その三十七、自分の無力に歯噛みするだけ?
着替えが終わった私は、自分で自分の評判を台無しにしていた。
アレクシア達からリュイを奪い返すと、靴も履かない裸足のままカートの部屋を飛び出して、適当なホテルメイドを捕まえて自室へと案内させたのである。
こんなことをするなんて子供だと、自分で宣伝してるも同じ。
だけど耐えきれなかった。
着替え中のカートの姉達の会話に。
アレクシアは独身ながら、いや、独身だったからこそ幼児に興味津々だった。
赤ちゃん言葉を使いながらリュイを宥めて彼女に服を着せていく姿は、初めての子の育児を楽しむ従姉の姿を思い出させた。
それを微笑ましく思うどころか、私の胸はなぜかきりっと痛んだのだ。
リュイは私のものだわ、なんて。
リュイは物でもないし、犬猫ではない、というのに。
そんな私のろくでもない視線を遮るように金髪と茶髪の二人組の背中が立ち塞がり、さらに私を苛立たせた。
「あら、お姉さまの所はこれからでしょ。我が家の夫は高齢じゃないの。もともと子供を望めない我が家だもの。私の子供としてリュイを受け入れますわよ。さあ、おいで。あなたはブタやロバは好きかしら?」
「まあ姉さん達ったら。リュイに夢中ね。では、アルって子を私が引き受けるわ。カートが言うには独立独歩な性質の子らしいじゃない。私の家で引き取って簡単な仕事とお給料を渡して学校に通わせるべきだと思いますの」
「何をおっしゃってるの!!二人を離れ離れにさせるなんて許せません!!」
私は乱暴にカートの姉達をかき分け押しのけ、三人の美女達の手の中にあった大事な幼児を奪い返した。
私に抱き上げられたリュイは、嫌がるどころか自分こそ両手を伸ばして私の腕の中に入り、私の胸元の布を掴んで私の腕の中できゅっと固まった。
リュイは生育環境の為か年齢の割に言葉が少ないが、ほんの数時間一緒にいるだけでこの子がそれなりに賢いという事は私にはわかっている。
「リュイ。私はあなたを手放さないから安心なさい。ぜったいにぜったい、アルとあなたを離れ離れになどさせません」
「ミゼルカ様?あなたはまだお若いわ。そして、ご両親の庇護ありきというお立場でしょう?親御さんが認められなかったら、アルもリュイも簡単に取り上げられて適当な場所に追い払われるのよ。私達による離れ離れとは違うの。私達のそれぞれならば、従兄妹同士のように生育できるでしょう。でも、あなたの家での離れ離れはね、生き別れ同然よ」
アレクシアは思いやりのある表情で、私の心を抉る未来を私に知らしめた。
彼女こそ現実的にアルとリュイのこの先のことを考えているのだろう。
ええ、そうよ、彼女の言う通りでしょう。
私が過去に拾った猫や血統書の無い犬のようにして、領地の猟番か子供のいない農家に二人は養子に出されるだろう。
私がリュイを育てるなんて宣言したら。
だけど、リュイは犬猫なんかじゃない。
だけど、絶対に奪われる。
だって、私は未成年で何の力もない未婚女性なのよ。
犬猫達の時だって、私には育てられないって理由だったでしょう?
私はあの子達だって自分で育てたかったと、何日も何日も泣いてしまったのではなくて?
「ミゼルカ?ないない」
頬に小さな指を感じた。
私は涙を零していて、それをリュイが拭ってくれたのだ。
その上リュイのもう片方の手は、私から離れまいと私をぎゅっと掴んでいる。
私はそこで思考が全部消えてしまったのだと思う。
真っ白になった私はリュイをしっかりと抱き直し、そして、前述通りににカートの部屋を飛び出したのだ。
今の私?
自室に籠り、荷造りをしているわ。
雨が止んだらリュイを連れてホテルを発つ。
まずは、ハピュアー修道院へと向かい、クロイッツェラー様に面談し、そしてそして、リュイとアルの後見を私が出来る方法を探るの。
「何をしているの?君は!!」
あなたこそ何をしているの!!
私のクローゼットに突如出現した人に、私こそ悲鳴を上げそうになった。
どうして私はクローゼットの隠し扉について忘れていたのかしら!!
「ミゼルカ?君は何を考えている。姉と一緒だったと君の評判を守るつもりが、涙顔で俺の部屋から子供を抱いて逃げ出したと大騒ぎになっているじゃないか」
「だから、荷造りしているの!!全部含めてクロイッツェラー様に相談するの。私がアルとリュイを離れ離れにしないで育てるにはどうしたらいいかって」
「俺は君の相談相手にならないか?」
「あなたこそ私をのけ者じゃないの。私が頼りないからって、全部お姉様達と取り決めていらしたなんて悲しいわ」
「ああ!!俺こそが姉達を撃ち殺したい気持ちになる日が来るとは!!」
「え?」
不穏な事を口にした男は、私をさらに不安にさせた。
カートは私がしておくべきだったこと、クローゼットの奥の隠し扉が開かないように内鍵をかけるを私の目の前でして見せたのである。
それからクローゼットから彼は出てきたが、腕にピクニックに良さそうな大きな藤籠を抱いているという姿だ。
「カート?」
「空腹はろくな思考にならない。まずは腹ごなしをして、それから俺達は相談し合いたい。いいかな?」
相談し合いたい?
私は単純かもしれない。
馬を並ばせてホテルに向かったあの時間、あの相棒めいた時間に私は気持がもどったのだ。
カートに信頼されていると感じ、自分がとっても誇らしかったあの時間に。
「もちろんよ。私こそあなたと話し合いたいと思っていたの」
カートの笑顔って、どうしてこんなにも破壊的なの?
膝が崩れそうだった。
話し合おうと私に言ったはずの彼は、笑顔のまま私の部屋にずかずかと入り込み、私に何も尋ねずにベッドの上に籠を置いた。
そして彼へと駆け寄ったリュイを、彼は当たり前のように抱きあげて私のベッドに腰を下ろす。
「ミゼルカ。君も座って。君は朝も昼も食べていないだろ?リュイも、な?厨房で簡単なものを貰って来た。食べようか?」
私の胃はきゅうと鳴き、カートに反発するどころか素直に従ってしまった。
だって、キッシュもハムも小さなリンゴたちも美味しそうだけど、蕩けたチーズが上に乗った小さな焼き立てパンで頬の奥がきゅっとするばかりだもの。
ほかほかと湯気が立って、食べてって誘ってくるのよ。
「さあリュ……イ?」
小さなリュイこそ私よりも冷静のようである。
でも違和感ばかり。
だって彼女は幼子のはずなのに、魅惑な食べ物に抗うようにしてぎゅうと目を瞑り、食べ物から逃げ出したい風に顔を背けて縮こまっているのだ。




