三十二、血色の竜鬼と稀代の天才
「ーーーーなっ!?」
真後ろの壁が砕け散ちる音に、カナタの思考は一瞬停止する。
土竜をモグラのようなものだと捉えていたせいか、当然、自分が足を付け立っている地面の下から現れるものだとばかり考えていたからだ。
冷静に考えればここが地下迷宮である以上、空間全体が土の中にあるのだから土竜が何処から現れようと不思議ではないのだが、カナタはそれでも土竜は自分達の踏みしめている大地から現れるものだとばかり錯覚していたのだ。
思考停止によってか、今のカナタには不落之果実を発動させるという考え自体が無い。
その視界は自身の元へ駆けつけるポルトスやガルー、それに背後で砕かれた岩盤が横を通り過ぎるのを捉える。
背後から自分の横を岩盤が通り過ぎたと言うことは、その元凶を作り出した土竜も直ぐに自分の元へ到達するのだろう。
カナタはそう逡巡して立ち尽くす。
時間にして一秒ほどだろうか、どういう理由か背後から自分を押し潰す筈の土竜はまだ現れない。
岩盤を砕き進む土竜によって砕かれた壁の破片が飛び散ったと言うのに、それから一秒以上も壁際に居るカナタへ音沙汰がないということがあり得るだろうか?
土竜は自分の背後で何をしているのだ?
カナタはゆっくりと、恐る恐る振り返る。
「ーーーーグラン?」
其処には、壁から突き出た黒くゴツゴツとした腕と太い角を受け止めている、グランの姿があった。
「カナタ、大丈夫か!?」
「大丈夫かってお前ーーー」
グランは小さな体を土竜の頭の先にある太く捻れた角に貫かれながらも、土竜の岩のような腕を掴んで離すまいとしている。
土竜は逃げようとしているのか、将又前進してグランを喰らおうとしているのか、唸り声を上げて体を動かそうと暴れ、その度にグランの体を貫く赤く染まった角の先端からはポタポタと血が滴り落ちる。
「こんくらい大丈夫だ!それよりーーっつおおお!!こいつ、凄え力なんだよ!早く其処を退いてくれ」
「お、おお、そうか!まっ、任せて大丈夫なんだな!?」
「おう、当たり前だ!!」
カナタはグランの返事を確認すると走って部屋を飛び出し、少し離れるようにとポルトスとガルーへ向けて叫ぶ。
「土竜だ!グランが抑えてるから少し離れてくれ!!」
「やっぱりか!しかし土竜を抑えるたぁ、あのボウズの力は相変わらずどうなってやがんだ・・」
「グラン!敵わないと分かったら土竜は直ぐに逃げちゃうのにゃ!!引きずり出したら瞬殺するにゃ!!」
土竜の気配を感じていなかったのはカナタのみ。
やはり二人も部屋の中へ土竜が現れると感じ取り走っていたようだ。
幸いにもグランが負傷している姿は二人には見られていないため、カナタは傷の回復を見られないような位置に二人を誘導すると、グランへ合図を送る。
「グラン、もういいぞ!!やっちまえ!!」
「ぬおおぉぉ、だっダメだ!!」
「ダメーーっ!?大丈夫か!?」
「だっ、大丈夫だ!!けどこいつ凄え力で土の中に戻ろうとしてんだよ!手ぇ離したら逃げられちまう!!」
「よーーよし!なら俺がやるからそのまま抑えてろ!!今行くぞ!!」
ポルトスやガルーに始末を頼みたい所ではあるが、普通であれば明らかに致命傷となる傷を負っているにも関わらず、角が抜けさえすればグランは元通りになってしまうだろう。
今ポルトス達にグランの傷を見られる訳にはいかなかった。
グランとしてもそれは分かっているようなのだが、カナタの力を温存するという考えもあってか、カナタを抑制するように声をあげる。
「カナタは力を使わなくていい!ポルトス!!こいつ、外にブン投げるから始末を頼めるか!?」
「にゃは!?分かったのにゃ!!任せてにゃ!」
まさかグランが目の前の獲物を自分に譲るなどとは思っていなかったポルトスは、頭の後ろに組んだ両腕を下ろし笑顔で腰の双剣を握りしめる。
ポルトスからの返答を確認したグランは部屋の中、体を歪に変形させると、小さく呟いた。
「・・血鬼血相」
次の瞬間、竜化によって歪に膨らんだグランの体や顔には、赤い血管が浮かび上がる。
グランは痛みによってか、顔を歪め、土竜を抑える指先の強張りを高めるが、その赤い脈相は容赦無くグランの体を侵食し、全身へと広がる。
太陽が無い地下に居るお陰で皮膚こそ綺麗なままだが、初めてカナタと会った時に飛竜との戦いで見せていたのと似た様な状態となって行くのだ。
これは一部の鬼族が扱う魔技、“戦化粧”と呼ばれる体内のマナを操作して身体能力を高める、内なる闘気とも言える肉体強化の秘技、それをグランがソフィアとの研鑽の日々で、吸血鬼の“ある力”と融合させ、再現及び進化させた独自の魔技である。
太く浮き上がる血の脈道が血鬼血相を唱えたグランの末端にまで到達した時、そこには血色の鬼ーーー、いや、血色の竜鬼が佇んでいた。
グランは、竜の力を宿したその両腕に巡らせた吸血鬼の力を、爆発させるかの如く、獣の雄叫びのような声を上げ、土竜を部屋の外へと放り投げる。
「ウォルアァァァアアアアア!!!」
途轍もない力により、一気に穴から引きずり出された巨大な土竜の体は、凄まじい速度で投げ出されると部屋の分厚い壁の悉くを粉砕して突き進む。
上半身が異常に大きく発達した土竜の体は全身を黒くゴツゴツとした鱗に覆われており、土を掘る為に進化したであろう太い前脚をバタつかせ踠いているが、凄まじい速度により、突き抜けた部屋の壁を伝って土中へ潜り込むことなど叶わず、一瞬でポルトス達の待ち受ける広い空間の中空へと投げ出されてしまった。
「にゃは!?ーーー凄い速さで飛んでくるのにゃ!」
ポルトスは飛来する土竜を見ると驚嘆したように呟くと、小さく笑い、土竜目掛けて双剣を抜き放った。
「双嵐ノ太刀だにゃ!!」
土竜の到達を待たずして小さな双剣から放たれたのは、二つの巨大な風の刃。
それは凄まじい速度で迫る土竜目掛けて飛び、激しくバタつかせている極太の両脚を寸分違わず切断すると、分厚い胸部の鱗に当たり幾つもの小さな斬撃となって霧散する。
するとどういう理由か、土竜は見えない何かに操られるように突然中空で留まり、霧散していた複数の風の刃はその周囲で球を描くように周回し始めたではないか。
そして、切断された両腕が地面に落ち転がった頃、土竜の周りを周回していた無数の斬撃が、吸い込まれるように中心へと襲いかかる。
「うおぉぉぉおおおお!!?!?」
中心へ密集する風の刃はけたたましい音を撒き散らして土竜の体を次々と斬り刻んでいき、カナタとガルーは、あまりの凄まじさに腕で顔を覆うようにして状況を見守る。
止まぬ斬撃は土竜の体を覆う黒く分厚い装甲を剥がし、肉を切り裂き、血や肉片を飛び散らせつつ臓物を削り取る。
無数の斬撃は無慈悲に土竜を襲い続け、その眼から光が消えようと、尚も勢いを失うことは無い。
そして土竜の悲鳴が鳴り止んで十数秒した頃になり漸く、生前の面影を完全に失くした土竜の破片を地面に落とした。
そのような凶悪な技を放ったポルトスはと言えば、いつもの様子で軽く笑い、予め切り落としていた土竜の両腕へ目をやる。
すると両腕は体を失っても尚、地面を掘るような動きを続けて地面を這い回っており、ポルトスがそこへ向けて雷を纏わせた双剣を投げて突き刺すと、両腕は反り返るように震えて固まり、その動きを止めた。
「にゃは、終わったのにゃ!」
「す・・・すげぇ・・・」
「とんでもねぇなこりゃ・・・、いっ、今のは魔技なのか?俺の知ってる魔技とは次元が違い過ぎるが・・・」
ガルーはポルトスの技が特級魔法の類いであって欲しいと願いを込めるように問いただす。
それ程に今ポルトスが見せたのは高度な技であったのだが、当のポルトスはと言えばやはりいつものように軽い口調で答える。
「にゃは?そうにゃ!双嵐ノ太刀は、風刃乱舞と風籠の二つを合わせた魔技なのにゃ!」
この言葉を聞いてもカナタには何のことか全く理解出来はしないが、それを横で聞いていたガルーの表情を見ることで、それがどれ程凄いことなのかを何となく想像したような様子を浮かべる。
一方のガルーは、ポルトスが口にした風刃乱舞という魔技が如何に高等な魔技なのかを知っているからこそ、心からの驚きを見せていた。
ガルーが十年以上の修練で唯一会得した魔技である、“剛衝波斬”。
これは剣線を前方に衝撃波として飛ばす強力な魔技なのだが、この剛衝波斬に風魔法を融合させた更に強力な魔技“風刃“という技が存在する。
ポルトスが軽く口にした風刃乱舞と言うのは、その風刃の更に上位に位置する魔技の名であったのだ。
Aランク冒険者で風魔法の使い手であるガルーの師匠ですら風刃乱舞の発動には相当の溜めを必要とし、更には完全に使いこなせてすらいない超高難度魔技。
だと言うのにそれをあの速度で迫る土竜に向け、他の魔技と同時に使ったのだと、ポルトスは軽く言ってみせたのだ。
「お前・・・何者だ・・・?」
「にゃは?ボクはボクなのにゃ!それよりカナタ、あの腕はギルドに持って帰らなきゃ報酬が貰えないのにゃ!」
ポルトスはガルーとの会話を早々に終わらせると自らが切り落とし動きを止めた土竜の腕を指差し、回収するようにとカナタを急かし、カナタは言われた通り土竜の両腕を回収しつつ、ポルトスの戦闘を振り返る。
「両腕ってーー、まさかその為に両腕を先に切り落としたのか!?」
「そうだにゃ〜、腕をボロボロにしちゃダメだからにゃ!見直したにゃ?」
「ああ、元から凄いとは思ってたけど、マジで見直したよ。だけどーーーーー、確か土竜の肉は食う気だったんじゃねぇのか?」
「にゃは!?そうだったのにゃ!!」
「ハハハ、けど餌に使った肉は鱈腹食ったんだし、土竜の肉はもういいだろ!
それより、さっきのどうやるんだ?グランが魔技は誰でも使える可能性があるって言ってたんだよ!俺も今みたいなカッコいいのが使えりゃいいんだが・・」
「双嵐ノ太刀のことかにゃ?
だったら大きな風刃乱舞を二つ飛ばして、その時に起きる旋風を使って風籠を作るだけにゃ!
コツは大きな風刃乱舞が敵に当たって沢山の小さな刃に変わるのに合わせて風籠を作ることにゃ!
後は風籠が風刃乱舞の小さな刃を逃さずに敵を巻き込むから、勝手に攻撃してくれるのにゃ!」
「ふむ、よく分からん。ガルーさん、解説を頼む」
「すまんが・・・俺にも分からん。そもそも風刃乱舞って魔技は、風刃っつう風の刃を飛ばす魔技を超高速で連続して放つ上位魔技の筈だ。
一つ一つの刃は小さくなるが、その数と速さは桁違いで、それが敵を襲い続けるように操作が必要な技だろ。
なのに大きな風刃乱舞を二つ飛ばすってのはどういうことだ?そりゃ、デケェ風刃を二つ飛ばすってことじゃーーー」
「全然ちがうのにゃ。
大きな風刃乱舞は普通の風刃乱舞を使う時よりも、もっも速く剣を振って小さな斬撃の集合体を作って飛ばしてるのにゃ!
だから普通の風刃乱舞と違って一撃目は高威力の攻撃になるし、ただの風刃とも違うから敵に当たった後も小さな斬撃で沢山攻撃できるのにゃ。
それに風籠を発動してからは斬撃の操作が要らない分、使うマナも集中力も少なくて済むから、とっても便利な技なのにゃ!
難点は風籠が消えるまで敵を攻撃し続けることかにゃ〜。獲物が必ずズタズタになっちゃうのにゃ」
「ほう。つまり・・・、俺が使うことは?」
「無理だな。兄ちゃんだからとかじゃなくそんなメチャクチャな魔技、他のAランク冒険者でも使える奴なんて居やしねぇし、俺の師匠でもそのでけぇ風刃乱舞ってのがそもそも作れねぇはずだ。
というか風魔法が使えなきゃ風刃ですらまともに使えねぇしな」
「魔法が無いと使えないって・・何だよそりゃ・・。魔技ってのは体に纏ったマナを飛ばしたりする技なのかと思ってたんだが・・。だからこそ誰でも使える可能性があるんじゃないのか?
というか魔法を使って風の刃を飛ばすなら、それは魔技じゃなくてただの魔法なんじゃ・・・」
「確かに魔技ってのは魔法に合わせることで真の威力を発揮することもあるが、魔法が使えねぇ奴でも魔技使いは居るぜ?俺とかな。
だが、魔法を合わせた魔技ってのは肉体技と魔法の融合みたいなもんで、ただの魔法や魔技より威力が上がんだよ。
体を使った技で威力を上げてるだけだからマナの消費は普通の魔法と変わらねえし、逆にさっきの技を魔法だけでやろうと思えば、使うマナは何倍にもなるだろうな」
「はぁ・・やっぱ魔技は俺向きじゃねぇな。結局魔法を使えるやつが強えんじゃ、練習もやる気出ねぇし」
「だから、普通の奴はさっきみてぇな魔技は使えねぇんだっつぅんだ。
魔法が使える奴は体術が弱えことが多いし、体が強え奴は魔法が上手くない事が殆どだ。
人族にゃ魔法使いが多いが、竜族や鬼族に魔法使いは少ねぇだろ?
資質から考えても、修練に必要な時間から考えても強え魔法剣士なんて都合のイイもんがそうそう居るわけねぇだろうが!ったく、俺のやる気まで削ぐようなこと言うんじゃねぇよ・・・」
「つまり魔法と魔技を同時に使える奴は多くなくて、ポルトスは風魔法と魔技を同時に使う必要がある魔技の更に上位版を、別の魔技と併用したってことか・・・。
まさか今目の前でそんなとんでもねぇ現象が起きてたとは思わなかった・・・」
思わぬ高等技を目にしたことに驚き、魔技の練習をする前から完全に諦めてしまったカナタ。重苦しい空気を前に、ポルトスは若干の気まずさを感じたのか否か、急に話題を変える。
「にゃは〜それより、グランは怪我でもしてるのかにゃ?さっき土竜の角に血がべったり付いてたのにゃ」
その問いの直後、崩れた部屋から瓦礫を掻き分けグランが顔を出しポルトスへ答える。
「かすり傷だよ。さっきカナタに治してもらったからもう大丈夫だ」
その腹部の服は破れているが既に傷は無く、奇妙なのは着ている服に一切の血の跡がないことだ。
「何だ?兄ちゃん、治癒の力でもあったのか?」
「んにゃ?土竜の角に着いてた血と服の破れ方から言って、角はグランの胴体を貫通してたはずなのにゃ」
「なに!?そりゃ治癒ってより再生だな・・・、そうか、だから弱え兄ちゃんを大事に守ってたわけか」
「ああっとーー、まぁそうなんだけど、一度使うと暫くこの力は使えないから、怪我しても期待はしないでくれよ?そっ、それよりこれで土竜討伐も無事に終わったな!白金貨ゲットだ!」
「確かにそんな大層な力が何度も使えるわきゃねぇな。だが順調そのものだ!まさかこんなに早く土竜を討伐出来るたぁ思わなかったぜ」
「そうだにゃ!土竜は討伐出来たから後はホーンデビルとマジックハニーなのにゃ!!早く終わらせて下層へ行くのにゃ!!」
「あとデスバッドもな」
「にゃ・・にゃは〜」
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「しっかし、ボーンデビルって奴は結局見つかんなかったな。仕方ない、ホーンデビルは帰りにして、超硬石とデスバッド、それにマジックハニーの採取だな」
土竜によって破壊された部屋のすぐ近くに新たなアルコープを作って休んだ後、広場の横にある縦穴から五十階層へと下るも、とうとう現れなかったホーンデビル。
土竜を仕留めるという幸運の後だけに落胆の色を浮かべていたカナタは次の目標へ向けて思考を切り替えるが、五十階層へ到達し、いよいよデスバッドの住処へと近づいている事を危惧してか、ポルトスは次第に表情を曇らせて行く。
「まぁ気持ちは分からんでも無いが、男なら腹を括れ!お前ぇもバロンの騎士なら、デスバッドを放置するわけにもいかねぇだろ?」
「にゃは〜」
そんか様子を見兼ね、先頭を行くガルーは振り返りポルトスを慰めるが、ポルトスの表情に変化はない。
「な、なぁ、デスバッドの巣穴に何があるんだよ?ここまでポルトスが落ち込むような場所に行って本当に大丈夫なのか?」
「まあ、ボウズとポルトスの二人が居りゃ死ぬことはまずねぇ。そりゃあ安心していいが・・・」
「いいが・・・?」
「まぁ、実際に見てみりゃ分かる。あそこだ」
ガルーが指差す先には、広い迷宮の通路の壁に空いた穴。
数ある分岐点の一つという雰囲気のその穴を見たポルトスの表情はますます曇って行く。
「何だ?死ぬことはないってんなら、何をそんなーーーーーー」
カナタはガルーの指差す分岐点の先へ何があるのかと顔を覗かせ確認する。
普段であればこのような危険は犯さないカナタも、死ぬことは無いと分かり、強気の姿勢だ。
あれだけ戦うことが好きそうなポルトスが何をそこまで嫌悪しているのかーーー、その答えは、その洞窟のような分岐点を覗いた瞬間に判明した。
「ーーーま、まじかよ」
洞窟の天井部分を埋め尽くす黒く小さな影。それは、カナタも何度も見たことのある洞窟の住民、コウモリであった。
天井にビッシリと並びぶら下がるコウモリは、理由もなくカナタに嫌悪感を齎し、何より、そこへ立ち入る事を躊躇させるのが、床や壁一面に蠢く、蟲の姿だ。
蛆のようなワーム状のものから昆虫のような姿のものまで、最早それが洞窟の壁となっていると言っても差し支えない量が、ウジャウジャと犇めき合っている。
「分かったか?それが理由だ。
ここは蝙蝠の糞尿と、それに群がる蟲供で埋め尽くされてやがる。
更にその蟲供を食べに集まる小型の魔獣を上の吸血蝙蝠が餌にして、吸血蝙蝠はデスバッドの餌になんだ。そうやってこいつらは外に出ることなく、此処で一生暮らしやがるんだが、しっかしーーー、相変わらず酷ぇ臭いだぜ」
蝙蝠の糞尿は発酵し、凄まじい悪臭と高温多湿の環境を洞窟内に作り出し、蠢く生物と相まってこの世の地獄かの様な光景を作り出していた。
その光景を見たポルトスは更に落ち込むが、ここで何と、グランが信じ難い言葉を口にする。
「おっ、美味そうだな」
「「「・・・えっ??」」・・なのにゃ」
「美味そうって・・・まさか、この蟲がか?」
「そりゃそうだろ!カナタだって俺が虫好きなの知ってるだろ?」
確かにグランは森で這う虫を見つけては、目にも留まらぬ速度で手を伸ばし口に運んでいた。
宛らトカゲが虫を食べる際、高速で舌を伸ばすようにだ。
それを見たカナタは、竜もトカゲのようなものなのだろうと内心納得していたのだが、まさかこれほどまでに劣悪な環境で蠢く蟲すらも食料と捉えてしまおうとは予想だにしていなかった。
確かにもし、海でシュノーケリングをしている最中に、海底で犇めき合うエビの大群を発見したとすれば、カナタの感想はグランと似たようなものになるだろう。
しかし、例えば目の前の洞窟で大量のエビがピチピチと跳ねていたからと言って、それを食料だと捉えることが可能だろうか?
答えは絶対に否だ。他に食べ物がある状況で、それを食べようなどとは、殆どの者が考えないはずだ。しかしグランは、お腹を空かせて歩いている途中で回転寿司屋にでも入るかの如き気軽さで、洞窟へと足を踏み入れた。
「おっ、おい!まじかよ!?」
「ったく、カナタは大袈裟だな・・。分かった、ここは俺が一人で行ってくるから、みんな其処で待っててくれ。
おっさん、この先も迷路みてぇになってんのか?」
「迷路みてぇにはなってるが、デスバッドがいるのは決まって一番奥の行き止まりの部屋だ。上の蝙蝠が続く道を行けば辿り着く」
「そっか分かった!ならちょっくら行ってくるからその辺で休んでてくれ!」
「おいボウズ、デスバッド討伐の証は牙か羽だ!倒したらどっちかを持って帰るんだぞ!!」
「分かった!」
グランは振り返ると、壁に突っ込んだ腕を口へ運びつつ、洞窟の奥へと消えて行った。




