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その四十四、王子様な事情

 やっぱりカートには愛人がいたらしい。

 私だけでなく、私の両親とキリアの不穏な視線を一身に集めるカート。

 しかしどんな戦況でも勝って来た英雄は、不利であればあるほど頑張ろうとするのか、自分の目元に当てていた右手を外すと、顎をあげて堂々と胸を張った。


「閣下。機密に関する事ですので、まずあなた――」

「カート!!ちびちゃん達の雇い主が押しかけて来たわよ!!」


 千客万来だ。

 だけど、カートみたいに許可なくサロンに突撃してきたカートの姉、小説家らしいカサンドラに対しては、よくぞ来てくれました、だった。


「ありがとうございます!!カサンドラ様。リュイもアルも大丈夫ですの?」


「ええ、姉達が盾になっている。でも、誘拐と強盗で憲兵連れてやってきたの。それに、あの子達の持ち主のパトロンが王子様だったのよ。どうするの?」


 私は自分が持っていた花束をカートに押しつけて両手を空にすると、そのまま戸口へと駆けていた。

 私が向かってきたことでカサンドラは美しい顔を驚きだけに変えた。


「ミゼルカ様、どちらへ?」


「子供達を奪われてなるものですか!!リュイとアルを酷い目に遭わせた人達にあの子達を渡すわけは無いでしょう!!」


 私はそれだけ言って部屋の外へと駆け出していたが、そんな私の腕を引いたのがカサンドラだった。


「邪魔は――」

「こちらよ。アルが横になっている部屋にみんなで逃げ込んだの」


 彼女はカートではなく私を連れ立ってくれた。

 そして、私を信じてもくれたようだ。


「ごめんなさいね。早すぎる結婚であなたを台無しにしたくなかったのよ。だから、色々考えるべきだと思って色々あなたを否定する事を言ってしまったわ。弁解させて頂ければ、私の本をキラキラした目で買ってくれた少女が、結婚後に暗い目になってしまったのをいくつも知っているから。でも、カートがあなたに望む奥様像は、私達が考えていたものとは違うようね」


「どう違いますの?結婚は愛し合った二人がするものでしょう?」


「ええ、そうね。カートはそこに、夫の不在でも自分らしく生きて、夫がいれば働いて来いって夫のお尻を蹴り出せる、そんな気概を相手に求めているみたい。そしてカートはあなたの為に海軍に戻ることを止めたって言った。あなたがいれば、わざわざ南の海に出なくても世界が輝いているからって」


 私は転びかけた。

 カートが姉達に語ったその台詞が私の胸を撃ち抜いたから。


「私は何もしていないのに」


「あら。勇敢に駆け出しているじゃない」


「ありがとうございます」


「ふふ。あなたの悪い所は自分を卑下しすぎって所ね。もっと胸を張りなさい。大事な弟がどこかの海で人知れず沈むことが無くなったのは、ええ、あなたのお陰よ。私達はあなたを支持します」


「お姉さま。これからよろしくお願いします」


 私は頑張らなきゃと、溢れ出る涙を拭いながら走った。

 あの屋敷の女主人のパトロンがヘルマン王子ならば、ヘルマンの部下にあたるカートでは子供達を差し出すしかない。

 でも、ヘルマンのお母様であるクロイッツェラー様が孫娘同然に可愛がってくださっている私であるならば、あの子達を私が育てたいという望みを叶えて下さるかもしれない。


「まあ!!廊下が人で溢れているわ」


 アルに与えられていた部屋はホテル従業員用の部屋だったらしく、質素で狭い廊下には似つかわしくないそれなりのスーツを着た男達がひしめいている。

 私は一度足を止めると胸をはり、軽く髪の毛を整えた。それからその軍団がいる方へと向かって歩き出す。


「おどきなさい。あなた方。私はエバンシュタインです」


 男達は上位貴族に仕えているからか、簡単に身を引いて私へと道を作る。

 私は私の為に出来た道を進み、狭い部屋で起きていることを目にした。


 まず部屋に入って見えた光景は、屋敷にいた女主人と憲兵らしき制服の男二名、そして、煌びやかな衣装を纏った太り気味の男性の後ろ姿。

 つぎに、正面顔のカートの姉のアレクシアとブリュンヒルデだ。


 ただし、カートの姉達は闖入者に対して立って出迎えていない。

 ベッドに横に並んで座っており、二人はすまし顔でふくらみのある毛布をそれぞれの片手で押さえている、という状況だ。


 彼女達が押える膨らんだ毛布の中は恐らく子供達で、彼らが勝手に動かないようにとの処置であろう。

 アルもリュイも良い子過ぎて、自分達がもとの場所に戻れば、なんて悲しい行動をしてしまいますものね。


「わたくしの子供達に何か御用でございますの?」


 私が声をあげると、後ろ向きだった人達が一斉に振り返った。

 煌びやかな王子は私を見て、大きく自分の眉毛を持ち上げて目を丸くした。

 驚き顔はきっと私こそ、だったかも。


「まあ!!まあ!!カロル王子でございましたか。あ、いけない。ご挨拶がまだでしたわね」


 私はヘルマンの弟になる彼に腰を下げての挨拶をしながら、ヘルマンには有効な自分の立ち位置カードがカロルには使えるだろうかと悩んだ。


 カロル王子はクロイッツェラー様の息子ではない。


 ヘルマンまではクロイッツェラー様の息子であるが、カロルは愛人の息子であり、前王が死に際に彼を王子に認めたことで、クロイッツェラー様がハピュアー修道院に籠られたのである。


 血族を保持しなければいけないという命題があれど、元気な王子がすでにわらわらいるのだから愛人なんか作らなきゃいいのに。

 そう瞬間的に思った。


 カートとの結婚で愛人とか浮気について考えたことで、当時のクロイッツェラー様のお気持ちが理解できたし、不幸な子供達を知った事で王子と認められなかった場合のカロルの不安定な立場に同情できたのだもの。


 私は顔をあげる。

 改めてしっかりカロル王子を見つめて見れば、ヘルマンとは似ていない、と急に思ってしまった。

 亡くなられた陛下にヘルマンはよく似ているが、ヘルマンからクロイッツェラー様要素を抜いてもカロルと似た場所が無いとはどういうことだ?


 カロルの髪の整え方から体格などがヘルマンそっくりで、第一印象ではヘルマンかと思えるが、ヘルマンを知っている人間には全く別物でしかないのだ。


「あらミゼルカ様。この王子はヘルマンじゃなかったの?アレクシアお姉様を口説いたのはこの人よ」


 私の後ろにいたカサンドラが、子供のようにしてカロル王子を指さした。


「あら。ヘルマンでは無かったのですの?」

「お姉さま良かったわね。偽名を使って誘惑してきただなんて。そんな最低男に騙されなくて良かったですわ」


 私はベッドの方のカートの姉達を見返した。

 アレクシアがカロル王子に誘惑されていた?

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