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その三十三、天使が本領発揮

 美女を抱く俺が愛馬と駆け付けつけた場所は、森の中に隠すように建つこじんまりとした佇まいの屋敷だった。

 恐らくは愛人を囲む場所であるのだろう。

 あるいは、商談のおまけのようにして女性を提供する、そんなどこにでもあるが純粋無垢な女性からは隠さねばならない場所だった。


 そして悲鳴の主については、さらにミゼルカに教えるべき存在では無かった。


 この世は一生働いて死んでいくだけの階級が存在する。

 幼くとも糊口をしのぐために働かねばならない。

 孤児となった子供が救護院に収容される方が幸運で、そうでもない子供は道端で餓死するか子供であるからできる仕事をして生き延びねばならない。


 力が弱い幼い子供に与えられる仕事は、体が小さく無ければできやしない煙突掃除である。

 暖炉に放り込まれた子供は煙突を上り、煤などのつまりを自分自身の体で払って行くのである。

 恐ろしいのが、子供がいるのに暖炉に火を入れるところだ。

 逃げ道を封じられて焼け死ぬぞと脅されれば、どんなに幼い子供だって煙突を必死に上って行く事だろう。


 死んだところで親の無い子供はこの世界にはたくさんいる、そういう考えだ。


 それでも俺はこの悲劇をミゼルカに見せてしまった失態について後悔しながらも、駆け付けられて良かったと安堵出来たこともある。

 そんな悲劇の中の二人の子供を助けられたからだ。


 さらに良い情報として、今回焼け死んだのは幼い子供ではなく、その子供が家族がわりに可愛がっていたイタチの子であったことである。

 いつも胸元に入れていたイタチを見咎められ、燃える暖炉にそのイタチを投げ込まれてしまったと聞けば、その子には哀れこの上ないが。


 しかし俺とミゼルカが聞いた悲鳴は、イタチを殺された時の悲鳴ではない。

 その時点で子供は成すがままであった。

 その子が悲鳴をあげたのは、その子を庇った少年が殴られた時である。


 イタチを殺された子供は、自分を庇った少年が倒れたその時、生まれて初めてぐらいの悲壮な叫び声をあげたのだ。

 全てを諦めていたはずの幼子が、生き返ったようにして叫んだのだ。


 俺は子供に鞭を振るった男を殴りつけた拳を誇らしく思いながら、完全に伸びて地面に横たわってる男へと蔑みの目を向けた。


「あの、おれ……達は」


 俺の腕にはミゼルカではなく、男に殴られた上に年少の子を庇い鞭まで背に受けた子供がいる。

 俺はすぐに医者に見せねばならない子供を抱き締めながら、この状況をどうしようかと悩んでしまった。


 俺の馬は頑丈だが、この四人全員を乗せては無理だ。

 俺が腕に抱く少年は十二歳らしいが、やせ細っていても身長もあり骨格がしっかりしているためか体重もある大きな子なのだ。


 ミゼルカにこの子供を渡して馬でホテルに戻って貰うわけにはいかない。

 俺がこの子供をホテルに運んでいる間、ミゼルカを一人にしておくことこそ出来るはずのないことだ。


「心配なさらなくとも大丈夫よ。皆でホテルに戻りましょう!!」


 幼子を抱いていたミゼルカは、彼女こそ司令官と言う風にして俺に微笑んだ。

 そうだな。

 二人をバラクに乗せてから、アルを馬上に上げればいいか。


「カート。ちょっと、リュイをお願いしていいかしら?厩にいる馬を私が引きだしてきます。アル、もう少しだけ待っててくださいね」


「うま?」


 俺は屋敷の端に厩があったなあと今さらに気が付き、リュイを再び地面に下ろしたミゼルカがその厩へと駆け出していく後姿を黙って見送ることとなった。

 手伝おうなど考えもしなかった。

 視界の中でてきぱきと馬に鞍を付けているミゼルカの姿は、手伝うなどと声をかけることこそ彼女への侮辱で邪魔にしかならないと俺に教えている。


「すごいな。俺の部下よりも鞍付けが上手い」


「ほんとに、すごいです。天使が飛んできたと思いました」


「本気で飛んだね。俺の方が度肝を抜かれたよ」


 ミゼルカは現場に到着するや否や、誰にも状況を聞かないうちに動いていた。

 ぽーんと馬から飛び降りて、叩かれている子供を庇いに走ったのである。

 もちろん、か弱き彼女に出来る事は、子供を抱きしめて自分が盾になることだ。


 だが彼女の行動は、俺を感動させるには十分だった。

 彼女を邪魔だと鞭を振り上げた男に対し、鞭が彼女に振り下ろされる前に俺の拳でそいつを排除していたのも当たり前の行為だ。


 天使は守らねばならない。

 それでの今や、という状況なのだが。


 俺は屋敷を見上げると、屋敷に逃げ戻っている家主の女がカーテン越しに女中と一緒に俺達を伺っている様子が目に入った。

 彼女は自分達は悪くない子供が全部悪いと、べらべらと事情を語り、その後は屋敷へと逃げ込んで震えているのである。


 さぞ怖い事だろう。

 実際は彼女達の行為こそ当たり前で、使用人の躾に横から口を出した俺達こそ異物で常識外れ、と言うものなのだから。


「ご、ご迷惑をおかけしました。で、でも。俺達は行き、行き場所がないし」


「俺は最近新しい会社を作ったばかりでね、そこで使い走りが出来る男の子を探している。怪我が治った後は心配するな」


「でも、俺は医者代が払えませんって、いた」


 俺は腕が疲れたという風に、アルを抱く両腕を揺すったのだ。

 振動はアル少年の怪我に響き、アルの小煩い口を閉じさせた。


「子供は余計な事を考えるな。君達は既に俺の保護下だ。大船に乗った気でいろ」


「素晴らしいわ。では参りましょうか。リュイも安心なさりませ。私達はちゃんとあなた方を守りますわ」


 ミゼルカが鞍を付けた馬を連れて戻って来ていた。

 小柄で葦毛の馬は白に近く、この館の主人への愛人からの贈り物だろう。

 けれど、そんな薄汚れた背景など関係なしに馬は美しく、しっかりとした色合いの自分を持っている美しい人間をさらに彩る存在となっていた。


「きれいだ」


「ええ。とっても素直で可愛い子ですのよ。余りお待たせしなかったのはこの子のお陰ね」


「その子も天使の救いが来たと思ったのだろう」


「え?」


「俺がきれいだと言ったのは君へ、だよ」


 俺は美しい婚約者に微笑み返す。

 尊敬のまなざしを込めて、だ。

 だがミゼルカは俺からの賞賛の視線を喜ぶどころか、今までの令嬢の威厳をすっかり無くして、真っ赤になって照れてしまったのである。


「どうかしたのかな?」


「どうかにもなります。笑顔が素敵すぎます」


「え?」


「あ、あの、あなたはご自分が素晴らしすぎる外見だという事をお忘れですわ」


「わあ、大将!!」


 俺は力が抜けすぎてアルを落としかけたようだ。

 本当に天使の攻撃力は留まることを知らない。

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