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2-02【我意】―シャルロットSIDE―(※推敲済)


 主席枢機卿邸の前庭を小走りに移動する人影がひとつ―――褥を抜け出したシャルロットである。


「フィーナ待っていてください……」


 シャルロットは大きく息を吸い、そして吐く。 身体を預けるように鉄の門扉を押し開くと、金属の軋む音が周囲に響く。


「これはこれは、いったい何所にいかれるのかな?」


 少女の横合いから不意に湧き上がる声。 煉瓦の門柱の陰から赤と紫の奇抜な衣装に身を包んだエドゥアルトが現れる。


「何方ですか?」


 シャルロットが不審気に柳眉を顰める。 籠姫としての生活が長かったせいか、他者を認識する術に疎く、記憶の照合に失敗したらしい。


「おいおい、まさか覚えてないのかい?」


 こくりと頷くシャルロットに、さも心外だと言わんばかりにエドゥアルトが天を仰ぐ。


「これは嘆かわしや。 美の女神もかくやあらむと喩えるべき美貌の持ち主であるこの俺を忘れられる筈もないのだが……」


 エドゥアルトが襟足を見せつけるように、白銀色に斑な紅が混じる長髪をかき上げる。 気障ったらしい所作であるが、それが様になる容姿は確かに兼ね備えていた。


「どちらにしても貴方には関係のないことです」


 だが、シャルロットの返答は素っ気無い。 エドゥアルトの容貌どころか存在自体に興味が無いらしい。 いや、少女の眉間に寄った皺が増えたことからも不信感が募っているようだ。 不届きにも神仏を引き合いに自讃を繰り広げたことが災いしたのだろう。


「そいつは困るな。 老卿からシャルロット姫の監視役を命じられていてね。 貴女にもしもの事があったら、俺の立つ瀬がない」


「先生が?」


 シャルロットもヴィルヘルムの意に反する行動には負い目がある。 故に独りでことを成し遂げるつもりであった。 もっとも、堂々と正門から赴く辺りが、浮世離れした間の抜けようである。


「さよう、俺の言葉は老卿の意志でもある。 ご理解できたならば、先程の質問にお答え頂けるかな?」


「決まっています。 フィーナを助けにいきます」


 シャルロットは僅かな逡巡の後、青年の脇をすり抜けて歩みを進める。 エドゥアルトは軽く肩を竦めて溜息を吐くと、先行する少女に追い縋った。


「こんな真昼間にかい?」


 現在、太陽の位置を確かめるには首を垂直に傾ける必要がある。 朝露の気配は消え失せて、神都を彩る木々や草花も、空高く昇った太陽の強い日差しを浴びてうな垂れ始めていた。


「なにか問題があるのですか?」


「やれやれ、これだから止ん事無きお方は……」


 形式上は参考人としてヴィルヘルムの審問下にあるシャルロットが、公然と昼日中を闊歩して問題がないわけもない。 なにより老卿の面目が立たぬだろう。

 もっとも、直に聖女の拝顔を賜った人間など、このアレシャイムでもごく僅かである。 自身の正体が割れないことを承知の上で、元老院が強硬手段を講じ難い、昼日中を選んだのならば大したものである。 だが、その線は薄そうだ。 エドゥアルトの双眼に映るシャルロットの姿がそれを如実に物語る。 少女の纏う金銀細工の絢爛たる意匠を凝らした純白の法衣。 それは教皇庁でも高位の聖職者に供される聖職衣である。 傍目にも少女の様相は、己が教会の重要人物だと吹聴して回っているようなものであった。


「少しは民草の苦しみにも目を向けて欲しいものだ」


 エドゥアルトの目算どおり、中央通りに差し掛かると幾つもの視線が少女の白法衣に注がれる。 しかし、当の本人は全く動じる気配がない。 その堂々たる様にエドゥアルトも別の意味で感嘆せざるを得ない。 そこには、一般人では決して持ち得ない洗練された気品が感じられたからだ。 それは生まれや育ちで養われる類のものではなく魂に宿る感性とでも喩えるべきだろうか。 もっとも、周囲の視線の三割ほど、特に若い娘の眼差しは隣のエドゥアルトに対して向けられていたが、今は構っている余裕はないようである。


「あなたはアダマストル公国の人間ではないでしょう?」


 シャルロットが視線を正面に据えたまま尋ねる。


「ふむ、確かに他国の民が背負う辛苦にまで口出しするのは、王族としての思慮に欠けるか。 だが、聖女としてはどうかな?」


「聖女として……」


 シャルロットの脚が反射的に止まる。 ミルフィーナを救い出したいという気持ちに偽りは無い。 だが、己が生きた過去の全てを否定することは、やはり出来なかった。


「敬虔な一信徒の願いを聞き届けてくれてもよいだろう?」


 エドゥアルトが不意に立ち止まったシャルットの正面に回り込む。


「メナディエルの敬虔な信者は、わたしに対してそのような口の利き方を致しませんわ」


 シャルロットが語尾を荒げて、エドゥアルトを睨みあげた。


「これは心外。 これでも権威を笠に利権にしがみつくお偉方たちよりは、信心深いと自負しているつもりなのだがな。 まぁ、俺のように神の方から進んで寵愛を賜れる人間には、信仰など無用の長物ではあるがね」


 エドゥアルトは両眼を閉じると何やら自己陶酔を始める。 奇抜なのは服装だけではなく、その内面にまで及んでいるようだ。


「これ以上、無駄話に付き合うつもりはありません」


 シャルロットはさっさと歩みを進めてしまう。


「あーまてまて。 娘子軍の団長殿は元老院の掌中にある。 所在さえ定かではないのに、いったい何所に乗り込むつもりだい?」


「それは……、これから考えます」


 元老院が管轄する審問会において、ミルフィーナには教皇殺害の首謀者としての聖審が下っていた。 古老たちの意向は明らかだ。 彼らにとって都合の悪い何かを隠匿する為に、ミルフィーナを人柱とするつもりなのだろう。 だが、教皇座空位となった現在、元老院は名実共に教会の最高権力を有している。 表立って対立するのは得策ではなかった。 世間に疎いシャルロットにもそれぐらいは理解できる。 しかし、なにもせずに指を加えて傍観者となることは、過去の自分に立ち戻る行為であった。


「まさかとは思うが、このルブリス島を隅々まで探し回る気かな?」


 エドゥアルトはシャルロットの二の腕を鷲掴み動きを封じる。 少女の行為は、明らかに冷静さを欠いていた。


「くっ……、放しなさい! こうしている間にもフィーナは……」


「おいおい、話は最後まで聞くものだと老卿から教わらなかったのかい? はじめから止める気なんてないさ。 それに俺の言葉で止められるとも思っていない」


 エドゥアルトは天を仰ぐと、やれやれと息を吐く。


「現在、老卿がさる人物と密かに連絡をとっている。 話によると、娘子軍の団長殿を救出するには必要不可欠な人材らしいが―――」


 そこで言葉を切るとシャルロットの反応を窺う。


「どうだ、俺の話を聞きたくなったかい?」


 エドゥアルトは少女の紅眼から抵抗の意志が薄れたことを確認すると、満足したように笑みを浮かべた。


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