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その四十一、彼は悪い船乗りだった?

 私は悪い船乗りに捕まってしまっている。

 ベッドに仰向けに寝かされて、その私が逃げられないように体の大きな男性が私に覆いかぶさって檻となっている、という乙女には緊急事態な状況だ。


 なのに怖くはない。

 それどころか勝手に信用している。

 彼は私を脅えさせようとしているだけで、私には絶対に何もしない、と。


 こんな風に信用してしまうのは、彼が自分の両腕で自分の体を支え、私に覆いかぶさっていても彼の体のどこも私に触れないようにしているからであろう。


 でも、ついさっきの彼の台詞で、私の彼を見る目は変わった。

 変えるべきだと自分を叱咤した。


 だって彼は、私を食べたいぐらい、何て言ったのだ。


 食べたいぐらいに可愛い、比喩で良く使うわ。

 だけどカートは、本気で食べてしまいそう、という感じだった。


 カートのその台詞を聞いた私は、そこで海軍元帥らしいエルンストおじ様のセリフを思い出してしまったのよ。


 思い出したら、カートが怖い、なんてどころじゃない。

 びくびくだわ。


「カート。おっしゃる通りにいたします。け、警戒心を大事にします。だから食べるなんて考えるのはおよしになって。海の上じゃ無ければ、さ、殺人罪でカートが捕まってしまいます」


 カートから怖い雰囲気が一瞬で消えた。

 それどころか、記憶喪失にでもなった人みたいにして、部屋の天井を見上げたりし始めたのである。


 さっきよりもなんか怖い、とカートを見守る私。

 トンボみたいに頭をグルグル回してるカート。

 脅えた私は彼の名を呟き、彼は再び私にその顔を戻す。


「俺達は何の話をしていたかな?」


「ええと。カートが私を食べたいって。でもあの、ここはお船じゃ無いでしょう」


「そうだね。頭の中は変な船に乗ってしまった感じだがね」


「まあ!それは船の中が恐ろしい所だったから思い出したってことですの?ええ、ええ。何でもおっしゃって。私はエルンストおじ様に教えていただきましたの。お船で食料が無くなった時はくじ引きでお肉になる人を決めるって。だから、悪い船乗りに捕まったら食べられちゃうぞって。恐ろしい話ですわ。それでカートが私を食べたいなんておっしゃるから、あの、私は」


「……その糞くだらない冗談を純粋な君に披露したエルンストおじ様って、もしかしなくても、我が海軍元帥のエルンスト・ブラートフィッシュ侯爵かな?」


 私がうんうんと頷くと、カートは大きく溜息を吐きながら倒れ込んだ。

 ええと、ベッドと彼の間には私がいるから、私は彼に潰されてしまった、わね。

 でも今度こそカートの全体重が私にかかっているのにぜんぜんカートが怖く感じないのは、カートが完全に魂が抜けたみたいに脱力しているからかしら。


「か、カート?あの、ハインリッヒ、様?」


「本当に俺は君と沢山語り合う必要がありそうだ」


「まあ!!嬉しいわ!!私を相棒みたいに信頼してくださるのね!!」


 私は物凄く幸せだと思った。

 胸の中でたくさんの鳥たちが羽ばたいている、そんな感じでドキドキフワフワしている感じ。

 だって、出来ない子、守らなきゃいけない子供、その程度にしか誰にも見られていなかった私を、カートだけは一人前以上に見てくれるのですもの。


 あ、でも、そういう風に私を見てくれるのは、私が婚約不成立を望んでいて結婚をする事ばかり考える女性と違うと思ったからかしら。

 でも、でも、今の私は夢見る結婚にはカートしかイメージできないのに。


「あの、カート。私がもう婚約不成立を考えていないって言ったら、あなたが私を一人前に見てくれることが無くなるのかしら」


「そうだね」


 私の心の中の鳥は一斉に死んじゃったみたい。

 心臓の鼓動も止まったのかも。

 そしてカートも私が死んじゃったことに気がついたのかしら。

 だって、私の胸からカートが顔をあげたのだ。


 絶対に気付いていたわ。

 私にカンフル剤を与えてきたのだもの。

 彼の顔は私の心臓を動かすどころか破裂させる笑みで輝いている。


「カート」


「君も俺が半人前だと思うだろう。だがそれでいいんだ。伴侶って、二人で一人、協力し合って家庭を作るものだろう?」


 協力し合って?なんて素敵な言葉!!


 世界がぱあああって広がった気がした。

 私はダメダメでもそこは卑下しないでカートに頼ればいいだけで、それでカートは自分の駄目なところとかを私に助けて欲しいって事を言ってるのだもの。


 素晴らしい、ボン、ボン、よ!!

 私の頭の中は花火がたくさん打ちあがってた。


「あなたは何て素敵なの!!」

「ミゼルカ!!誰と喋っているんだ!!そこに誰かいるのか!!」


 私がカートに抱きついたちょうどそこで、私の部屋のドアが大きく軋んだ。

 部屋の外から大声をあげたのは、いつもは優しい声しか出さないお父様!!


「ま、まあ!!カート」


 カートは彼にしがみ付いたままの私をそっと抱き締め返した後、私の額に軽くキスを与えて囁いた。


「一度撤退する。醜聞によって君が仕方なく結婚するしかなくなるのは俺が嫌だ。君には俺と結婚したいから結婚して欲しいと望んでいる」


「はわ」


 私は言葉を失った。

 そうして私から言葉と思考を奪った男は、私のベッドの中の幼子を抱きかかえると私のクローゼットへと潜り、そのまま私の部屋から出て行った。


「ミゼルカ!!大丈夫なのか?」


 ええ、大丈夫。

 でもカートが出て行ってから頭が動いて気が付いたのだけど、彼は私を置いて一人で逃げた?

 私は父に叩かれて軋む部屋のドアを見返す。

 ええと、私が一人で父に色々と説明しなくちゃいけないのかしら?

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