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1. そのとき、聖女は

「君を裏切りたくない」は第一王子視点、こちらは聖女視点の後日談です。前作未読(本編三話)でも支障なく読めますが、お時間があればそちらもぜひどうぞ。

 金糸の髪に金色の瞳。それは建国の聖女を彷彿させる色だ。そして今は当代の聖女を示す色でもある。

 姿見に映り込んだ己の姿を見つめ、クレアは息をついた。


(聖女なんて、なりたくてなったわけじゃないわ……)


 それでも、聖女の道を選んだのは紛れもなく自分だ。後悔することはあっても、この気持ちを誰かに悟られてはならない。

 どんな状況でも、完璧な聖女の仮面を被るのだ。民衆が望んでいるのは、聖女としての役割を果たす自分なのだから。彼らを失望させる言動や表情は慎まなければならない。

 皮肉なことに、この半年で本音を隠すことにもすっかり慣れてしまった。

 実家である貧乏男爵家への援助、その対価として王国に人生すべてを捧げる。それが自分の生き方。

 だから、たとえ愛する男女を引き裂く邪魔者の役でも、最後まで笑顔で演じてみせよう。


 ――――そう、思っていたのに。


 逃れられない運命でも、本物の愛があれば覆せる。そんな嘘のような出来事がクレアの目の前で起こった。よくある物語のエピローグと同じ結末に、頭の理解が追いつかなかった。


(嘘でしょう……? 運命は、変えられないんじゃないの……?)


 遡ること一ヶ月前、「聖女は王族と婚姻する習わし」という話をクレアは初めて知らされた。

 国中の瘴気を払うため、各地に赴いて浄化魔法で土地を癒やした後の話だ。濃くなる瘴気と魔物増加による国の憂いもなくなり、平和が戻った王国はクレアを王宮に閉じ込めた。

 聖女らしい振る舞いを身に付けるために始まった淑女教育の一環で、第一王子と会う回数がやけに多いなとは思っていたが、そういう思惑があったからだとわかれば納得だった。

 ただ、問題があるとすれば、クレアの夫となる王子にはすでに婚約者がいたこと。そして、自分は相思相愛の二人の間に割って入る、物語ではよくある悪役の配置だった。


 これで「王国に光を照らす聖女」とは聞いて呆れる。愛する二人を引き裂く役なんて、どこの悪女だろうか。


 けれど、クレアに拒否権などあるはずがない。聖女として生きていくと決めたときから運命は決まっていたのだ。王族に嫁ぐことが聖女の務めというならば、望まぬ結婚でも粛々と従うよりほかない。すべては家族を守るため。

 先代聖女が現れたのは何百年も前の話。国民の誰もが忘れかけていた、国の古いしきたりのせいで婚姻も自由にできない。

 実質、聖女の保護は、他の国に取られないための方便だ。聖女を国に縛るために急いで整えられた政略結婚なのだから、愛がなくても問題はない。


 とはいえ、罪悪感は常にあった。だって、本当はこんなことはしたくなかったのだから。


 第一王子が誰を愛しているかなんて明白だった。

 聖女と結婚するために、愛する婚約者と婚約破棄しなければならない。そんな苦悩をにじませた横顔を何度も見たクレアが彼にかけるべき言葉なんて、あるわけがない。自分が何を言っても一時の慰めにもならず、彼をさらに絶望に突き落とすだけだ。

 聖女は無力だ。魔は払えても、目の前の困っている人すら助けられない。聖女の力は限られた用途でしか効力はなく、すべての人を幸せにできるわけではない。


(でも、ユリシーズ殿下はわたしとは違う。運命に抗って、自分の未来を勝ち取った。わたしは周りに流されていただけだった……)


 国王陛下の名の下に宣誓された、クレアの次の婚約者は第二王子になった。隣国に留学中の今年十四歳になるという、クレアより二歳年下の王子。

 まだ顔合わせはしていないが、このたびの騒動を受けて急遽帰国することになったらしい。

 第一王子との婚約は回避できたが、今度こそ逃げられない。もう誰もこの婚姻を止める者などいない。

 奇跡は、二度も起こらない。


(どうしてかしら。今になって、とっくに決めたはずの覚悟が揺るぎそうで、こわい……)


 第二王子との顔合わせのことを考えると、心が沈んでいく。相手は王族。それなりの振る舞いが求められる。そして、今度は初めから婚約者として接しなければならない。

 考えるだけで憂鬱になり、自然と視線は大理石の床に移る。丁寧に磨き上げられた神殿の床は塵一つなく清められ、どこも手入れが行き届いている。神殿には下働きの者がたくさんいる。そして、彼らの上に立つのが聖女だ。


 たった一人の聖女に、皆がかしずく。


 けれども、クレアはもともと貧乏男爵令嬢だ。しかも、中身はほとんど庶民である。国民から敬われるような価値が本当に自分にあるのだろうか。

 治癒術は使えても、クレア自身が特に変わったわけではない。でも周囲は違う。クレアの行動に意味を見いだし、さすが聖女だと褒め称える。貴族たちは手のひらを返したように媚びへつらい、その態度の一変にいっそ感心したものだ。

 聖女は孤独だ。同じ立場で、気持ちを分かち合える友達は誰一人いない。

 あなたは聖女だからと、誰もが一歩後ろに下がり、壁を作る。その壁は薄いようで、どれもおそろしく頑丈だ。当然ながら、壁を壊してこちらに踏み込んでくる者などいない。


(わたしは一人で生きていかないといけない。今も、これからも……)


 決意を新たにしていると、神殿の扉の向こうで、クレアを呼ぶ神官の声が聞こえてきた。


「聖女様。お勤めのお時間でございます」

「――ただいま、参ります」


 うつむいていた顔を上げる。鏡には、聖女らしい控えめな笑みをはりつけた聖女が映っていた。


(わたしは聖女クレア。それ以上でもそれ以下でもない)


 結婚相手が誰であれ、自分に課せられた役目は変わらない。王族に嫁ぐことは決定事項で、今回は相手が変わっただけだ。少なくとも、そのときのクレアはそう思っていた。

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