3-03【船旅】―シャルロットSIDE―
シャルロット一行が乗り込んだ中型の全装帆船は、ガザルフォード近海から東岸に沿って南下する寒流と、この時期特有の季節風に乗って、順調な航海を続けていた。
ここに到る経緯は些か複雑で、事は隠れ家のあったジャッジサイドから南方に位置する小さな沿岸集落ドリエルから始まる。 そこは、教皇庁アレシャイムが座すルブルス島のシーザ港と比べて規模こそ劣るが海港もあり、独特の雰囲気が流れる活気に溢れた漁村であった。 その性格上、関門港内に於いての船舶国籍証書の提示も必要なく、出入港の規制も緩い。 漁船を装った海賊船や私掠船なども数多く紛れ込んでおり、そこに目をつけた首人は、国籍不明の不定期船と航行契約を結んだのである。
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「いい加減に目的地を教えてくれてもよいと思うが?」
船長室の扉を潜り抜けたエドゥアルトが、開口一番に不満を漏らす。
座椅子に腰を落とした浅黒い肌をした痩身の男―――この船ノーディン号の船長エルグが無表情のまま、立てた親指で奥の船室を指した。
「揃いも揃って無粋なことを申すな。 着いてからのお楽しみじゃ」
紗幕で遮られた続き部屋から首人の声が響き、首座を抱えた巨躯の異形―――円錐状の黒覆面に十六と刻まれた処刑人と共にミルフィーナが姿を現す。
「私奴もそこの不埒者と同意見です。 一事が万事にならない為に、心構えは必要です」
数刻前、エドゥアルトと同様の理由でミルフィーナも船長室を訪れていたのだ。
「ミルフィーナ卿もそう思うか。 確かに国が違えばご婦人方の趣味趣向にも多彩な変化が生じる。 何より問題なのは民族や種族によって美しさの基準が違うところだな。 以前某国で絶世の美女と謳われる貴族の姫君に夜這いを……いや、偶々迷い込んだ眠り姫の寝室で、俺の三倍はありそうな肥満体を目にした時は愕然としたものだ。 お国変われば美人の基準もこれほどまでに相違を伴うものかとね。 あの時は本当に散々な目に……」
「海の藻屑になりたくないのなら、その口を閉じなさい」
ミルフィーナは、無駄口をたたくエドゥアルトを不機嫌に一喝する。 その表情は、騎士の気高き忠心を邪な煩悩と一緒くたにされて心外だと如実に物語っていた。
「なんだ、賛同してくれたのではないのか」
「誰がそのような世迷言に同ずるものか。 そもそも其方はシャルロットさまにご執心だと聞いているが?」
「ふむ、ミルフィーナ卿が俺とシャルロット姫の仲をご公認してくださるとは有難―――っと、危ない危ない」
白光が走る寸前、咄嗟に飛び退いたエドゥアルトだったが、前髪を数本剣風に吹き散らされる。
「そこに直れ、我が剣の錆びにしてくれる!」
抜刀したミルフィーナが両肩をわなわなと震わせて、エドゥアルトの胸元に長剣の切っ先を突きつけた。 相も変わらずシャルロットのことになると見境を失くすが、当人にその自覚はない。
「眉目麗しい士族の令嬢に言い寄られるのは望むところだが、刃物沙汰は勘弁願いたいな」
「剣を抜け。 無抵抗の者を斬り伏せるわけにはいかぬからな」
ミルフィーナが、眉を逆立ててエドゥアルトに詰め寄った。 不埒な青年は、両手を上げた姿勢で、じりじりと後退りする。
「さっき問答無用で斬りかかってきたではないか」
「くっ……あ、あれは手加減していたから数には入らない」
痛い所を突かれたミルフィーナが言い淀む。
「そういう問題なのか?」
「う、うるさい。 その二枚舌を三枚におろし―――って……待て、決闘に応じないつもりか!?」
「生憎、美人に向ける剣は持ち合わせていないものでね」
ミルフィーナは逃げ出したエドゥアルトを追いかけて、騒がしく船長室を後にした。
「まったく騒々しい奴らじゃな」
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不慣れな船旅にシャルロットはなかなか寝付けずにいた。
波に揺られる角灯の炎が、船室を光と影の舞踏室に変貌させている。 少女はひとり幻影の宴から取り残されたように、木組みの天井を見上げて憂いの深海に沈む。
―――わたしの役割も全て終わりだと思っていた
十六度目のアルジャベータ聖誕祭を迎えて、聖女としての束縛から解き放たれると信じていた。 それが今では、聖女であったことを否定され、苦しみ抜いた籠姫としての過去と共に、自分の存在理由すら失くしかけている。
―――それでも、わたしは……
自分が自分である意味を見つける為に、己を模らなければならない。 例えそれが、他者の信念や利己利潤を満たすだけのものであってもだ。 何も変わらない、成す術もなく運命に翻弄される日々。 そこに唯一救いがあるとしたら、過去を受け入れ、未来へと踏み出す意志が今のシャルロットにあることだ。
―――わたしには大切なヒトを守る為、そしてふたりのお母様が味わった悲しみを二度と繰り返させない為に、為すべき事がある。 それはきっと、教皇となり、教会の実権を握れば可能なことだろう。
シャルロットが心に秘めた想いは、聖女としてでも、王女としてでもなく、ひとりの少女の願いであった。




