64:不良令嬢と平行線の議論
その後、サイファスは見事に不審者を捕まえてきた。
相手はいかにも「その道のプロ」だったが、忍び足を覚えた残虐鬼を前に為す術なく倒れた。
尋問を受けた不審者は、依頼されエイミーナを襲っていた。
依頼者はミハルトン家に恨みを持ち敵対する人物で、公爵令嬢を攫おうと動いていたようだ。
「クレア、依頼者に心当たりは?」
尋問から戻り、綺麗に身を清めたサイファスを前に、寝間着姿のクレアは「う~ん」と、うなり声を上げる。
不審者の告げた「依頼者」の名を知っていたからだ。
クレアは、またもやサイファスの部屋に押しかけていた。
「依頼者はミハルトン家の筆頭執事だ。ここでいう、セバスチャンの立場だな」
「なるほど」
「その執事も親父の子供の一人で、俺の腹違いの兄だ。当然、奴も俺やクレオの入れ替わりを知っている」
ミハルトン伯爵は多くの子供を作り、その中で役に立ちそうな者を集めている。
筆頭執事もそうやって集められた子供の一人だった。
クレアの知る限りでは、優秀な人物である。
「なんで、あいつが?」
「捕らえた者の言い分によると、ミハルトン伯爵を困らせたかったようだよ」
「親父を?」
「エイミーナ嬢を害すれば、公爵家の怒りを買い、ミハルトン家は大きな打撃を受けると思ったのだろうね」
「なんの恨みがあったか知らないが、迷惑な奴だ。公爵家は執念深いぞ? 前にエイミーナに隠れて意地悪をしていた令嬢の家は、謎の破産をしたし」
今の公爵は、自分の家を侮る者を許さない。
これまで、ミハルトン伯爵家が上手くやってこられたのは、彼を味方につけていたことも大きかった。
クレアとクレオの入れ替わりについて、公爵に正直に話をしているのも、相手に妙な警戒心を抱かせないためだ。
「しかし、迷惑な奴だな。こんな場所で事件になったら大変だ。クレオはどうでもいいが、サイファスにまで被害が及ぶ。責任問題とか騒がれたら面倒だな」
さっさと問題を解決した方が良さそうである。
「よっしゃ、ちょっと王都へ殴り込みに行くか! 執事をとっ捕まえてくる」
「クレア!? 本気なの? そんな、虫取りに行ってくる……みたいなノリで言われても困るよ!」
例える内容が、自然豊かなルナレイヴらしく素朴だ。
「親父もクレオも当てにならねえからな。ついでに、エイミーナの件もなんとかしてくる」
「は、反対だ! 反対、反対! 私を置いて、王都なんかに行かないで!」
「しゃーないだろ。ミハルトン家の事情で、お前に迷惑をかけたくないんだよ」
クレアは、サイファスやルナレイヴの人々が気に入っている。
だからこそ、彼らに不利益をもたらす事態は避けたいのだ。
どんなに素晴らしい土地であっても、領主が優れた人物であっても、王都で離れた土地のことは正しく伝わりにくい。
心優しいサイファスが、王都では残虐鬼と恐れられている。
万が一、辺境でエイミーナに何かあった場合、サイファスの噂が悪い方向に働く可能性も大きい。
クレアは、サイファスを盟友のように大切に思っている。
彼や彼が愛する領地を守りたいのだ。
「明日、エイミーナを連れ帰る。クレオの馬鹿や、その愛人も一緒に王都へ帰す」
「私は許可しない。辺境伯家の責任者は私だから、勝手な行動は許さないよ。もしクレアが王都で危険な目に遭っても、ここからでは、私は君を守れない。そんな土地に愛する妻を一人で送れるわけがない」
「じゃあ、アデリオも連れて行く」
「余計ダメだよ!」
蒼白な顔で身を乗り出すサイファスに、クレアは圧倒された。
「……わけのわからん奴だなあ。どうしろって言うんだ」
「クレアは、ここにいればいいよ。私が、なんとかするから」
「それが嫌なんだよ。サイファスを伯爵家の面倒ごとに巻き込みたくないんだ」
「私は君の夫だ。むしろ、どんどん頼って巻き込んでほしい!」
話し合いは、どこまで行っても平行線だった。




