その十、生兵法は火傷のもと
夜会の為に淑女は昼寝をするものだ。
私はこの時間を利用する事にした。
もちろん私の行き先は、殺人者であるカートの部屋よ。
アランの部屋は片付けられたと聞いている。
空っぽの部屋に証拠が残っているなど、探偵じゃない私でも考えない。
悪巧みをしている人の証拠、それはたぶん彼の部屋にこそある。
ほら、殺人鬼が殺人の記録を日記に書いていたから捕まった、という小説だってあるじゃない。
それに、彼が不在だという今こそ、彼の部屋を探ることができるのよ。
「ふふ。ホテルメイドの制服も手に入れた」
私は長い髪を三つ編みの二つ髷にして垂らし、メガネだって掛けた。
ホテルメイドの一人に仮装パーティ用に衣装が欲しいと強請って制服を手に入れ、眼鏡はキリアの読書用を借りたのである。
もちろん、見返りも渡してある。
昼間のお出掛け着の一枚を彼女に渡したのだ。
大丈夫、キリアにはお茶を零したと言えばいい。
メガネは、いつものお礼で磨いてみたの、とキリアに返せばいい、かな?
「さて、行きますか、うっ、視界がグラグラする」
読書用メガネで視界が歪んでしまうと歩けない。
そこで私は眼鏡を頭部にずり上げた。
「さて、気を取り直して」
私は部屋からこっそりホテル廊下へと出ると、メイドから聞き出していた使用人専用の通路へのドアを探した。
「すごい。知らなきゃわからないわ。模様の一部みたいになっているのね」
私は通路への扉を開け、カートが使用しているはずの部屋へと歩きだした。
意気揚々と。
それは五分も続かなかったが。
「迷った?うそ。ええと、もともとの出入り口に戻れば、戻れば」
そう、私はカートの部屋があるはずの階層の使用人通路にいるはずであるが、出るための扉を見つけられないどころか、ここがどこなのかわからなくなってしまったのである。
ジジジ。
無情にも、私が手に持つ小型燭台に乗せていた蝋燭が消えそうだ。
「うそ、ああ、うそ。待って消えちゃったら」
「君は真っ暗な使用人通路で餓死してしまうね。何て可哀想なんだ」
真後ろから囁かれ、私は飛び上った。
ずりっと頭にあげていたメガネが顔にずり下がる。
私はメガネがずり下がっただけのことでさらにビクつき、燭台を持っていた腕を大きく動かしてしまった。
ふっと、燭台の明かりは消える。
「ここで明かりを消すとは、いけない子だ」
「ちがっ!うそ、いつの間に!」
カートは左腕で私の腰を抱き、私を自分に押しつけた。
逃げられもしないどころか、まっくら闇の中で私は恐怖で立ち竦む。
「おいで、迷子のメイドさん」
「私は終わってしまったの?」
「新人が道に迷うってよくあることだよ」
え?
カートは私がミゼルカだと気が付いていない?
単なる新人のホテルメイドだと思い込んでいる?
あ、そうだわ、私は変装中じゃ無いの。
「ご、ご親切に。あの、一番近い出口さえ教えていただいたら、わた、私はお客様のお部屋に行くことができると思いますの」
ぷす。
笑い声?
や、やっぱり私がミゼルカだと分かっていた?
「まずは俺の部屋に来てくれないかな。ちょうどメイドに頼みたい事があってね」
カートの部屋?
目的地はそこでしたけれど、中身入りは想定しておりませんでしたの!!
「え、きゃあ」
カートは私の答えなど必要なかったようだ。
私の腰を掴んだまま、真っ暗な廊下を歩き始めたじゃないか。
「あ、あの。ま、真っ暗で、み、道を」
「俺は猫目なんだ。それに、覚えた道ならば目を瞑っても迷わない」
「ま、まるで訓練された猟犬みたいですわね。お、お父様は領地で――」
「おや、メイドの君のお父様は、それなりの人だった?」
「いいえ!!こ、こうしゃ」
「侯爵?」
「こう、コウシャーン子爵の領地で猟番をしている父が、ええと、子爵様の猟犬が凄いって話していたって話ですわ!!」
ぷくす。
やっぱり笑っている?
「ハハハ。コウシャーン子爵なんて知らないなあ。俺が最近貴族の仲間入りをしたばかりからかな?」
「き、きっとそうでございますわ。子爵家は数多いですもの」
「君はメイドなのに詳しいね?」
「お、客様が、そう、詳しいお客様に聞いたのです!!」
「そうか。では俺も今夜にでも詳しい友人にコウシャーン子爵について訪ねるとしよう。俺のような素晴らしい猟犬がいるなら、仔犬を譲ってもらいたいからね」
バレる。
嘘がバレる。
いえ、カートは全部知っていて私を揶揄っているの?
「さあ、冒険はお終いだ。可愛いメイドさん」
私の目の前は急に明るくなった。
私は顔にかかっている眼鏡をそっと持ち上げて風景を確認する。
ここは、カートが最初に言っていた、彼の部屋、ではない。
カートが開けた出入り口であるそこは、私が知っているようで知らない場所というホテル廊下だった。
私の部屋がある階では無いと、それは確実に言える。
では、カートの部屋がある廊下?
あ、一番近くの出入り口なんて言っちゃってたわ!!
「じゃあ、ここでさよなら」
カートは私に言い放つと、再び使用人通路へと潜り込もうとする。
彼が消えたら、私は知らない場所に一人ぼっちだ。
あ、簡易燭台もいつの間にか私の手から無くなっている。
「ちょっと待って!!」
私はカートの腕を両手で掴んでいた。
彼が怖い人であることは重々承知しているけれど、全く分からない場所に放り出される方が今の私には怖い。
こんな格好でいるところを知り合いに見咎められたら?
あるいはホテルの本物の従業員に見つかって泥棒扱いされたら?
私の身の破滅ではございませんか。
カートは私の状況を全部わかっているのだろうか。
必死この上ない私を見下ろしたカートの表情は、物凄く悪人そうなにやけ顔だ。
「俺と別れがたくなった、のかな」
違うけれど、そう。
侯爵の娘ともあろう私が、媚びるような笑みをカートに返さなきゃ、なんて!!




