。 これ以上、シャルロット姫に教会の禁忌を侵させたくないのであろう。 だが三神具は、持ち主の資質を問う霊宝とされている。 それはリュズレイ家に伝わる霊環アシュタリータの例をとっても明白じゃろう。 故に、一時的に教会法に反することになっても、神剣の所有者となれば、後ろ指を差される心配はあるまい」


 首人が理を唱えてミルフィーナを諭す。


「フィーナ、わたしはアナタを助け出すために、既に重罪人となっていますわ。 今更、罪がひとつやふたつ増えてもどうってことありません」


「シャルロットさま……」


 そう言われてはミルフィーナに立つ瀬がない。 いや、だからこそ、これ以上罪を重ねてほしくないのだろう。


「それに、フィーナにはわたしがこれから為すべき事を見守る義務があります」


 シャルロットは決然と断言してのける。 過去を悔やむ暇があるのなら、前へ進む手助けをしろと言っているのだ。 それは己を苛む罪悪感と、同様の心の痛みを抱いているであろうミルフィーナを鼓舞する意味合いもあった。


「シャルロットさまはお変わりになられました」


 随分と間を置いて、ミルフィーナがぽつりと零す。


「そうですか?」


「はい、とても意地悪に……。 そして、お強くなられました」


 ミルフィーナは口唇を笑みのカタチに緩めると、静かに瞑目する。 それから、天啓でも受けたかのようにその場で肩膝を折った。


「意地悪は余計でしょ?」


 僅かに頬を膨らませたシャルロットは、ゆっくりとミルフィーナに手を差し伸べる。

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