四十一、ヒュドラ
大地の化身が使えない。
それはつまり、大量の魔物を瞬時に仕留め、いち早く地上に出る術を失ったということ。
勿論、ラミスやネオにも魔物を瞬時に、そして大量に仕留める力はある。
だが、味方を巻き込む恐れや燃費などを考慮した時、迷宮内においてニケの大地の化身以上に、利便性の高い能力というのはそう有るものではないのだ。
地上に出てからの戦いのことを考えれば、ラミス達は少しでも多くのマナを残しておく必要があり、この場に残るにしても少年や周囲の魔物達との戦闘を思えばニケの大地の化身の力は大きな戦力となる。
ラミスに攻撃を受ける直前、少年が唱えた“能力施錠”という言葉から察するに、ニケの力が使えなくなった理由は間違いなく少年の力によるものだろう。
そのような力が少年にあるのだとすればニケだけでは無く、この場全員の力が封じられる恐れすらある。
そうなってしまえば、例えここにラミスが残ったとしても、少年や赤い髪の女に抗うことは不可能となってしまうだろう。
「能力を封じる力・・・。そんな力が簡単に使えるもんなのか?何か条件があるはずだ」
ふと、カナタがそんなことを口にする。
カナタ自身が身を以て知る通り、強い力には揺り返しがある可能性が考えられる。
もし本当に能力施錠と口にするだけで相手の力を封じるような力であれば、何らかの揺り返し、もしくは発動のための条件があるはず。
「自分を狙ってるラミスさんのじゃなく、何故かあいつはニケの能力を封じた・・・。いや、ニケの能力しか封じられなかったのか?」
もしくは、単にラミスの能力を封じるまでもないという少年の余裕ーーー。
カナタはそんなことを脳裏に浮かべる。
「条件・・ですか。確かにその可能性は高いでしょうが、それを考える前に周囲から押し寄せる魔物達の対処が先です。
ネオとニケは師団長達を率い、周囲の魔物を駆逐しなさい」
「ハイにゃ」
「はい・・なのです」
「レオはガルーの相手を。最も戦い方を知られていない貴方が最適です。
私は地上を目指しますから、後は任せてよろしいですね?」
「ハッ」
「では直ぐに行きなさい。
それからーーー、アオイさん、グランさん。消えた二人組は恐らく最下層に居るはず。
任せても?」
「おお!いいぜ」
「ちょ、ちょっと待て!グランだけ子供と女の二人が相手かよ!?幾ら何でも危険過ぎだ。
それに、奴らが最下層に居るとは限らないだろ?」
「これから私は地上に向かいます。仮にあの二人のマナの痕跡が上に向かっていれば、その時は私が対処する迄のこと。
それに、最下層では一切のマナの使用が出来なくなる。
ならば彼処で生き残るのは単に肉体の強い者で、グランさんはその条件を満たしています。尚且つお二人だけの方が本気で闘いやすいのでは?」
ラミスは、グランを見ると見透かしたようにそんなことを言う。
ニケの師匠にあたる人物なのであるなら、グランの情報を共有していても不思議ではない。
カナタはグランの方をチラリと見ると、ラミスの話に乗る事に決めた。
「ちっ・・しょうがねぇか。けどヤバそうだったら逃げるからな!?」
「それは仕方のないことですが、マナの使えない最下層にてあの少年を仕留められなければ、アオイさんグランさんに勝ち目はなくなるでしょう。
そのことは決して忘れないで下さい」
「だから、最下層で勝てなけりゃこの迷宮自体から逃げるっつってんの!
俺らがそんな危険な役回りを受ける理由がねぇ。俺やグランも最下層に用があるから序でに見てくるってだけだからな。
個人的には奴らが白猫のとこに向かってることを願うばかりだよ」
「恐らくあの少年の目的は聖獣様の懐柔と改造、そして竜神の遺産です。
今現在、少年と私の実力を比べれば私がまだ上でしょう。
で、あるなら少年が先に向かうのはマナの使用が出来なくなる最下層。
傀儡にした魔物と蛇使いの配下を手駒にされれば私が手出し出来なくなりますからね。
少年からすれば自分が行方を眩ませれば、私がレオ達の身を案じるあまり地上に出るという選択肢を選び難くなるとも考えているでしょう。
そしてもし竜神の遺産を少年が手に入れればーーー、私を超える可能性もあります」
「ったく、ならやっぱ最下層に居る可能性が高そうか。
というかーー、あいつ、魔物を操るだけじゃなく強く作り変える力もあるって言ってたよな・・・。やっぱ今ラミスさんが地上に行くのは時期尚早じゃないか?
俺が単純に見ただけでも飛竜よりヤバそうな奴もいるし、せめてガルーさんか周りの魔物達の対処が落ち着いてからでもーーー」
「地上に真神教が二人も居ると聞かされては、国を守る者として行くしかありません。
真神教の少年が時間を掛けて六獣騎士を四人もバロンから遠ざけ、そのタイミングで他の真神教二人がバロンを襲う。
これは普通のことではなく、単なる国の破壊や乗っ取りだけが目的ではないでしょう。
私の想像が正しければ、騎士高官の中に敵の内通者が紛れていることになる。
レオル王の実力は紛れもなく本物ですが、彼は仲間を信用し過ぎるところがあります。
この場も確かに危険ですが、今はレオ達騎士団と冒険者達、そしてアオイさんグランさんの力を信じるしかありません。
仮に私の力が少年によって封じられてしまえば、この場もバロンも終わりですから」
ラミスの力が無ければ、この場の誰も少年には勝つことが出来ない。
今から地上へと向かうラミスにそう告げられるカナタとグラン。
だからこそ、この場の者が生き残る為にはマナの使えない最下層にて、二人組を仕留める必要があるのだとラミスはカナタ達に告げたのだ。
周囲の者達がこの死の穴から生きて地上に戻るには、カナタとグランが二人組を仕留めるしかない。
バロンの騎士であるラミスが、部外者であるカナタ達にそのような重要な役回りを任せるほどに、地上で起こっている事態は深刻なものなのだろう。
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多くの騎士や冒険者が押し寄せる魔物と戦う中、特に強大な一体の魔物と対峙すべく走るネオ。
その後ろには、ネオが副長を務める二番大隊に属する六つの師団の内、三名の師団長が控えている。
「にゃは〜、あれが一番厄介そうだにゃ」
Bランクを超える冒険者や、戦闘に秀でた騎士達をなぎ倒し暴れるその魔獣は、この死の穴の最下層付近を根城とするヒュドラ。
本来は強大な体と九つの頭部、猛毒を持つ蛇の魔獣なのだが、どうやったか、少年によって改造されたヒュドラは竜のような鱗により全身を護られ、ケルベロスのように、九つある頭部が体に三つ備わり、計二十七もの頭部を持つ凶悪な姿へと変貌を遂げているのだ。
「副大隊長、あのヒュドラの鱗はかなり丈夫で半端な攻撃では歯が立ちません。
首の再生能力や頭によって効果の違う毒を持つ点は普通のヒュドラと同じですが、頭が多い分、毒の種類は豊富なようで、中には噛まれて石化した者も居ります」
ネオにそう告げるのは、背後に控える師団長の内、最も体の大きな妖精猫族の男。
第七師団の師団長であるナグは、先程このヒュドラと対峙し、これを撃退するには六獣騎士の力が必要だと判断。
同じ第二大隊に所属する師団長達と共にネオに協力を仰ぎ、そして補佐すべく、駆け付けていたのだった。
「にゃは〜、ヒュドラと同じなら首を落とした後で傷口を焼けば再生出来なくなるはずだにゃ〜。だけど、あの数の首を一本ずつ落とすのはたぶん無理なのにゃ」
「ならば方法は一つですね」
第八師団長、メメがそう言うと、第十師団長ジイが答える。
「一撃で仕留めるーーーか。ネオ様、それで良いですかな?」
「にゃは〜、こういうのはレオの方が向いてるんだけど、やるしか無いのにゃ。いつでもいいにゃ!」
「俺が火だ。ジイは雷、メメは風を頼む。ーーー騎士及び冒険者諸君!!ヒュドラから離れろ!!」
ナグからの指示を受けた二人の師団長は、ヒュドラから距離を取る味方の姿を確認すると、小さく頷く。
それを確認したナグは、ネオを一瞥すると再び声を上げた。
「放て!!」
それに合わせ、其々が手に持った武器をヒュドラへ向けて唱える。
「雷冥!!」
「裂帛!!」
「溶炎!!」
雷、風、炎の巨大な魔法は同時にヒュドラへ向かって放たれ、それが命中する寸前、ネオが双剣を抜き放つ。
「嵐籠」
双嵐ノ太刀を使用したときに使った風籠を更に大きく、そして激しくした風の檻。
それをヒュドラの周囲に発生させるネオ。
するとそれはヒュドラの動きを封じると同時に、三人の師団長が放った魔法を巻き込み調和させ、甲高い音を立てて発光し始めた。
風によって熱量をあげる炎と放電現象が球状になってヒュドラを包み込み、襲い続ける。
その熱や風は、周囲にいる小型の魔獣を焼き、そして巻き込み、魔狒々程の強さの魔獣達の命を容易に奪って行く。
だが、ネオはそれでもヒュドラを倒すには威力が不足していると判断し、それを示すようにヒュドラは嵐籠から抜け出そうと複数の首を熱球から突き出し畝らせる。
その首の鱗は所々が剥がれ落ち、傷付いてはいるものの、斬り落とすには到底届いていないように伺えた。
「にゃ〜、やっぱりレオとニケが居ないと威力が足りないのにゃ。嵐籠が消えるまで続けるのにゃ」
ネオに指示を受けた三人の師団長は再び同じ魔法をヒュドラへ向けて唱え、ネオもそれに続く。
「雷冥!!」
「裂帛!!」
「溶炎!!」
「嵐籠はまだ持つからどんどん打つのにゃ!!ーーー風刃乱舞・羅雷!!」
ネオは自身で作り出した嵐籠へ向け、青く発光し放電現象を起こす巨大な風刃乱舞を四本放つ。
それは嵐籠の中を真っ直ぐに突き進みヒュドラへ命中すると、例の如く弾け飛んで小さな刃へ姿を変えて襲い掛かり続ける。
ヒュドラの複数ある頭部は様々な悲鳴を上げて共鳴し、そのおどろおどろしい声を聞いた周囲で戦う者達は、何事かと視線を送る。
「にゃ〜、どうかにゃ〜」
皆が喉を鳴らしてその光景を見守る中、嵐籠が巻き起こす風が次第に弱まり、炎や雷の発光が収まって行く。
レオやニケの力に期待出来ない今、ネオと師団長達は短時間で繰り出せる内、最高威力の技をぶつけた。
それを受けたヒュドラがもし生きていればーーー。
ヒュドラの首が蠢いていないことを祈りつつ、少しずつ晴れて行く嵐籠を見守る周囲の騎士や冒険者達。
本来であれば首が動いている筈の位置はとっくに見えているのだが、ヒュドラの首は見られない。
「や、やったのかーーー?」
カナタが横に居れば「いやその台詞、もはや復活の呪文だから」などとツッコミを受けそうな台詞を吐くのは、体の大きな第七師団長ナグ。
復活の呪文が効いたのかどうかは定かでないが、嵐籠が完全に消えた後、その中心部には黒ずんだヒュドラが丸くなり固まっていた。
それを見た者達は全員が確信する。
「生きてやがるーー!」
炎に焼かれ黒ずみ横たわっているのとは明らかに違うと分かるその姿。
首を折り曲げて重ね、可能な限りの頭部を身体に巻き込んで丸まり、密度を上げて重要器官を炎や風の刃、雷から守ろうとしたかのような体勢で固まるヒュドラ。
最も外側にあったであろう首は斬り落とされ、傷口を焼かれて再生不可能となり、体にも大きな裂傷が見られるものの、その体勢が功を奏したのか、大きく傷つく体表によって護られていた部分は全くの無傷。
体を広げ立ち上がるヒュドラはネオ達を睨みつけると、怒りを爆発させるように雄叫びを上げた。
首によって音の違う声が共鳴し、聴くものの足を竦ませるようなその雄叫びは、失った七つの首を除いても健在のようだ。
ヒュドラは二十になった長い首を畝らせ、鋭い毒牙をネオ達へ向けた。
「にゃは〜、やっぱり大きな魔獣はレオの方が向いてるのにゃ」
速さと技を主体にして戦うネオにとって、最も苦手な相手は防御力や生命力の高い者。目の前のヒュドラはその何方も備える強敵であり、いくら早く完成度の高い技をぶつけようと、その命に届くような威力を持つ攻撃で無ければ何の意味も無い。
「なら、技で力を超えるだけだにゃ!!ーー疾風!!」
ネオはそう意気込むと、風を纏い地を蹴った。
グランの持つ風の加護の上位、疾風の加護と同じ効果を齎す魔技・疾風を発動したネオは風の助けにより速度を上げ、迫るヒュドラの頭を避けて掻い潜ると、その首へ向け超高速にて風魔法を纏った双剣の連撃を叩き込む。
「虚空!!」
その速度は、衝撃がヒュドラへ伝わる前に連撃を重ね、威力を蓄積させる。
カナタが不落之果実の中で行うような効果を齎す程の速度を持って放たれた二振りの魔剣は、正確に同じ箇所を捉え、蓄積させた衝撃を炸裂させた。
傍目で見守る者達にはネオが剣を振った姿すら捉えられないままだが、ヒュドラの首からは甲高い金属音が響き、突然、破裂したように首が弾け飛び、その先にある頭部が地に落ちる。
「ナグ!」
首を再生させぬためには傷口を焼く必要があるためナグを呼ぶも、火の追撃どころか返答すらない。
ネオはナグの居るであろう方向へ振り返る。
すると、そこには石化したナグの姿があった。
ヒュドラの持つ毒牙には、石化させる力が備わるものもあるとナグから聞いていたネオは、そのことを思い出しつつナグから視線を戻す。
その時、切り落とした頭部の後ろから迫っていた別の頭部がネオに襲いかかり、その毒牙がネオを貫いていたーーーー。




