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GOOD LUCK〜十秒だけは異世界最強  作者: 染谷秋文
バロン王国と死の穴
42/72

四十二、禅鬼

ミスジが美味しい

 


「ネオ様!!」


 ヒュドラの毒牙に貫かれたネオを見て叫ぶのは、第八師団長のメメ。

 その間にもヒュドラの毒牙により麻痺や石化する者、泡を吹いて絶命する者、精神錯乱を起こす者、体が腐食する者や体から胞子を発生させ動けなくなる者など、多様な毒によって被害は拡大しており、自らが所属する大隊の副隊長までもがヒュドラによって命を奪われてしまう。

 その衝撃が彼女から冷静さを奪い去ろうとしていた。


 だがその時、ネオへ襲いかかったヒュドラの首が又しても弾け飛び、頭部が地面へ崩れ落ちる。


「落ち着くのにゃ、メメ。陽炎だにゃ」


「ネオ様!?カゲロウ・・・回避の中級魔技・・いつの間に」


 今し方までヒュドラの毒牙に貫かれていた残像は消え去り、メメの横に着地するネオ。


「そんなことより、ナグが石化させられたのにゃ。火が無いとヒュドラは倒せないのにゃ」


 再生するヒュドラの首を見るネオは僅かに歯を軋ませ、メメは絶望の色を僅かに浮かべ、ジイは石化したナグの元へ駆け寄る。

 再生を終えようとするヒュドラを眺め、どうしたものかと考え込むネオやメメ。


 その真横に、突然一つの影が通り抜けた。


 バンダナの隙間から短い角を覗かせた赤髪の男は、背に背負った長い刀の様な形状の刀剣をヒュドラへ向け振り抜く。

 刀剣は青い炎に包まれており、ヒュドラの頑丈な首をいとも簡単に斬り落とすと、切断面を青い炎が包み焼き焦がしてしまった。

 赤髪の男は迫り来るヒュドラの毒牙を躱し、次々と首を刈り取って行く。

 そして、残った首が残り六本にまで減った時だった。

 突如としてヒュドラは闇雲に攻撃することを止めると、一つの頭部が口を大きく開け、紫色の毒霧を吐き出した。


 霧状の毒は瞬く間に広がり、周囲の魔物や騎士、冒険者達に降りかかる。

 すると、それを吸い込んだ者の体にある穴という穴から体液が染み出し、傷のある者は出血が促進され、大量の血が体外へと流れ出る。


「にゃ〜これはマズイのにゃ」


 風を操り毒を消し飛ばすことも可能ではあるが、凡ゆる方向へ味方がいるこの場所では、何処へ毒を流そうとも必ず味方に被害が及んでしまう。

 ネオは一旦ヒュドラから距離を取ると、それに赤髪の男も続き、ネオを一瞥して声を掛けた。


「雲の様な模様を持つ妖精猫族・・・、君が噂に聞く六獣騎士ネオか。それならさっきの魔技や魔法も納得が行く。最年少で六獣騎士になった天才だそうだね」


 戦い方とは似つかわしくない穏やかな口調に、ネオは思わず意外そうな表情を浮かべると、その問い掛けには答えず質問で返す。


「にゃは?そういう君は、鬼族・・・じゃなくて、禅鬼(ぜんき)だにゃ?青い炎を操る珍しい鬼族の話は聞いた事があるのにゃ。

 確か、青い炎には何か特別な力があるって話だったにゃ〜。

 此処に居るってことは冒険者なのかにゃ?」


「その若さでよく知っているね。さっきの蒼い炎は、禅火というんだ。

 冒険者・・ではないが、修行を兼ねて下層に暫く滞在していた所へ君達が降りてきたので、話を聞き事態を把握した次第だよ。

 あの二人は仲間のシュライとアステリオス。そして私は禅鬼族の戦士長クフトという」


 シュライは青い長髪を持つスラリとした青年、アステリオスはクリーム色の髪をボサボサに伸ばした屈強な大男で、其々の頭には二本の短い角があり、シュライは細い槍、アステリオスは巨大な剣を背に携えている。


「にゃは!僕はネオだにゃ!」


「何を呑気に自己紹介など・・・。クフト、早くヒュドラを仕留めよう」


 ネオの横でヒュドラの毒霧が晴れるのを待っていたクフトへ向け、後ろからシュライがそう声を発し、槍を頭上へと構える。


「そうだね、シュライ。一人で大丈夫かい?」


「当然だ。ーーー禅火蒼槍(ぜんかそうそう)!!」


 毒霧に包まれるヒュドラへ向け、青い炎を纏った槍が投げ放たれた。

 青く発光する槍は毒霧に穴を開けて突き進み、身を守るようにその中に潜むヒュドラの頭部の一つを突き抜け胸元へ突き刺さる。

 槍はヒュドラの分厚い鱗を破壊すると、全長の半程まで食い込み、そこで止まった。


「チッ、頭に当たった上に体の鱗が思ったより分厚いーーー!」


 ヒュドラは苦しむような声を上げると、体に刺さる槍に首を巻き付け引き抜こうとし、シュライは予定が狂ったと言わんばかりに舌を打つと、ヒュドラの体へ刺さる槍へ両手を向けた。


追火(ついか)!!」


 その声に合わせるように、火に包まれていた槍からは更に激しく蒼い炎が立ち上る。

 炎はヒュドラの胸元や巻き付く首を焼き、それに怯んだようにヒュドラは巻き付けた首を槍から離す。

 だが、そのままではそう遠くない内に体の中で激しく燃える槍に全身を焼き尽くされてしまう。

 ヒュドラは一瞬怯み緩めた首をもう一度槍に巻き付けると、首を焼かれつつもそれを体から引き抜き、投げ捨てた。


 その様子を黙って見ていた大男、アステリオスが口を開く。


「はぁ、何が一人で十分だ。また一つ貸だぞ?

 ーーーー雷火蒼槌(らいかそうつい)!!」


 背から抜きはなった大剣。

 アステリオスはそれを頭上に高く掲げると、真っ直ぐに振り下ろしたーーー。


 凄まじい速度とパワーを持って振り下ろされた大剣からは、人狼族ガルーが放った物よりも更に巨大な衝撃波が斬撃となり、ネオが放った蒼く発光する風と雷の刃のように、放電現象を伴う蒼い炎と成って放たれる。


 斬撃は残った四本の首の内、二本を切り落とすと、シュライの槍によって出来た傷口を縦に割るようにしてヒュドラに衝突し、既に焼け焦げていた鱗を砕いて巨大な体を中程まで切り開く。

 斬撃が発する蒼く放電する炎は感電でもしたかのような速度と形状にて、あっという間に全身に燃え広がると、ヒュドラは奈落の底に引き摺り込まれるかのように、その悲鳴を少しずつ小さくさせ絶命してしまった。


「にゃは〜、禅鬼族は皆んな強いんだにゃ〜!!」


「アハハ、ありがとう。だけど、シュライとアステリオスは禅鬼の中でも特に強い戦士だよ。それより、この場は任せて大丈夫かな?

 我々は最下層へ向かおうと思う。強いとは言ってもあの子供と青年の二人だけでは自殺行為だからね。例の二人組は最下層にいる可能性が高いんだろう?」


 魔物の群れの流れに逆走するように最下層を目指すグランとカナタを見るクフトはそんな事を言う。

 戦っているグランの実力は認めているようではあるが、最下層と言えば、多くの魔物に紛れ二人組が潜伏している可能性もあり、マナも使えない危険地帯。


 ラミスも言ったように、グランであれば最下層へ降りたとしても十分に魔物達と戦うことが可能であろう。

 だが、今戦ったヒュドラと同じような強さの魔物が他にも居るとすればーーー。

 ネオ自身も、グランやカナタだけで二人組と戦うことは自殺行為に近いと考えていた。


「そうだにゃ、それじゃあ此処は任されたから、下は任せるのにゃ!君達なら下でも戦えそうなのにゃ!」


 こうして、冒険者達の中に紛れていた思わぬ強者三名が、最下層探索へ加わることとなった。




 *********




 クルベーラ地下大迷宮、百階層。



「この気配・・・、やはり貴女が・・・」



 地上を目指すラミスは、白く巨大な猫を前にして手を胸に当て腰を低くした。

 白猫は透き通る紫紺の瞳にラミスの姿を写し、その様子を見守っている。


「《閉ざされた扉が開く時、聖なる獣、覚醒せしめん》それが今回の予言です。

 貴女の行くべき場所は最下層、その最奥に佇む開かずの扉。後は心の導くままにーーー」



 白猫は足を踏み出し、ラミスの横を通り抜けた。




 **********




「ニケ、大丈夫かにゃ?」


 禅鬼と別れたネオが向かったのは、力を封じられたニケの元。

 ニケは、二人の師団長と共に被害の大きい箇所へ赴き戦士達の治療や魔物の討伐に当たっていた。

 現在は、死の穴下層に多く見られる、フゴクと呼ばれる能面のような顔の白い人型の魔物四体と対峙している所であった。


「当たり前なのです。大地の化身が無くてもニケは強いのです!六獣騎士、序列“四位”を舐めやがるなです!」


 ニケは杖を振り上げると、周囲の冒険者達に猛威を振るっていたフゴクへ向け唱える。


光矢(ライトアロー)!!」


 ニケの周囲に浮かんだ数十の光の矢が四体のフゴクへ向けて放たれる。矢はニケによって操作され、冒険者へ襲い掛かるフゴクを貫き、回避されようとも対象を追い続け、そしていとも簡単に全ての矢を命中させてしまった。

 だが、下層に生息している魔物に、細い矢に貫かれたくらいで動きを止めるような者はそうは居ない。

 フゴクも当然のように矢を受けつつも動き続け、その対象を冒険者達からニケへと変更させた。


「甘いなのです」


 その時、四体のフゴクに突き刺さる全ての光の矢が光度を増し、其々が光の鎖で繋がれる。

 鎖はフゴク達の中で交錯して動きを封じつつ形を変え、四体の中間地点にて魔法陣を完成させた。


連鎖光爆チェインエクスプロージョン!!」


 ニケが唱えた瞬間、フゴクの身動きを封じる光の鎖が爆発を巻き起こす。

 フゴクに硬く巻き付いた鎖の爆発は、その腕や脚、首や胴体を引き千切り、または重大なダメージを与え、四体のフゴクを一瞬でバラバラにしてしまった。


「にゃは、やっぱり心配するだけ無駄だったのにゃ。レオは一対一の勝負だから邪魔すると怒られそうだし、僕は強そうな魔物から倒して行くのにゃ!」


 ネオはレオを見ることもなく、周囲にいる魔物に目をやりその場を離れた。





 ********





「おいおい、こいつらどんだけ居んだよ!?」


 魔物を倒して進み続けるグラン。

 しかし倒せども倒せども、迫り来る魔物が減る気配は無い。


「ーーーッ!最下層でマナが使えねぇっつっても、このままじゃ最下層に着く前にマナが無くなっちまう!」


 迫り来る魔物は何れも、一筋縄では行かぬ強者ばかり。流石のグランにも疲れの色が見え隠れし始めていた。


「大丈夫かい?」


 その時、カナタに聞き覚えのない声が掛けられる。

 振り返ると其処には赤髪の男を先頭にした三人組の姿。

 カナタは三人の頭部にある二本の短い角へ視線をやる。


「角・・・ってことは、鬼族か?」


「鬼族であることに違いは無いけど、我々は禅鬼族という種族だよ。

 そんなことより、ネオ君の情報によると君は物を変形させる力を持っているそうだね?

 一旦、壁の中に姿を隠してやり過ごそう」


 現時点でカナタが物の形を変えられるという情報を知っている者はそれほど多くはない。

 だからといって、それがネオからの情報だとも限らない。

 見ず知らずの聞いたこともない種族の男三人に突然壁の中に誘われるような台詞を吐かれたカナタは、状況が状況だけに、脳裏にガルーの顔を思い浮かべていた。


 しかし、確かにこのまま戦い続けるよりも壁の中でやり過ごした方が効率的だ。

 まだまだ戦えるとは言えグランの体力も無限に続く訳ではなく、仮に三人組に敵意があれば不落之果実を使って三人組だけを壁の中に閉じ込めてしまえば、逃げることには苦労しないだろう。

 不落之果実の中で不折剣を変化させられることから、物質変形が使えることは実証済み。

 ならば、グランを持ち上げられないカナタにでも三人だけを壁に取り残すことは可能ななるわけだ。


 人は見た目で判断出来る。


 それが信条のカナタにとって、多少、見た目より優し気な口調で話し掛けられたからと言って、三人を信用する材料とは成り得なかったものの、赤髪の男の意見には合理性があると判断したカナタは、壁に手を当てた。


「グラン、こっちだ!」


「お、おう!」




 *******




「すると、クフトさんは禅鬼の戦士長でアステリオスはクフトさんの友達、そんでシュライは禅火って種族スキルを生まれつき他の禅鬼より強く持ってた、所謂天才ってやつなのか。

 そんで、修行のために死の穴の下層に滞在してる所で今回の事件に巻き込まれたと」


 魔物達をやり過ごす間、同じ部屋に居る以上は少しでも相手の情報が欲しいと始まったカナタによる聞き取り調査により、少しずつクフト達のことを理解して行くカナタ。


「そういう事だね」


 それをグランは何時ものように黙って聞いていたのだが、少し不満気な顔でクフトに詰め寄る。


「修行の為にねぇ・・。だけど、アステリオスやシュライは禅鬼の中でもかなり強い戦士なんだろ?だったらもう少し大人数でも良さそうなもんだけどな。

 まるで、強い奴だけでどっかを目指してたみてぇだ」


 その言葉にクフトが一瞬、戸惑いを見せグランへ質問を投げかける。


「どっかーーー、とは?」


 僅かに感じた不穏な空気に、平和主義のカナタが咄嗟に割り込み代弁する。


「ああっとーー、グランは竜神の遺産を手に入れることが目標なんだ。そんでこの迷宮にはそれが眠ってるって噂だろ?

 だから、クフトさん達をライバル視してるだけだよ。本当は修行じゃなくて、少数精鋭で竜神の遺産を目指してたんだろ?ってな」


「なるほど、そういうことか。

 確かに、修行も兼ねてだが、最下層に入り、幻の百七階層を探したことがあるのは事実だよ。

 此処に来る者は皆んな心の何処かでそれを目的としているものさ。

 しかし、それはかなり前の話で、今回に関しては食料の豊富な九十九階層のジャングルを拠点にして、ずっと修行をしていたよ」


 クフトの言葉に、嘘は無いとシュライやアステリオスも軽く相槌を打ち、それを見たカナタはこれから赴くことになる百六階層についての情報を聞こうと、思考を切り替える。


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