その二十、まだ戦況は決まっていない
温泉街ファルマーにはホテルが三つある。
その一つを現在ヘルマン主催の音楽祭ということで貸し切りにしているが、その諸経費は王子個人の計画と言う事で王子の財産から出資されている。
そのため国の正規兵を警護に使うことはできず、民間の警備会社を利用するという形をとっているのだが、これこそヘルマンが望む殺人の完遂のための舞台設定そのものである。
カートは生真面目な面白みのない男としか見ていなかったヘルマンの暴走に、実はヘルマンへの好意が増してもいる。
だからこそカートは、ヘルマンの望みの一つを叶えられないならばと、ヘルマンが薦める婚姻に関してあからさまな拒否など出来なかったのである。
「本当に世界は皮肉で出来てますよね。ヘルマン王子いち押しの侯爵令嬢に断ってもらうために僕の殺害現場まで作っておいて、結局そのお姫様に求婚って。ああ、そんな余計な事をしたために、可愛い小鳥に脅えられて逃げられるばかり」
カートが借りているホテルの部屋にて、カートが呼んでもいない男がいつの間にかくつろいでおり、今もカートの神経をささくれさせている。
海軍上では階級的にカートの部下だが、実際にはその男はカートの部下では無い。カートはアランを見返しながら、黙っていろ、という風に眉根を寄せた顔を見せつけた。
しかし楽器片手に身一つで世界を渡り歩いて情報を手にしてきた男は、またカートよりも二つ年上であるせいか、暫定上司に対して何の敬意もおべっかも無い。
「あなたのせいで音楽祭を欠席で、僕はやることがないんですよ」
「もとは君のせいだろ?ヘルマン王子は本気で君を消すつもりだった。どうして君はヘルマンを揶揄ったの?あれが王子だって、君は知っていたよね?」
「悔しい事に、趣味が同じだったからでしょうね」
「君達は趣味が悪いよ」
「自分のお姉さんでしょう?ただ、あんなにヘルマンが迷惑だって言っていたくせに、ヘルマンが女装した僕に鞍変えたことが許せないって、酷いですよ。弟のあなたから何か言ってやって下さいよ」
カートは大きく溜息を吐いた。
植物に興味を持つ長姉アレクシアにディアナフロラというハーブ専門店を持たせたことは後悔してはいないが、情報屋のアランと知り合い恋仲になっているとは思いがけない事だったのだ。
「オーナーの俺に相談なしに、店の商品を恐ろしいものに変えていた人にか?」
「僕の個人的注文品ですよ。全く、勝手に持ち出して。そして小鳥ちゃんが欲しがったからってあげちゃうし。セントジョーンズワート茶一杯程度の効能しかないあれで良かったです。本気で自白剤入りだったら危険ですから、二度と僕の鞄を勝手に漁らないでください」
「それは謝る。ちょっと仕事で必要だった。ちなみに俺は自白剤入りの方が欲しかったんだけど、貰えるかな?」
「自白剤無くても解決したのでしょう?じゃあ、もういいでしょう?でも、どうしても欲しいのならば?」
そこでアランはにやっと笑った。
それは何かの引き換えが必要な契約を差し出す悪魔の笑顔である。
カートは聞く前から牛のような唸り声をあげていた。
「察しが良くて良いな。あなたが頼んでも弟が五歳児にしか見えないアレクシアは作ってはくれない。欲しいものがある?僕が代りに頼んであげても良いですよ。もし、アレクシアが僕を再び受け入れてくれるならば、ですけれどね」
カートは自分に過保護な姉を信頼できる誰かに任せられる事に喜びを感じてもいたが、自分の義兄にアランがなることは納得できない気持ちでもある。
「おや、嫌ですか?では、恋に破れた僕は僕の信奉者に慰めてもらおうかな」
カートは再び唸り声をあげた。
アランはくすくす笑い出し、カートをさらに苛立たせる台詞を放つ。
弟を揶揄えるこれこそ兄の特権だという風に。
「あなたの三姉のカサンドラには君の失恋が美味しい題材になりそうだな。いいや。僕への処刑命令を婚約の罠から逃げ出すために利用したのに、婚約者を目にした途端に恋に落ちてケダモノになったと教えたら、物凄く喜びそう」
今度のカートは唸るよりもハッとした顔になり、すぐさまアランを睨みつけた。
自分がたった今思い付いた事に、少々ぞっとしながらであるが。
「もしかして、次姉のブリュンヒルデとも君は顔見知り?」
「ふふ。愛する人の家族と仲良くは、結婚を考えている男がまずやることでしょう。外堀を埋めて囲い込む」
「君は!!俺の姉三人を喰ったのではないだろな!!」
「あはは。それしてたら僕は本当に殺されてますって。アレクシアによって。いやいや、あの魔女三人によってたかって、かな。大体、次姉のブリュンヒルデさんは既婚者でしょうが。あ、でも、結婚相手が物凄い年よりなら、僕の若い体で」
「アラン!!」
「ハハハ。あなたのお姉さん達は面白過ぎますよ。一人は薬草に夢中な魔女。一人は生き物の品種改良という、混ぜるな危険を実践して喜んでいる魔女。そして、世の出来事全てを記録して、物語を作り上げる小説家になった魔女。怖すぎる」
カートは両目をぎゅっと閉じた。
そして彼は自分の姉達に責められる自分を想像し、いや、そこで光明を見た。
結婚相手が英雄だからと尻込みするならば、単なるどこにでもいる男でしかないと気が付いたらどうであろうか、と思い付いたのである。
彼はパッと瞼を開けると、アランに微笑んでいた。
「アレクシアを連れて来てくれないか?そこにブリュンヒルデやカサンドラもいたら、三人一緒に。弟を助けてくれと伝言を頼む」
「アハハ。良いですよ。僕がしたことは全部あなたの計画だったという事にしても良いのであれば」
「アラン?とりあえずハインリッヒの家長は俺だ。外堀埋めたいなら俺にこそ優しくな?」
アランはカートに敬礼をして見せると、本当に幽霊だったと思えるような勢いで彼の前からパッと消えた。
カートは胸の前で拳を握る。
「あと三日ある。いや、今日もいれれば四日。まだ戦況は決まっていない」




