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その二十九、女の戦いは裏でこそ、と知る

 百戦錬磨の女性とは恐るべきものだ。

 私は部屋に戻った後の母とキリアに驚かされていた。

 凛とした侯爵夫人と気位の高い侍女であった二人が、部屋に入るやまるで寄宿舎の少女達みたいに歓声をあげ、手を叩き合って笑い合い始めたのである。


「お、お母様。私とカートの婚約不成立が、そんなにも嬉しいお話ですの?」


「まあ!!お嬢様は本当に可愛らしい。違いますよ。ご覧になってわかったでしょう?あの三人の女達。絶対に結婚生活に口出ししてきそうな邪魔者じゃないですか。それが、今回のことで、お嬢様は彼女達に言ってやれるのでございますよ。お黙り、と」


 悪辣そうな喜び顔でキリアは私に言い聞かせてきたが、私はキリアの言っている意味が良く分からない。

 どうして今回のことで、カートのお姉様達に、黙れ、何て言えるようになるの?


「もうもう!!本当にかわいい子。私の娘とは思えない砂糖菓子みたいな子だわ。いいこと。ミゼルカ。侯爵家がハインリッヒを娘婿に値しないと見做したの。我が家がそう決めたのならば、どの家もハインリッヒから扉を閉ざすのよ」


「ど、どうして!!彼と結婚したい女性は多いわ。私とカートが婚約不成立だと知ったら、喜ぶばかりではないの?」


 キリアと母は、可愛い、何て言って笑いだした。

 私はそんなおかしなことを言っているの?

 だって私を虐めて来たケイトリン達なんて、絶対に絶対にこれをチャンスにしてカートに取り入るのではないかしら。


「お嬢様。あの意地悪娘が施しを喜ぶとお思い?あなた様が婚約者ならば奪いに来ます。ですが、あなたが捨てた者を拾うことはプライドが邪魔をして出来ないものなんでございますよ」


「うふふ。私が捨てたそれでいいの?なんてあなたに言われたら、プライドは粉々ね。ハインリッヒの婚約者となったら、あの小煩い小姑に散々口出しされてしまうでしょうし、ハインリッヒは姉を諫めるどころか、女の諍い事からは逃げるでしょうね。最悪よ」


「どうして逃げるってわかるの?」


「逃げずに諫める人であれば、公の場であんな振る舞いをする姉などいないでしょう。彼は姉達に何も言えない人、という証拠よ」


「朝食の席だったのは幸いですわね。奥様。私達が説明しなくとも、ハインリッヒの親族は最悪であると誰もが知ることになりました。うふふ。夜までには尾鰭もついて、ハインリッヒは今季最悪の結婚相手と成り下がりましょう」


「ええ、ええ。我が娘に跪いて、姉達には一切口出しさせません。独身の姉は嫁がせるか修道院に入れるかします。どうぞわたくしめと結婚してください。なんて懇願するしかなくなるのね。今季最高の男だった彼が!!」


 そこでキリアと母は少女みたいに、キャー、と声をあげ、十代の少女に戻ったようにして笑いさざめく。

 うん、寄宿舎でいじめをしていた女の子達みたいな感じで。

 それから意地悪少女に戻った彼女達は、二人が過去にした悪事の思い出らしきものを語り始めたではないか。


 もしかして、キリアとお母様は、カートが私の最高の婚約者にならなければ、社交界からカート姉弟を締め出すおつもりなの?

 カートのお姉さまを修道院に入れたり?

 修道院?あ!!


「おか、お母様。わ、私は、少し休みたいの。今夜はしっかり着飾って、えと、あの、と、とにかく、今夜のためにお昼寝します!!」


 母とキリアはにっこりと私に微笑み、私は自分の部屋へと飛び込んだ。

 すぐに部屋の内鍵をかけ、朝食用のドレスを脱ぐ。

 それでメイド服に着替えようと思ったが、外に出るのだからと首都から着て来た旅行用ドレスにするべきだ、と、そちらに着替えた。

 この事態、どうすれば双方が丸く収まるのか、それを相談できる人に会いに行くべきだと思ったのである。


「ええと。ホテル使用人達が使う廊下ならば外に出られるわね」


 私は使用人専用通路への扉はホテル廊下にしかないと思っていた。

 だから、カートが母やキリアに見咎められずに私を部屋に運び入れた事を純粋に凄いと思ったが、室内に扉があれば不思議は無いと気が付いたのである。


 いいえ、メイド服を手に入れた時に、メイドがどうやってドレスを持って行ったのかしらと考えたら道が開けたのだ。


 私はクローゼットに入り込むと、隠し扉を手で探った。


「あった」


 クローゼットの奥板は引き戸となっている。

 私は思いきり引き戸を引き開け、出来上がった四角い空間へと飛び込んだ。


「おおっと」


 私は婚約が成立しなかった男の腕の中に飛び込んでいたようだ。

 カートは私を床に下ろし、私に軽く片目をつぶって見せた。


「今日はどこに飛び出すのかな?ミカちゃん」


 カートは以前の私の失敗をあざ笑うように、私をミカと呼んで揶揄った。


「あ、あなたこそ、どうしてここに?」


「姉達が君に失礼すぎたと聞いた。君が傷ついていないか確認しにきたら、ハハハ、君こそが俺の腕に飛び込んで来た」


「まあ!!ご心配ありがとうございます」


「ちょろすぎな君が本気で心配になったな」


「もう!!本気で心配ご無用です。私はぜんぜん傷ついてなんかいませんもの」


「はっきり否定されるのも傷つくな」


「あなたが?」


「ああ。君を手に入れるためになら、俺はいくらだって跪くよ」


 !!


 危険だわ、この人。

 私が感動した小説みたいな台詞を言い出したではございませんか。

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