その十二、そのおみ足で不埒モノを潰そうか?
カートは私を捕らえている。
そして彼は大事な人を警護する任についていると告白した。
だから不審な人間を見つければ尋問している、とも。
ここまでは馬鹿な私でも理解できるが、こんな私を見て武器を腿に貼り付けているかもしれないから確かめさせろ、は理解できません。
メイドに変装しているけれど、私が戦える人で無いのは一目瞭然でしょう?
「だ、大事な任についていらっしゃったのはわかりましたわ。で、でも、私はテロリストではございませんの」
「では、君は誰でしょうか?」
「み」
ミゼルカと答えたら、どうしてこんなことをしているのか説明しなきゃいけなくなるのかしら?
こんなことをしている理由、それはカートを殺人者と弾劾するため。
「み?」
「ミカですわ。猟番の娘のミカです」
カートは私から手を離すと、謝るように頭を下げた。
いえ、笑いが堪えきれないという風に、体を折って震えているだけだ。
私は今のうちに彼から逃げようと彼が持つ燭台に手を伸ばしたが、彼が頭を上げる方が早かった。
彼は挑戦的ともいえる表情で私を見下ろし、では、と凄んだ。
「では、とは?」
「君がテロリストでは無いか確認させてもらおう」
「え、ええ。ちゃんと身の上は言いましたよ?」
「そうだね。これから部下をコウシャーン子爵の領地の猟番へと向かわせ、君が彼の娘か確認させる必要がある。そして君はその間、ちょっと不便を体験してもらう事になるかな」
「え、と、ええと、その確認中の不便って?」
「牢屋に入ってもらう」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
ここは私がミゼルカだと告白すればいいのでは?
そこで私は口を開いたが、私が言葉を出す前にカートが先に不穏なセリフを吐く方が早かった。
「テロリストへの捜査は一族郎党にまで及ぶ。全員の潔白が晴れるまで財産その他は国によって差し押さえられる。そこは理解したね」
「えええ!!」
お父様、お母様、あと、エバンシュタインの名を持つ皆様ごめんなさい。
私は彼等の名誉と財産を守るために何をすればいいのかしら?
はっ、そうよ身の潔白を証明できればいいだけだわ!!
私はカートに向かって挑むようにして顎を上げた。
「どうしたのかな、可愛いミカちゃん」
「わ、私がここで潔白だとわかったら、私の親族を探る必要など無いかしら?」
「そうきたか」
心なしかカートはがっかりしている、ような声を出した。
いえ、ウンザリしてしまった声?
もしかしてもしかして、彼の言葉は全部嘘で、本当は私を殺したいだけ?
私が混乱して大騒ぎしたら、テロリストと言う名目で消しちゃえる?
ほらメイド達だって、アランの失踪について、奥様に浮気された夫の誰かが殺してどこかに埋めたんじゃないかって言っていたじゃないの。
私はごくりと生唾を飲み込んだ。
ここは勝負をかけるべきだ。
エバンシュタイン家は王家に連なる立派な家系。
誇りをもって悪党に挑まなければ、勇名なるエバンシュタイン家の名折れ。
「私は無実です」
「では、潔白を証明してもらいましょうか?ミカさん」
私はカートを睨みつけたまま、スカートの裾をじりじりと上にあげていく。
カートのダークグリーンの瞳が一瞬だけ驚いたように丸くなった気がしたが、絶対にそれは気のせいだわ。
だって、彼の笑みは悪魔のそれのように凶悪なものになり、彼のダークグリーの瞳はさらに色味を深くして私を見つめ返すのだもの。
「私の顔しかご覧になっていませんわね。それで私の腿に武器があるのかないのか、あなたにわかるのかしら?」
「君が武器そのものだよ。危険な危険な暴発地雷だ」
カートは軽く舌で自分の下唇を舐めた後、燭台を扉すぐの棚に置き、それから無造作に床に座り込んだ。
そして床に胡坐をかいた彼は、私に向かって両腕を広げたのである。
おいでと口だけ動かしたカートは、舞台の上でヒロインに腕を広げるヒーローの姿に重なったが、私は彼にうっとりするどころじゃなかった。
私の視線は、使用人通路の出入り口すぐにあった棚に向かっていた。
そこに棚があるどころか、壁に館内見取り図が貼ってあったのである。
「まずは右足。俺の膝に足を乗せて。君のおみ足を俺が検めよう」
私を楽しそうに見上げる男。
私はさらにスカートの裾をあげ、右足も持ち上げた。
次には!!
「嘘!」
「俺がこの足首を持ち上げたら君は後ろに倒れるね。大人しく検分させてもらおうか。テロリスト、ミカちゃん」
「テロリストじゃなくてよ!!」
「テロリストじゃない?君はしっかりテロリストだ。俺が置いた燭台で館内地図に気が付いた途端に、俺の大事なものを踏みつぶそうと試みた。罰を与えねば」
「いや!牢屋は嫌!」
私は自分が牢屋に入れられる恐怖でどうしようも無くなった。
逃げなければ!
この人から逃げなければ!!
「離して!牢屋は嫌!」
「いや、牢屋じゃなくて、まずは男と女の手ほどきを、ってわあ!!」
バランスを崩した私は、カートが言った通りに真後ろに倒れた。
でも、頭もどこも打たなかったのは、危機一髪という風に私はカートによって抱き留められているからであろう。
隙のないように整えられていた艶やかな黒髪は乱れ、前髪は彼の額にいくつか落ちかかっている。髪が乱れたそのせいでいつもよりも幼く見える彼であるが、彼の腕に背中を支えられている私には、彼は脅威でしかない。
だって、心配そうに彼に見つめられているせいで、胸がどきどきして壊れそう。
「大丈夫かな。少々揶揄い過ぎた」
「私はテロリストじゃありませんわ」
カートはクスッと笑って、彼が抱き留めていただけの私を持ち上げて、彼の胸に押しつけて本格的に抱きしめた。
彼の体からふわっと柔らかな匂いが香った。
オレンジと何かの花の匂い。
優しすぎて眠気をも誘うような、うっとりする匂いだ。
「どうした?眩暈はメガネのせいじゃなくて、具合が悪かったのか?」
「い、いいえ。ね、眠くなっただけです」
「ハハハ、豪胆だな君は。まさしくテロリストだよ。この俺がてんてこまいだ」
私はカートの言葉にヒィッと小さな喘ぎをあげていた。
馬鹿な返答をしたせいで、私はテロリストに見なされたの?
「私を牢屋にお入れになるの?」
「いいや、俺と一緒の墓場かもな」
「墓場?やっぱり、私は殺されるの?」
私は恐怖でぎゅっと目を瞑ったのだが、そうしたらカートから香る匂いが一気に私の鼻腔に押し寄せた。
すると、私の意識が急に真っ暗になってしまったのである。
すとんと意識が落ちるのは、何て気持ちが良いのだろう。
「俺達はけっこ、おい!こら!!って、しまった!!」
「私を殺すなら、意識がないうちに、して」