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その二十八、凱旋のはずが座礁してた

 カートは昨夜の出来事を思い出し、敵戦艦を沈めてやった時のような高揚感のまま右手に拳を作った。


 彼が気に入って婚約者へと望んだ少女は、子供部屋を出たばかりの十代だ。

 彼自身の自由をあと数年約束できるほどに若い上、数年後の成長ぶりを期待できる素晴らしき外見に、彼が彼女でなければと思う気性が備わっている。


 海軍という男所帯で生き死にばかりを経験していた彼としては、幼い少女との会話は失われた十代を取り戻すようでもあり、純粋無垢すぎる彼女を守ることが汚れて擦れた彼自身を浄化してくれるような気もするのだ。


「いいや、違うな。この俺が純粋にあの可愛い子にぞっこんなんだ」


 カートは自分の独り言を恥ずかしがるどころか、さらに口角を嬉しそうにあげ、彼が心惹かれる少女の事を思い浮かべる。


 ミゼルカは殺人を目撃したそこで悲鳴を上げて逃げるどころか、何も見ていなかったを通して殺人者から逃げようと試みたのだ。

 その行動の意外性に小気味よさを感じた彼は、まず彼女を手放し難くなった。

 そして前夜祭でカートに見せた負けん気は、カートをただただ喜ばせた。


 カートは女性を守りたいと考えるが、始終機嫌を取らねば萎れてしまう女性など、うんざりするばかりで守るどころか関わりたくないと思ってもいるのだ。


 カートの口元はさらに深い笑みを作った。

 彼は彼の心を完全に掴んだミゼルカの振る舞いを思い出したのだ。


 彼女はメイドに化け、カートを探ろうと動いたのである。


「あれは可愛らしかった。顔を恥じらいで真っ赤にしながらも、自らの潔白の為にスカートの裾を捲ったそのいじましい姿」


 カートは知らず知らずのうちに自分の右手で胸を押さえており、その行為が芝居での夢見がちな主人公が恋に落ちたと振舞う仕草そのものだと気が付いた。

 そこで彼は自分を情けないと笑った。

 完全に幼い少女に魅了されてしまっているではないか、と。


「可愛いあの子には何を贈るべきかな」


 カートは呟きながらベッドに再び寝転がった。

 シャワーを浴びたばかりの彼は、裸の体にガウンを纏っただけである。

 彼は朝食の為に服を着なければと思うが、洗濯糊で襟を硬くされたシャツを羽織り首元にスカーフを巻かねばならないことがもはやウンザリだと自分に認めた。


 カートは貴族に混じっての毎日が堅苦しくも感じているのである。

 彼が愛する世界は、海風と青い海、それだけだ。


 けれどそんな彼が瞼を瞑り彼が愛する世界を夢想すれば、今までとは違った風景が広がって彼の思考を奪うのである。


 そこには海風と青い空だけではない。

 南国の花々で飾られた小鳥のような元気な美女が、まるで船を沈めるセイレーンのようにして彼に両腕を広げるのだ。


「う~ん、ルビーかな、あの子は。いや、サファイヤの方が似合うか?」


「あなたと瞳と同じエメラルドがよろしいと思いますが、贈り物について考える必要もない状況になりました。船は座礁です」


 カートは両目をパッと開くと、音もたてずに彼の直ぐそばにまでやって来た闖入者を睨んだ。

 その睨みは一秒も続かなかったが。

 彼の年上の親友がそこにいたのである。

 彼の地毛と同じグレーの髪色をしたカツラを被り、胸を膨らませて女性もののドレスを見事に着こなした、彼、が。


 その女装した男は、自分の恰好など無頓着と言う風に、カートが横になっているベッドにどさりと座った。


「どういう状況だ?座礁?」


「あなたは姉達を甘く見すぎですよ。彼女達は弟の幸せを考えるからこそ弟に無条件で味方などしない、と考えるべきでしたねえ」


「だからどういうことだ?」


「まず、俺からドレスを脱がしてください。ブリュンヒルデとカサンドラが俺とアレクシアの仲立ちをしてくれたが、その礼が王子を誑した女装を見せろでしてね、アレクシアの一番脱ぎ着がしにくいドレスを着せ付けられました」


 アランは自分の背中を右手の親指を立てて指し示し、アランの背中に小さな貝ボタンがぎっしりと並んでいることにカートは忌々しいと溜息を吐く。

 カートはベッドからむっくりと起き上がり、アランの背中へと手を伸ばした。

 自分こそ罰ゲームをさせられている、そんな気持ちで彼は親友の背中の小さなボタンを外してく。


「着るのも大変だっただろう?」


「アレクシアがボタンを嵌めてくれましたよ。そして、全部のボタンが嵌った事で、許せないって怒りだして。ほんっと、混乱しか生みませんね、君の姉達は!!」


 全部のボタンが外れるやアランは立ち上がり、豪快な仕草でドレスを脱いだ。

 それから彼は当たり前のようにしてカートの衣服を手に取った。


「俺の服」


「まだ沢山あるでしょう。俺は自分の無力さに落ち込んでいるので、このぐらい」


「だから、何があった?」


 カートの服を着こなした美青年は、頭にかぶっていたカツラをカートに向かって投げ付けると、部屋の戸口へと歩いて行く。


「おい!!」


「詳しくはお姉さま方に聞いてください。婚約が不成立となった顛末について」


「おい!!」


 カートは慌ててベッドから飛び出したが、時すでに遅し。

 アランはカートの部屋から出て行った。

 扉を開けても情報兵のアランの姿が廊下にあるとは考えるまでもないが、カートはアランを追いかけた勢いのまま部屋のドアを開けた。


 開けるんじゃ無かったと、カートは一瞬で後悔したが後の祭り。


 カートの部屋に、カートが呼び出したが自分の部屋には招き入れたくなかった美女三人、彼の姉達が雪崩れ込んで来たのである。


「私は反対ですからね!!可愛いだけのお人形はあなたには合いません!!」


「そうよ。若くたって反骨精神があれば見どころがあるというのに、母親の言いなりなだけなお嬢様じゃないの!!」


「しもじも、よ!!私達を下々なんて言い切った人達と縁続きなんてごめんですからね!!私の小説に書いてやる!!傲慢侯爵夫人を赤裸々に!!」


 カートは自分自身を罵った。

 姉達のことは知っていたのに、どうして呼び出してしまったのだろう、と。

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