その四十二、パパはお怒り
婚約者予定の人は、伴侶は互いに助け合うものだと言った。
私はその言葉にとても感動したが、不在の片方を補うべき状況にたった一人で立たされたことで、一方的に守られる立場に戻りたいなと望んでしまった。
完全なる半人前扱いで構わないわ。
今の私は弁護人などいない孤立無援状態で部屋から引き出され、サロンにてお茶会な形でも両親とキリアに囲まれての弾劾裁判の被告人だ。
とりあえず母もキリアも、自分達は何も知らなかったを父に通すつもりらしい。
二人はすまし顔でお茶を飲んでおり、私を問い詰め始めたのは父一人なのだ。
「君が部屋で一人芝居して遊ぶ子だということはわかっている。それをパパには誤魔化したいから寝言だと言い張っているのも分かっている」
お父様は私がそんな痛い子だって思ってらしたんだ。
何となく虚しさが胸に沸いたが、ここはそれで通そう。
本当は男の人とベッドで二人芝居してました、なんて父が知ったら、きっと父は心臓が止まって死んでしまうかもしれない。
「え、ええ、そうなの。おとぎ話のお姫様の物まねをしていただけなのよ」
「そうか」
「そうよ」
「男性客用フロアで君が涙目で走りまわっていたのも、お芝居だったのかな?」
そうだ~。
そもそもカートが私の部屋に来た目的が、それを咎めるためだった。
「メイドの話では、君は幼い子供を抱いて泣いていたそうだな?一体どうしたの?パパに全部教えてくれないと、パパは君を守ってあげられないじゃないか」
滅多に動かない父が温泉街ファルマーにやって来たことも驚きだが、どうして私が大騒ぎした日に限って到着されるのだろう。
せめて明日だったら良かったものを。
「ミゼルカ?」
「ええと、ええと。ま、迷子になったの。迷子を見つけて迷子を案内しているうちに迷子になったから、め、メイドに案内してもらったの」
父はにこっと微笑んだ。
誤魔化せた?
「君が迷子になっていたのは男性客のフロアだね」
はひっ。
「ミゼルカ?君をそんなフロアに連れ込んで、可愛い君を泣かせたのは誰かな?そんなフロアに小さい子供がいたというならば、その男は人買いかな?パパはそんな人間は許せない。今すぐに憲兵を呼んでそいつを捕まえて牢屋に送りたい」
えっとお父様?
私が悪い男に誘惑されそうになった、ではなく、人買いに誘拐されそうになった、と考えてらっしゃる?
お父様には私が何歳に見えているのですか?
優しい父親が私に優しいのは、私のことを幼児にしか見えていないようだからと気が付き、呆然とするしか無かった。
だから私を社交デビューさせるとお母様が宣言された時、無理しなくていいんだよって、頭を撫でて下さって終わりだったの?
「ああ。本気で怖かったんだね。もう大丈夫。パパがその悪い人をやっつけてあげる。二度と君を煩わせないように、しっかりと、この世から退場させてあげるから大丈夫だよ」
「こ、この世からって、パパ?」
我が父、輝く金髪に空の青の瞳をしたエメット・エバンシュタイン侯爵様は、絵画に描かれた神か天使かと見まごう神々しいお顔で柔和に微笑み、私の意識が天に召されるぐらいな怖い台詞を言い放った。
「事故はいくらでも起きるものなんだよ。馬車に引っ掛けられて大通りでぼろ雑巾になるなんて、ざら、だ」
ガクガクガクガク。
お父様の親友のおじ様達が実は怖い方だったように、お父様こそとっても怖いお方だったの?
「ミゼルカ?こんなに震えて。そんなに怖い思いを!!ああ、我慢できない。馬は止めだ。水車に括りつけて死ぬまで回してやる!!」
「パ、パパパパ、パパったら、なんて怖い事をおっしゃるの!!ええと、何もありません。私に酷い事をされた紳士なんかおりませんわ!!」
「そうか。紳士か。紳士の仮面を被ったケダモノめ。あのフロアの逗留客は全員同罪だな。乙女の窮状に駆け付ける男気のあるやつが誰もいなかったとは。火あぶりだ。全員積み藁にぶち込んで燃やしてやる。生きてても役に立たないならば、死んで肥料になってしまえ!!」
「きゃあ、お父様。ちがいます!!淑女ですの!!ええと、女同士の出来事ですわ。ですから、お父様は何の心配もいりませんのよ!!」
父は私ににっこりと笑う。
私もにっこりと笑い返す。
父は私の両手を自分の両手で包むように掴み、私の気持を宥めるようにしてポンポンと指先で私の手の甲を叩く。
「ママに聞いていたとおりだ。君を虐めたのはハインリッヒの姉達か彼の愛人なのだな。全く。若造がいい気になって」
私は違うと言いかけて、言えなくなった。
愛人?
「お父様。カートには愛人がいたの?」
父ははっとした顔付となり、瞬時に脅えた風に母へと振り返った。
私自身はそこで怖いと身を縮めた。
だってお母様ったら、上品にお茶を飲む上半身を一切揺らさずに、物凄い速さで父の足首を蹴り込んだのよ。
物凄く恐ろしい事を出来ると言ってたお父様を!!
「ひいいいい」
「ああ。こんなに傷つけてしまった。で、でもね。今知って良かったんだよ。愛人を連れまわしながら君を誘惑するなんて不誠実な男、パパは反対です」
「あ、愛人ではなく、お姉さま方のどなたかでは?」
父は再び母に振り返り、母もキリアもうんざりした様に首を横に振った。
そして、私が知りたいことを教えてくれたのはキリアだった。
「物凄い美人がハインリッヒの部屋に入っていったそうです。ホテルメイド達はあの三人の魔女とは違うと申しておりました」
「うそ。でも、カートは私が好きだって」
「ミゼルカ。殿方はね、女性の数だけ好きと言えるのよ」
「クラーラ!!僕は違うぞ」
父の声はかなり上ずっていて、私は父に対して、うわ~、ととっても冷めた感情を抱いてしまった。
「男の人って汚い」
「ち、違います!!パパはそんな人いません!!ママだけです!!」




