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その三十四、天使は男を腑抜けにした

 俺は自分に必死にしがみ付いた少年を抱き直しながら、清々しすぎる気持で笑いが止まらなくなっていた。


 俺の笑顔が素敵すぎる、だと?


 単なる褒め返しであるのだが、邪気の無い人間からの賞賛の言葉は純粋に心に響いて俺の心を癒していた。

 自由であった世界から英雄と言う名で王国に呼び戻され、英雄と言う名の黄金の檻に閉じ込められているという鬱憤。

 俺はずっと海原に逃げ出したかった。


 それなのに、今は海原になど行きたくはない。

 ミゼルカの褒め言葉でそんな鬱屈した気持ちが消え、ミゼルカのこの可憐で楽しい様が変わってしまわないようにこの地に留まりたくなったのである。

 俺は楽しい気持ちなりながらアルを抱いて馬に乗り上げ、そこでミゼルカに声を掛けようと振り返った。


「ごめんなさい」


 彼女はまだ馬に乗ってはおらず、馬の手綱を握っているだけだ。

 しゅんとするんじゃない、俺が自分勝手なだけだ。


「なぜ君が謝ります?間抜けな俺を間抜けだと罵りなさい。今すぐに手を貸すから心配いらない。アル、少しだけ頑張って馬に乗っていてくれ」


「い、いいえ。違います。一人でちゃんとリュイと乗れます!!」


 ミゼルカは慌てたように言い、そして自分の言葉通りリュイと馬に乗った。

 それから普通に馬を歩かせたが、俺は落ち込んでしまった彼女が心配だ。

 もしかして、俺が彼女を脅したり揶揄った事を思い出したか?


 あるいは、そうだ、俺達は婚約不成立を友好的に成立させる共通認識のまま行動していた同士であった。

 仲良くなり過ぎた雰囲気では、婚約不成立が出来ない、そう考えたか?


 確かに、俺は婚約不成立する気はさらさらない。

 そうだ、婚約を成立させる気ばかりならば、ちゃんとフォローしなければ。

 しかし俺の頭には言葉など一つも浮かばず、会話の無い俺達の周囲では馬の間抜けな蹄の音だけが立つ。


「俺の何が気が障ったんだ?」


 なんだその言い方は?俺!!

 しかし天使は天使だったからか、普通に言葉を返して来た。

 あるいは、俺に興味無いだけか?


「気に障ることなどありません」


「気に触っていた方が良かったな」


「私に嫌われた方がよろしいと?」


「そこいらの石程度の認識よりも、積極的に嫌ってくれた方が自惚れられる。ああ、俺を意識しているんだなってね」


 積極的に俺から逃げようとしていたミゼルカは可愛らしかった。

 俺はそれで彼女を揶揄い過ぎて、それで実は本気で嫌われていた?

 あ、本気で嫌いを表に出されても困るな。

 そうだそうだ。

 せっかく忘れていた俺への嫌悪を思い出された方が厄介だ。


「言い方が――」

「ええ。変な言い方をしてしまいました。私っていつもそう。社交界で望まれるような言い回しができません。それで先程も笑って誤魔化してくださったのでしょう?」


「変?どこが?俺が笑っていたのはね、本気で心からだよ。君に褒められて天にも昇る気持ちになったから、自然と笑いがこみ上げていた。それだけだ」


 ミゼルカは、人間はどこまで赤くなれるのか、それに挑戦しているようだった。

 ついでに、どこまで硬化できるのか、も。

 真っ赤でコチコチになってしまった彼女は、手綱をぎゅっと握った。


 こらこら、今は二人乗り中、だろ?


 馬が暴れたらと不安がいっぱいになった俺は彼女を見つめるしかなくなり、数十秒後に彼女は、ふうと溜息を吐いて体から力を抜いた。

 俺も安堵でふうっと溜息を吐く。

 俺こそ息を止めて硬直してたとは。


「俺は天使さんの言葉がきれいで好きです」


 アルよ、お前がなぜミゼルカを口説く?

 抱いている君を馬から落としてしまおうか?


 俺は大人の会話に口を挟んだアルが疎ましくなったが、そういえばミゼルカこそまだまだ子供であったと俺に思い出させた。

 邪な気持ちを抱いた俺こそ汚らわしいのだ。

 アルに対してミゼルカが素晴らしい笑顔を向けたことに、俺が一々腹立たしく感じることこそおかしいのだ。


「ミゼルカでいいわ。アル。リュイもそう。ミゼルカと呼んでいいのよ」


 リュイはミゼルカへと顔をあげる。

 泣きすぎて真っ赤に擦り切れた頬と瞼であったが、彼の笑顔は泣いていた事を忘れるようなものだった。

 そんな彼の頬に、水滴が一粒ぽつっと落ちた。


 ミゼルカが泣いたのではない。

 雨だ。


 ぽつ、ぽつと、俺達を雨粒が打ち始めた。


「ミゼルカ。馬の脚を早められるか?」


「大丈夫です。でも、アルの為にあなたはバラクを駆けさせて。私は安全第一を守ります。ご安心なさって先にいらっしゃってください」


 俺は腕に抱く少年の体の状態と今の地点からホテルまでの往復を頭に描き、奥歯が砕けるぐらいに歯を食いしばった。

 今のアルは雨に耐えられない。

 ミゼルカの提案通りが一番だ。


「すぐに取って返す。君は銃を使えるはずだ。そうだろう?」


 ミゼルカは両目を真ん丸に見開いてから、こくんと頷いた。

 俺はジャケットの下に隠していた銃を取り出すと、それをミゼルカに手渡す。


「使い方は教えていただきましたが、使った事はありません。誰かが撃った鴨もうさぎも食べられるのに、私は自分で撃つことはできないの」


「いいんだよ。それで。銃は相手を脅して時間稼ぎするための道具だ。いいね。すぐに戻る。君は俺に再会するまで自分を守ってくれ」


「わかりました。早く、早くいらっしゃってください!!」

「俺は大丈夫ですから!!」


「もう黙れ!!」


 俺は腕の中のアルに言ったのだが、ミゼルカまで口をきゅっと閉じてしまった。

 彼女の閉じた唇は可愛らしかった。

 俺は上体を伸ばし、ミゼルカの唇に自分の唇を当てていた。


 一瞬だけ。


 それから、バラクに喝を入れた。


「さあ、悪魔の本領発揮だ。砲弾よりも早く走れ!!」

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