第4話【裏】「限定ケーキが売り切れだと愚痴ったら、他国の王族が空輸してきた件」
夜。
遠い異国の宮殿。
巨大な窓の向こうで、
雪が降っていた。
長い会議机。
並ぶ重臣たち。
その中央で。
金髪の青年は、
静かに端末を見ていた。
――
1 スレ主
限定の新作ケーキ
売り切れてました
――
空気が止まる。
「殿下?」
側近が恐る恐る声を掛けた。
青年は答えない。
数秒後。
ゆっくり口を開く。
「専用機を」
「……はい?」
「今すぐ」
重臣たちがざわついた。
「どちらへ向かわせますか」
青年は端末を見つめたまま、
静かに答える。
「目的地は、
隣国王都だ」
――
王都。
侯爵家。
父は執務室で、
書類を読んでいた。
そこへ。
使用人が駆け込む。
「旦那様!」
「何だ」
「隣国の外交飛行船が、
王都へ向かっているとの情報が!」
父の指が止まる。
端末が光る。
――
25 名無しの金髪
専用機を出しましょう
――
父は無言で額を押さえた。
「……来たか」
側近が青ざめる。
「まさか」
「甘味だ」
「はい?」
「娘のケーキだ」
側近は、
理解を諦めた。
――
裏通り。
掃除屋の執務室。
葉巻の煙が揺れている。
掃除屋は、
静かに笑った。
――
38 名無しの金髪
スレ主様の午後を慰める栄誉は
譲れませんので
――
「若いですねえ」
黒服が尋ねる。
「知り合いですか」
「他国の厄介者ですよ」
掃除屋は立ち上がる。
「王都の人気店を押さえなさい」
「全店舗ですか」
「全店舗です」
黒服が頭を下げる。
「職人は」
「確保しましょう」
「合法的に?」
掃除屋は少し考えた。
「可能な範囲で」
――
騎士団詰所。
兄は端末を睨んでいた。
――
36 名無しの大黒柱
既に手配済みだ
――
「遅い」
立ち上がる。
「俺が行く」
副官が震える。
「ど、どちらへ……」
「ケーキだ」
「はい?」
「限定品は速度が命だ」
兄は剣を取る。
「馬を出せ」
「戦争ですか?」
「甘味だ」
副官は、
やはり理解を諦めた。
――
深夜。
王都中央通り。
人気洋菓子店
『フルール』。
店長は、
震えていた。
「な、なんですか今日……」
表。
騎士団。
裏口。
黒服。
上空。
異国の飛行船。
完全包囲だった。
「限定ケーキを」
「全て頂きたい」
騎士が言う。
「職人もお借りしたいですね」
黒服が笑う。
「我が国の専属契約も可能です」
使節団の男が微笑む。
店長は泣きそうだった。
――
厨房。
職人たちが、
死ぬ気でケーキを焼いていた。
「追加三百!」
「飛行船便まだ!?」
「王都貴族便到着!」
「隣国便も来てます!!」
「なんでだよ!!」
誰も答えられない。
ただ一つ分かるのは。
今夜。
世界で最も重要な案件が、
ケーキだということだけだった。
――翌朝――
侯爵家。
玄関。
廊下。
応接室。
全部、
ケーキだった。
使用人たちが悲鳴を上げる。
「まだ来ます!!」
「冷蔵室が埋まりました!」
「第二便到着します!」
「第二便!?」
箱。
箱。
箱。
全部高級店。
全部最高級。
全部、
リーナ宛だった。
――
異国の宮殿。
金髪の青年は、
端末を見つめていた。
――
59 スレ主
すごく美味しいです
――
沈黙。
長い沈黙。
それから。
青年は、
ゆっくり目を閉じた。
「……そうか」
側近が息を吐く。
「ご満足を?」
「ええ」
青年は、
ほんの少しだけ笑った。
「今日も世界は平和ですね」
――
掃除屋の執務室。
兄の詰所。
父の執務室。
全員が、
同じ書き込みを見ていた。
――
59 スレ主
すごく美味しいです
――
兄が椅子へ座る。
「勝ったな」
掃除屋が笑う。
「平和的解決でしたねえ」
父は静かに紅茶を飲む。
「……疲れた」
誰も否定しなかった。




