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3-02【決断】―シャルロットSIDE―

 ウェルティス・フォン=バレル三世の逝去後、未だアレシャイムでは使徒座空位期間が続いていた。

 本来、教皇位は教会法に則り聖座継承権を独有するフォン家の血族から選ばれる。 しかし、フォン家二十三代目当主となったゲティス・フォンが聖倫審査会において、戒律重違反処分を受けて司教位を剥奪されたのだ。 それは事実上、フォン家から聖座継承の世襲権を失効させるという意味合いもあった。 裏で古老たちの思惑が蠢動していたことは疑うまでもなく、元老院は独自にフォン家の直系尊属ではない外戚のアンヌフォルト・インドブルクスを次期教皇へと擁立する。 無論、ゲティス・フォンもこの屈辱的処遇を大人しく受け入れるわけもなく、嘗ての俗権を伝に貴族連合の後ろ盾を受けて、不当処分撤回を審査会に請求後、復権を誓っていた。

 そして、期を同じくして、主席枢機卿ヴィルヘルム・アンスバッハが、アダマストル公国の第一王女にして、聖女の血脈者足るシャルロット・リュズレイを教皇選に推挙して、三者三様、三つ巴の陣容が俄に形成されていたのである。


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「時間も人手も足りておらぬが、“神剣アンネシュティフの入手”と“次期教皇選挙の準備”を同時に進行させぬばならぬ」


 首人が広間に集った一同を視線で見渡す。 正面に聖女シャルロット。 その両脇には、ファティマ・イスとエドゥアルト・ラガ・ディファルの両人。 大扉の前では新たに合流した聖アルジャベータ守護騎士団の団員、シーラとノーラ。 年の頃十六、七の双子の姉妹騎士が侍衛していた。 ヴィルヘルムの手引きで聖都を落ち延びた団員十二名の内、五名がジャッジサイドの隠れ家に合流していたのである。 他の団員はミルフィーナの看護と屋敷周辺の警備に配置されていた。 行方が知れぬ七人も、拘束の噂が流れないことから、無事に逃げ果せているとみていいだろう。


「後者はわたくしに適任ですわね」


 ファティマ・イスがにこやかに微笑む。


「うむ、ファティマ卿には、ヴィルヘルム卿の動きと連携して、元老院に対する不満分子を纏め上げて貰いたい。 手配書が回っておるなかの危険な役回りじゃが、頼めるかな?」


「元よりそのつもりですわ」


 ファティマ・イスが決然と肯首する。 彼女は首人と出会う以前から、シャルロットを教皇選挙に擁立する為に、資金と態勢面の土台を固めていたのだ。 敢えて断る理由もない。


「卿の警護には妾の手駒を数名お貸ししよう」


「お心遣い感謝致します」


 首人の好意を素直に受け入れるファティマ・イス。


「では、神剣アンネシュティフの奪取に向かう面子も決めねばならぬな。 所有者となるべきシャルロット姫に案内役の妾は当然として、後は……」


「無論、俺は同行させて貰おう」


「どうか我々もお供にお加えください」


 当然とばかりに、自薦するエドゥアルト、それとほぼ同時に、双子の姉妹騎士も口を揃えて名乗りを上げていた。


「按ずるでない。 端から守護騎士団の面々からシャルロット姫の護衛役を選ぶつもりでおった。 その件に関しては、其方たちの団長殿が目覚めた後に、推薦して貰うとしよう。 それで―――」


 首人は双子の騎士からエドゥアルトに視線を移す。


「エドゥアルトと云ったか、妾はお主のような面白い男が好みじゃ。 命の保障は出来ぬがそれでも宜しいかな?」


「然もありなん。 しかし、残念ながら俺には心に決めた女性がいる。 首人殿の好意には応えられぬのだが……」


「妾は他人の色恋沙汰に横恋慕するほど落ちぶれてはおらぬ。 お主の強運に肖れればそれでいい、ついて参れ」


 大して残念でもなさそうな表情で首人は微笑む。

 ミルフィーナ救出に加わった三者の中で、エドゥアルトの名前だけが、教会交付の手配書に記載されていなかったのだ。 恐らく取るに足らない小物と判断されたのだろうが、すがれるものなら藁にでもすがりたい状況なのであろう。

 しかし、当のエドゥアルトは好奇と好意を混同した挙句、自己陶酔するように前髪をかき上げて、


「一途さ故に、一人の女を不幸にするか。 しかし、俺とシャルロット姫は熱い一夜を共にして、身も心も一心同体だからな」


「そんな覚えはありませんっ!」


 赤面したシャルロットが慌てて否定する。


「いやいや、愛し合うふたりの未来の話に、そう目くじらをお立てなさるな」


「そんな未来は永遠に訪れませんわっ!」


「これは手厳しいな。 だが、全ての生きとし生けるモノには、等しく無限の可能性が用意されている。 ま、俺に愛の調を耳元で囁かれれば、どんなに身持ちの堅い生娘であろうと自然と股を―――」


 不意に軽口が途切れ、エドゥアルトが糸の切れた人形のようにその場に崩折れる。


「私奴が同行します」


「フォーナ!?」


 シャルロットが驚きの声をあげる。

 倒れ伏したエドゥアルトの背後には、ミルフィーナの姿―――黒髪に赤銅色の肌を併せ持つ守護騎士団員に体重を預けるように肩を借りている。 空いた手には長剣が握り締められており、それで不届き者を殴打して昏倒させたようだ。


「足手纏いを連れて行くわけにはいかぬが?」


 首人の問い掛けは、あくまで冷徹である。


「心配は無用に願います。 この程度の傷ならば今までにも数え切れないほど負っています」


 体中に包帯を巻いた痛々しい姿であるが、ミルフィーナの両眼には揺るぎない意志の輝きが備わっていた。


「やれやれ、ミルフィーナ卿にはここに残って、来るべき日に備えて守護騎士団の再編成を頼もうと考えておったのだが……」


「私奴が不在時は、副団長のエレーヌが須らく務めを果たすでしょう」


 そう断言したミルフィーナの視線が、付き従っていた黒髪の団員に向けられる。


「無論です」


 エレーヌ・フォントネルは静かに、それでいて毅然とした返答をする。

 彼女は守護騎士団内では最年長の騎士である。 ただし、老成しているといっても本年二十四歳であり、娘子軍の平均年齢が通常の軍隊では考えられないほど若いだけだ。 勿論、能力的にも疑う余地はなく、ヴィルヘルムの手助けがあったとはいえ、拘留措置が採られていた聖都から団員全員が無事に脱出できたのは、エレーヌの冷静沈着な手腕があったればこそである。


「その様子では、何を云っても無駄そうじゃな。 やむを得まい、怪我人だけでは心許ない故、守護騎士団からは更に二名ほど人員を割いてもらうぞ。 選抜は団長の其方に任せる」


「申し訳ございません。 ですが、私奴の命はシャルロットさまの盾となる為―――」


「皆まで云わずとも理解しておるよ。 目的地へは船旅になる故、その間は責務を忘れて極力静養なされよ」


 首人はミルフィーナの言葉を遮って、呆れたように苦笑する。


「感謝致します。 シーラにノーラ。 話は聴いていましたね。 貴女達は私に帯同して、引き続きシャルロットさまの護衛の任に就きなさい」


 ミルフィーナは首人に謝意を示すと、扉口に視線を送り双子の騎士に団長命令を下す。


「身命に代えましても」


 と、シーラが先んじて、


「ご期待に応える所存であります!」


 後を継いだノーラが締める。

 双子の騎士は、満面の笑顔で左胸元に拳を当て応答した。

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