その四十三、男って?
自分には愛人はいない、と父は慌てたようにして声をあげた。
母は嬉しそうに微笑み、手を伸ばして父ではなく私の手を軽く掴んだ。
慰めるようにして、一瞬だけ。
「お母様」
「私はお父様のような誠実な方と結婚できて幸せだわ。だから私もミゼルカにはお父様のような方をと望んでおりましたの。でも、やっぱり。ああ、エメット。あなたのような方はいないのですね」
「ほとんどの男が浮気をするのは、君のような女性に出会えなかったからだよ」
両親の愛情のこもったやり取りに、彼等の子供である私は喜ぶべきだろうが、私は悲しさばかりとなっていた。だって私は母のように美しくないから結婚相手が愛人を作るのは当たり前と、そう言われているようなのだもの。
私はこんなだから愛人を作る男性に我慢しなきゃいけないの?
「落ち込まないで、ミゼルカ。確かに愛があれば愛人など作らないよ。だけど、僕みたいに最初から地位も名誉もある者ばかりじゃ無いでしょう。世間体の為に愛人を作りたくなくとも作っている人もいるんだから」
「パパ?世間体?」
「悲しいけれど社交界ではね、愛人を持つ事が財力や己に男性的魅力があるという証拠、という風潮があるんだよ。まあ、その風潮に流される時点で、そいつは真実の愛も無ければ自分を持たない弱い男と言えるが」
「ええ、同感です。本当にその風潮は情けないと思います」
カート!!
私達はいっせいにカートへと振り返る。
そして私を含めた女性達に溜息を吐きださせた。
メイドに案内されながら私達の部屋のサロンに入って来た彼は、私の父にむけてなのか正装に近いスーツ姿であり、腕には大きな花束を抱えている。
その姿は誰もが夢見る貴公子、だ!!
そして彼が抱える花束は、よくある全部真っ赤バラで束ねたものではなく、白からピンク、ピンクから赤と、中心に向かって赤くなるグラデーションを作るように沢山のバラの花を束ねた、とっても素敵で豪華な花束だった。
花束は彼こそを彩るアイテムみたいだ。
誰もが溜息を吐くくらいに素敵な男性。
そんなカートは自分こそ自分の魅力を知っているのか、笑みを湛えたまま王様のように私のもとに真っ直ぐに来て、腕に抱く大きな花束を私に差し出した。
「え?」
カートは私にだけにっこりと微笑んだ。
私はソファに座っていて良かったって思った。
立っていたら花束を抱えたそこで倒れていたわ。
「許可も得ず入って来るのは不敬では無いか?」
「ああ、お父様」
「パパと。君は僕の大事な赤ちゃんなんだから」
やっぱり、だけど。
お父様は私を一人前どころか幼児にも見ていなかった、とは。
ぷす。
小さく吹き出した声?
「君!!」
「失礼しました。天使はこうやって作られたのだと思うと可愛らしくて。ですが、俺は彼女を女神に仕立てたい」
私は花束をぎゅっと抱きしめる。
だってカートは父に言っているようで私に向けて言っていたみたいに私には感じたのだもの。
私の反応にさらに笑みを深くしたカートは、姿勢を正すや侯爵である父に許される前に自らの名乗りをあげた。
「カート・ハインリッヒと申します。美しき勇敢なる乙女、ミゼルカ・エバンシュタイン様を妻にいただきたく参上いたしました」
「君はそのまま回れ右して帰れ!!」
「お父様!!」
私は慌てたが、カートは父の言葉に気分を悪くするどころか、まったく動揺を見せはしなかった。
「侯爵。俺が愛人を侍らせて自分の男性的魅力を自慢したい男だと思われますか?俺は我儘で、愛した女性しか腕に抱きたくない人間です」
カートは父に宣言したが、言葉を切った後すぐに私に目線を向けたので、これは私への返答なのだとわかった。
カートは愛人を作らないって私に約束して下さったのだわ。
でも、――いいえ、あなたの部屋に入ったという美女は誰でしたの?
私のカートに向ける視線が揺らいだ。
なのに私に向けるカートの笑みも視線も揺るがない。
「君はとてもきれいだ。どうして美人と聞いて自分と思わないのか不思議だ」
はふっと息を飲んだ。
私のお父様こそ。
「君は我が娘が自分から君の部屋に入ったと言いたいのか?」
「拾った幼児が女の子だったもので、ミゼルカ様に助けを求めたのです。そして、優しき彼女が子供をなだめているそこで、単なる付添いでしかない姉達が余計な事を言ってミゼルカ様を傷つけてしまった。本当に申し訳ない出来事です」
「ああ、本当に!!娘の評判は台無しだ!!いいや。君はそれが狙いなんだろう。娘を手に入れたいからと娘の評判を落としたな!!」
私はびくっと震えた。
それは、父の言いざまが酷いからではなく、カートが爆発したかのような大笑いを部屋に響かせたからだ。
やけっぱちになっちゃったの?
それとも、責任を取って結婚しなくて良くなったから嬉しくなったの?
「無礼な!!」
「無礼なのはあなたです。ミゼルカ様の評判が落ちただなんて、荒唐無稽なことをおっしゃるから笑ってしまいましたよ。落ちませんよ。誰に何をされても、どんな悪意を向けられても、彼女はいつだって変わらない。優しいままの素晴らしい女性です。ですから俺は彼女を愛した。こんな女は他にいない。渡して頂けないのならば、俺は奪うつもりだと、本日はその意思表明です」
「させるか!!お前から勲章も何も身ぐるみ剥いでやる」
「かまいませんよ。それでも俺は立ち上がる。きっと無人島に無一文で逃げても俺は幸福でしょう。自分のドレスでテントを作り、笑顔で自分を待ってくれる素晴らしき妻がいるのならば」
私は大事にしなければいけない花束を潰していた。
とにかくカートに抱きつきたかった。
それで花束が彼と私の間でぐしゃっと潰れてしまったの。
いいえ、私のせいだけではない。
カートこそ私を抱き締め返していた。
エメラルドグリーンのカートの瞳は、本で読んだだけのジャングルを思わす深い緑で、まるで私を新世界に誘うようにキラキラと輝いている。
さあ冒険に行こうと、私だけを見つめているのだ。
「無一文だろうと君を飢えさせない。永遠に君だけを愛すると誓う。俺と結婚して下さいますか?ミゼルカ?」
「え、ええ、かー」
「物凄い美女がハインリッヒ様の部屋に入った時刻は、わたくしたちが朝食を取っている時間だったとメイド達が申しておりましたわ。奥様」
「あらあら。口から出まかせをいくらでも言える男性って恐ろしいわね、キリア」
私の、お受けします、という言葉は、一瞬で消えた。
カートは私から右腕を外して、その手で目元を覆っている。
「美女って、あっちを美女と言ってたのか」
カートにとって美女は私一人と喜ぶべきか、やっぱり愛人がいたのだと落ち込むべきなのか。




